第111話 亜人の少女、怖がる
「ゆ……れ……え?」
クロアの言っている意味がわからず、脳をフル回転させながらも困惑するミオン。
幽霊。文字通り、幽霊。
魔族とか悪魔とか天使とかは、大きな括りで生物の部類に入る。
なぜなら存在が確認されていて、実際に交流を持った人間もいるから。
だが、幽霊というのはそもそも存在が確認されていない。
だから世間では、幽霊なんていないというのが通説だ。
いくらなんでも、クロアの冗談だろう。
そう思いウィエルを見ると、にこりと微笑んで口に手を当てた。
「ふふ、驚きますよね。私も最初は驚きました」
「お、驚いたというか……え、本当なんですか? 幽霊の宿って……?」
「はい、そうですよ」
さらっと、あっけらかんと肯定された。
おとぎ話では、幽霊とは怖い存在として語られている。
ミオンも悪さをした時、父親のアランから何度も「悪い子の所には幽霊がやって来て、暗いところに連れて行かれる」と言われたことがある。
そのせいで、夜トイレに行けず……。
不要なことまで思い出してしまい、ミオンは首を振って忘れた。
「で、でも幽霊なんて……!」
「いない、ですか?」
ウィエルに遮られながらも、おずおずと頷く。
「まあ、見ればわかりますよ。さあ、行きましょう」
ウィエル、クロアの順に宿に入っていく。
一瞬だけためらったが、すぐに二人の後をついて行った。
入口は広く、天井はクロアでも頭がつかないほど高い。
靴を入れる下駄箱もかなりの数だ。百は下らないだろうが……全部鍵がさしてあって、どれも使ってる様子はない。
「あの、女将さん」
「あ、申し遅れました。私はティティと申します。どうぞ、ティティと呼んでくださいませ」
「は、はい。私はミオンです」
恭しく頭を下げるティティに、ミオンも釣られて頭を下げた。
「よろしくお願いします、ミオン様。して、何か訊ねたいことが?」
「あの……ここ、玄関ですよね? 下駄箱がたくさんあるのに、誰も使っていないんですか?」
「はい。死者様のお客様は実体がありませんので、こちらは生者様専用の下駄箱になります」
「な……なるほど」
ということは、この無数の気配の中に生者はいないということになる。
正確には、自分たち三人だけ。
働いてる人は抜きにしても、この数には足が竦みそうだ。
靴を下駄箱に入れ、客室へと案内される。
廊下を進むと、床がクロアの重さに耐えきれずに軋む。
普段は気にすることないが、雰囲気と相まって恐怖心が高まる。
ミオンはなるべく音を聞かないよう、耳をペタンと畳んで無心で進んだ。
入り組んだ迷路のような屋敷の中を進む。
と、宴会が行われているのか、一際賑わっている部屋の横を通る。
クロアも気になるのか、部屋の方を見て口を開いた。
「相変わらず賑わっているみたいですね」
「はい。いつ何時も、死者様方はここを訪れますから。今日もどこかで、誰かが亡くなっている。そんな方々の最後の癒しの場として、誇らしい限りです」
ティティの言葉に嘘は感じられない。
けれどミオンの直感が、彼女のある言葉に引っ掛かった。
「ティティさん。つまり、えっと……ここには、世界中の幽霊が集まっている、と……?」
「左様でございます」
「それは悪人も?」
「もちろんです。死すれば、聖人も悪人も関係ない。分け隔てなく、私たちはおもてなしするだけですから」
その言葉に、ミオンの心にモヤッとしたものが去来した。
生前、好き勝手した悪人たちが、ここで癒されている。
恐らく、ミオンの村を襲った山賊や、奴隷商のレトもいることだろう。
あいつらが罰も受けずにいることが、許せなかった。
「ミオンちゃん、大丈夫ですよ」
ミオンの心を読んだように、ウィエルが頭を撫でた。
「悪人には、相応の罰がありますから。ですよね、ティティ様」
「ふふ、そうですね。それに関しては、後でご見学の時間を設けましょう。──ミオン様も、思うところがあるようなので」
ティティの鋭い視線がミオンを射抜く。
人間離れしているティティの眼光に、ミオンは思わず構えてしまった。
兎人族の天敵である狼人族というわけではなく、純粋に魂からの圧みたいなものを感じる。
ティティがころころと笑って先を進む。
いったい何者なのだろうか。まったく、得体が知れない。
ちょうど一人の女中さんが襖を開けて料理を運び入れた。
(あ、チャンス)
出来心で中を覗き見てみると。
──誰もいなかった。
それどころか、さっきまで聞こえていた賑わいも聞こえない。
ただ静かな大部屋と、手付かずの料理やお酒だけがテーブルに並んでいる。
「ぇ……?」
「ダメですよ」
「ひぅっ……!?」
呆然とするミオンの耳元で、急に冷たい声が囁かれた。
耳を抑えて振り返ると、ティティが口に手を当てて笑っている。
「驚かせてしまい、申し訳ありません。ですがお客様方は今、とても楽しんでいられます。覗き見は野暮というものですよ」
「は……はぃ……」
目に涙を浮かべ、ミオンは急いでウィエルの腕に抱き着いた。
静かだった大広間は、今はもうさっきと同じように賑わっている。
楽しそうな笑い声や話し声が耳にこびりついて離れず、ミオンは余計怖くなったのだった。
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