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【Web版】どうも、勇者の父です。~この度は愚息がご迷惑を掛けて、申し訳ありません。〜  作者: 赤金武蔵
第五章 海の国

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第111話 亜人の少女、怖がる

「ゆ……れ……え?」



 クロアの言っている意味がわからず、脳をフル回転させながらも困惑するミオン。

 幽霊。文字通り、幽霊。

 魔族とか悪魔とか天使とかは、大きな括りで生物の部類に入る。

 なぜなら存在が確認されていて、実際に交流を持った人間もいるから。

 だが、幽霊というのはそもそも存在が確認されていない。

 だから世間では、幽霊なんていないというのが通説だ。


 いくらなんでも、クロアの冗談だろう。

 そう思いウィエルを見ると、にこりと微笑んで口に手を当てた。



「ふふ、驚きますよね。私も最初は驚きました」

「お、驚いたというか……え、本当なんですか? 幽霊の宿って……?」

「はい、そうですよ」



 さらっと、あっけらかんと肯定された。

 おとぎ話では、幽霊とは怖い存在として語られている。

 ミオンも悪さをした時、父親のアランから何度も「悪い子の所には幽霊がやって来て、暗いところに連れて行かれる」と言われたことがある。

 そのせいで、夜トイレに行けず……。

 不要なことまで思い出してしまい、ミオンは首を振って忘れた。



「で、でも幽霊なんて……!」

「いない、ですか?」



 ウィエルに遮られながらも、おずおずと頷く。



「まあ、見ればわかりますよ。さあ、行きましょう」



 ウィエル、クロアの順に宿に入っていく。

 一瞬だけためらったが、すぐに二人の後をついて行った。


 入口は広く、天井はクロアでも頭がつかないほど高い。

 靴を入れる下駄箱もかなりの数だ。百は下らないだろうが……全部鍵がさしてあって、どれも使ってる様子はない。



「あの、女将さん」

「あ、申し遅れました。私はティティと申します。どうぞ、ティティと呼んでくださいませ」

「は、はい。私はミオンです」



 恭しく頭を下げるティティに、ミオンも釣られて頭を下げた。



「よろしくお願いします、ミオン様。して、何か訊ねたいことが?」

「あの……ここ、玄関ですよね? 下駄箱がたくさんあるのに、誰も使っていないんですか?」

「はい。死者様のお客様は実体がありませんので、こちらは生者様専用の下駄箱になります」

「な……なるほど」



 ということは、この無数の気配の中に生者はいないということになる。

 正確には、自分たち三人だけ。

 働いてる人は抜きにしても、この数には足が竦みそうだ。


 靴を下駄箱に入れ、客室へと案内される。

 廊下を進むと、床がクロアの重さに耐えきれずに軋む。

 普段は気にすることないが、雰囲気と相まって恐怖心が高まる。

 ミオンはなるべく音を聞かないよう、耳をペタンと畳んで無心で進んだ。


 入り組んだ迷路のような屋敷の中を進む。

 と、宴会が行われているのか、一際賑わっている部屋の横を通る。

 クロアも気になるのか、部屋の方を見て口を開いた。



「相変わらず賑わっているみたいですね」

「はい。いつ何時も、死者様方はここを訪れますから。今日もどこかで、誰かが亡くなっている。そんな方々の最後の癒しの場として、誇らしい限りです」



 ティティの言葉に嘘は感じられない。

 けれどミオンの直感が、彼女のある言葉に引っ掛かった。



「ティティさん。つまり、えっと……ここには、世界中の幽霊が集まっている、と……?」

「左様でございます」

「それは悪人も?」

「もちろんです。死すれば、聖人も悪人も関係ない。分け隔てなく、私たちはおもてなしするだけですから」



 その言葉に、ミオンの心にモヤッとしたものが去来した。

 生前、好き勝手した悪人たちが、ここで癒されている。

 恐らく、ミオンの村を襲った山賊や、奴隷商のレトもいることだろう。

 あいつらが罰も受けずにいることが、許せなかった。



「ミオンちゃん、大丈夫ですよ」



 ミオンの心を読んだように、ウィエルが頭を撫でた。



「悪人には、相応の罰がありますから。ですよね、ティティ様」

「ふふ、そうですね。それに関しては、後でご見学の時間を設けましょう。──ミオン様も、思うところがあるようなので」



 ティティの鋭い視線がミオンを射抜く。

 人間離れしているティティの眼光に、ミオンは思わず構えてしまった。

 兎人族の天敵である狼人族というわけではなく、純粋に魂からの圧みたいなものを感じる。


 ティティがころころと笑って先を進む。

 いったい何者なのだろうか。まったく、得体が知れない。

 ちょうど一人の女中さんが襖を開けて料理を運び入れた。



(あ、チャンス)



 出来心で中を覗き見てみると。


 ──誰もいなかった。


 それどころか、さっきまで聞こえていた賑わいも聞こえない。

 ただ静かな大部屋と、手付かずの料理やお酒だけがテーブルに並んでいる。



「ぇ……?」

「ダメですよ」

「ひぅっ……!?」



 呆然とするミオンの耳元で、急に冷たい声が囁かれた。

 耳を抑えて振り返ると、ティティが口に手を当てて笑っている。



「驚かせてしまい、申し訳ありません。ですがお客様方は今、とても楽しんでいられます。覗き見は野暮というものですよ」

「は……はぃ……」



 目に涙を浮かべ、ミオンは急いでウィエルの腕に抱き着いた。

 静かだった大広間は、今はもうさっきと同じように賑わっている。

 楽しそうな笑い声や話し声が耳にこびりついて離れず、ミオンは余計怖くなったのだった。

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