第110話 勇者の父一行、秘湯で休む
「──ふぅ。着いたな」
「や……やっと……」
数週間ぶりの陸地。それまでずっと海の上で、休まる時間がなかった。
久々の陸に、ミオンは思わずうつ伏せで寝転がった。
大地を感じる。草木の香りもする。鼻先に小さな虫が留まる。
やはり自分がいる場所は海ではなく、陸だ。海にテンションが上がったのは最初だけ。もう数年は海を見たくない。
母なる大地を全身で感じていると、ウィエルが目の前にしゃがんでミオンの頬をつついた。
「でもミオンちゃん。この先山を五つくらい超えますよ?」
「いちゅちゅ……」
普段のミオンからしたら、なんでもない距離だ。
だがしかし、疲れ切っているミオンからしたら、地獄のような距離だと言っても過言ではない。
立って歩かなければ距離は縮まらない。
それはわかっているのに、体から根が張ったように地面から動けなくなっていた。
「仕方ありませんね。今回復を……」
「いや、ウィエル。少し待て」
「あなた?」
ウィエルが魔法による回復をしようとしたところで、クロアが止めに入った。
今、体力の限界を感じているミオンからしたら、早く回復してほしいところなのだが。
クロアは組んでいた腕をほどき、少し先に見える山の頂きを指さした。
「あの山の中に、秘湯がある」
「行きますッッッ!!」
病は気からとでも言うのだろうか。
秘湯と聞いたミオンの体は、限界を超えて力がみなぎったのだった。
「あぁ、そういえば温泉なんてありましたね」
「うむ。普段は人が誰も立ち寄らない宿だが、飯もサービスも一級品だ。俺が保証する」
「温泉……ご飯……お宿……!」
この数週間、海の上で生活していたミオンにとって、全てが魅力的に聞こえる。
が、直ぐに思い直して警戒の色をあらわにした。
「クロア様。まさか甘い言葉で釣って、実はまた修行漬けの日々じゃ……?」
「いや。本当に、ただ純粋に、今回は労うつもりだが」
クロアの声色からは、嘘を感じられない。
けど、嘘ではないが実は裏があるんじゃ……そんな邪推が止まらない。
ここで喜びすぎたら、あとの落胆が大きすぎて心が折れてしまう。
ミオンは心を落ち着かせようと呼吸を整えていると、ウィエルが苦笑いを浮かべた。
「ミオンちゃん、今回ばかりは本当に大丈夫ですよ」
「わかりましたっ」
ウィエルの言葉に、ようやく納得したミオン。
クロアは胸中、少し悲しかった。
「あなた、今後はもう少しだけ、ミオンちゃんに優しくしましょうね」
「そうする」
◆
気力の回復したミオンを連れ、山の中を歩くこと半日。
徐々に近付いてくる硫黄の臭いに、ミオンは浮き足立っていた。
そして、ある巨木を横目に抜けた先──急に、それが現れた。
「……でっか……」
ミオンが口を開けて呆ける。
それもそうだ。まるで高級旅館のような佇まいで、古びた様子は一切感じられない。
こんな山奥にこんなものがあるなんて、考えられないくらいには管理が行き届いている。
「クロア様から秘湯とか、普段は誰も立ち寄らないとか聞いていたので、もっと古いお宿なのかと思ってました……」
「まあ、繁盛しているからな。この宿は」
「……誰も立ち寄らないのに、繁盛してるんですか?」
「宿の方から、気配を感じるだろう」
クロアの言葉に、気配探知に集中する。
「……確かに感じますけど……なんか違和感を感じる気配ですね。ぼやけているというか、不安定な気配というか」
「さすがミオンちゃん。気配探知は一級品ですね」
ウィエルからの手放しの賞賛に、少しだけむず痒い表情になった。
クロアを先頭に、宿へと近づく。
すると、扉が開いて奥から一人の若い女性が出てきた。
柔和な笑みを浮かべている女性の頭には、大きな耳がついている。どうやら、狼人族のようだ。
「いらっしゃいませ、クロア様。奥方様」
「お久しぶりです。覚えていてくださったんですね」
「それはもう。ここに辿り着ける、数少ない人間のお客様ですから」
コロコロと鈴を鳴らしたように笑う、狼人族の女性。
が、それよりも聞き捨てならない言葉に、ミオンは目を瞬かせた。
「……人間のお客様……? 辿り着ける……?」
「おや。そちらのお客様は、ここをご存知ではないので?」
「は、はい。私はお二人に連れてこられたので……」
「左様でしたか。でしたら、少しだけご紹介致します」
狼人族の女性は、にこやかな笑みを崩さずに頭を下げた。
「ここは、現世で亡くなられた人間の魂が、あの世へ行く前の最後の癒しの場。宿・幽世でございます」
「……えーっと……?」
訳がわからずクロアを見上げる。
クロアはなんでもない顔で、腕を組んで口を開いた。
「端的に言えば、幽霊の宿だ」
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