後日譚24 侯爵夫人の憂鬱7 (レスター)
レスター視点です。
「はぁ……今日も帰れそうもないな……」
「レスター様、士気が下がるようなこと言わないでくださいよ……まだ希望があると信じたいんですから」
「すまん、つい。……だがなぁ……」
つい零してしまった愚痴を部下に咎められ、私はまた一つ大きなため息を落とした。
今は王宮の執務室に缶詰め状態で仕事に望んでいるが、それは他の部下達も同じだ。全員が自宅へと帰らずに、食事や睡眠を最小限に削って頑張っている。
「こんな時に、差し入れの一つでもあれば嬉しいんすけどね……」
「おいっ!」
「どうした?」
「い、いえ!なんでもないです!」
部下達が何か慌てて互いを小突きあっている。彼等も相当疲れているのだろう。無理をさせている自覚があるので、特に咎めることなく私は一旦休憩するよう提案した。
「少し早いが昼休憩にしよう。無理してても続かないし効率が悪い。一刻やるから全員ちゃんと休むように」
「やった!寝れる!!」
「久々に外に食いにいこうか!」
「侯爵はどうするんで?」
「私も食堂に行くよ。あとは少し仮眠でもしようかな」
「そうしましょう!そうしましょう!」
笑顔の部下達は早く休憩にしようと、私の背を押して外へと飛び出していく。
私は部屋の前の護衛に休憩に入る旨と、その間に誰も入室させないよう伝えると、食堂へと向かった。
「あれ?こんなに早く食堂に来るなんて珍しいじゃないですか、侯爵」
「あぁ、たまにはね。忙しくて中々休憩もとれないから」
「そのようですねぇ。あ、ここいいですか?」
「あぁ、勿論」
食堂で早めの昼食を取っていると、顔見知りの兵士のサムが声を掛けてきた。彼は王宮の門番を務めているので、この城に勤めるほとんどの者と顔見知りだ。
門番のサムは私の了承を得ると、嬉しそうに目の前の席に座った。そして山盛りの料理にガツガツと手を付け、その合間にこちらへと話しかけてくる。
「最近は随分と遅いみたいですねぇ。侯爵の仕事の大変さがわかるってもんだ」
「はは。それを言ったら君の仕事だって大変じゃないか。昼夜問わず、天候問わずなのだから」
「まぁ、そうおっしゃってもらえると門番冥利に尽きるってもんですがね。今じゃ夜番も慣れたもんですよ」
「今は夜番のあがりかい?」
「えぇ。これ食って帰ったら寝ます。んで半日休んで明日は昼番ですよ」
「それは大変だな。頭が下がる思いだよ」
「はは、よしてくださいよ。こんな平民に」
サムは照れたように笑う。だが彼は一度見た人間の顔は覚えているし、それがどこの誰であるかもちゃんと把握しているから、兵士としてはかなり優秀な方だ。
そんな風に会話を交わしながら食事を取っていると、サムが思いもよらぬことを口にした。
「そう言えば、このあいだ奥方様がお見えになりましたが、どんな差し入れだったんで?」
「え──?」
「ほら、数日前ですよ。昼頃に奥方様が差し入れを持って来てくださったじゃないですか。結局会えずに帰ったとおっしゃってたけど、差し入れは渡されたんでしょう?」
「それは……」
「いいですねぇ。あんなお綺麗な奥方様がいて、しかも手作りの差し入れを持って来てくださるんだから。愛されてますね、侯爵」
「あぁ、本当にありがたく思っているよ……はは」
私はサムの言葉に曖昧な返事をしながら、頭の中が真っ白になっていた。
デイジーが差し入れを持って来たなど何も知らない。屋敷に帰ってからもそんな話は一切出ていなかった。
冷やりとした何かが背を伝うと同時に、先ほど執務室での部下達の会話が頭をよぎる。差し入れの話題になって、どこか焦った様子だった。
(……つまり何か私に隠しているということか?)
それが酷く気になった私は、さっさと昼食を平らげると、急いで執務室へと戻ることにした。
「あ、侯爵が丁度戻ってこられましたよ」
「ん?」
執務室の前まで来ると、部屋の前の護衛が私を振り向いて言った。何事かと思い近づくと、見知った顔がそこにはあった。
「旦那様!良かった!」
「シミル?どうしてここに?」
そこにいたのは、私の屋敷で下働きをしている少年のシミルだった。彼は私の姿をみつけると、そばかすの散った顔いっぱいに安堵の笑みを浮かべる。
「これを旦那様に……」
「なんだ?」
シミルが渡してきたのは小さな紙切れ。そこには走り書きのような字で何かが書いてあった。一見お使いの覚え書きのように見えるが、そこに書かれている内容に息を飲む。
「っ──」
「えと……忙しい旦那様の為に、何かお使いの用事があればと言われてきてるんです。それで何か必要なものがあれば……」
シミルが気まずそうに提案し、私はそれに何とか気持ちを立て直して頷きを返す。だが顔は大いに引き攣っていたことだろう。
「……わかった。すぐに書いて渡そう」
「は、はい!」
私はシミルをそこで一旦待たせて執務室へと入ると、焦る気持ちを落ち着けながら急ぎ手紙をしたためた。またそれとは別に、お使い用のメモ書きも用意する。そしてその二つをシミルへと渡した。
「助かった……シミル。忙しいせいで中々用事を済ませることができなくてね。またすぐに用を聞きに来てもらえると助かる……」
「はい!勿論です!旦那様」
「……よろしく頼む」
走り去るシミルの後姿を見送った後、私はそのまま執務室へと戻った。そしてもう一度、シミルが持って来た紙切れを開く。
そこにはデイジーの字で、こう書かれていた。「屋敷を出ます」と──




