後日譚21 侯爵夫人の憂鬱4
「どうして……」
私は呆然とその光景を眺めていた。レスターが見知らぬ女性と体を密着させて歩くその姿を──
「デイジー様……」
メルフィとジェーンが私を気遣うように肩を支えてくれる。そんな二人の優しさに、私は何と言って答えればいいかわからなかった。
予期しなかった出来事に、私は頭が真っ白になりながら、階下でレスター達が通り過ぎていくのを只眺めていた。
レスターが私の知らない女の人と一緒にいる──その事実が深く私の胸に突き刺さる。見てはいけないとわかっているのに、目が離せない。
自分にとって最悪の結果をもたらすかもしれないその事実を、私は食い入るように見つめていた。
やがて中庭を通る二人の姿が建物内に消えていき、私はようやくここで思い出したかのように、大きく息を吸いこんだ。
「はぁっ……はぁ……」
「デイジー様!」
ずっと息を殺していたせいで、私は息苦しさでよろけてしまった。
慌ててメルフィとジェーンが私を支えてくれたので、何とか倒れることはなかった。けれど──
「うっ……」
「デイジー様!?大丈夫ですか?!」
「っ──……」
突然襲ってきた激しい眩暈と吐き気に、私はそれ以上立っていられなくて、今度こそ本当にその場にしゃがみこむ。
心配して何度も呼び掛けるメルフィ達に、私は片手を上げて大丈夫だと伝えると、そのまま落ち着くまで目を閉じて蹲っていた。
(……このままレスターに会うのは……無理だわ……)
混乱する頭と心、そしてこの具合の悪さでは、レスターに会うことは叶わないだろう。今すぐに先ほどの女性が誰なのか問い質したくとも、その気力も体力もないのだから。
暫くそのまま蹲り、少しだけ回復してきたので、私は顏をあげてメルフィ達に告げた。
「……戻りましょう……今日は……」
「デイジー様……」
二人は酷く思いつめたような顔をして、それでも頷きを返してくれた。結局、私達はレスターに会わないまま王宮を後にすることにした。
「あの、私……さっきの部下の人に話を聞いて来てもいいですか?何か知ってそうだったし……」
王宮の廊下を出口に向かっているところで、メルフィが突然そう提案してきた。先ほど私達を必死に引き留めようとしていたレスターの部下なら、何か事情を知っていると思ったのだろう。
「メルフィ……それなら、私達が来たことをレスターに伝えないように彼に口止めしておいてくれる?……すれ違いになったのをレスターが気にすると思うから……」
「デイジー様……でも……」
「……お願い」
「……わかりました」
メルフィは不服そうにしていたが、私の願いを了承してくれた。だがレスターが気にするからというその言い訳は、真実ではない。自分の中の小さな矜持を守る為、逃げることを選択しただけだった。
「……」
「……」
メルフィを見送った私は、ジェーンに身体を支えられながら馬車までの道のりを歩く。二人とも黙ったままだ。
気分が悪い。まるで胸を圧迫されるような重苦しさが、先ほどからずっと続いている。
やがて王宮の出入り口が見えてきて、私はジェーンと共にそれをくぐった。すると、入る時に少しだけ話した門番が、また声を掛けてきた。
「あれ?奥方様、随分早いですね?侯爵には会えましたか?」
ニコニコと人の好さそうな笑顔で聞いてくる門番に、私は何とも言えない苦い気持ちが胸に広がっていく。
私は無理やりにでも笑顔を作ってみせると、何とか返答の言葉を口にした。
「会えなかったから……戻るところなのよ……」
弱々しく落ちたその言葉に、門番が何か言うのも聞かず、私は背を向けてその場を後にする。
そしてようやく馬車に乗り込んだところで、崩れ落ちるように倒れたのだった。
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その日の夜、私は早々に寝台に入っていた。いつもならレスターを待っているのだが、今日はそんな気分にはなれない。王宮から帰ってからもずっと、気分が悪いのが続いていた。
食事も碌に喉を通らなくなってしまったので、メルフィが酷く心配していたが、それでもここ最近はずっと同じような状態だったから、医者はいらないとだけ伝えて早めに休むことにした。
やがていつものように、夜遅くに帰って来たレスターが寝室へと入ってくる。
「デイジー……?寝ているのかい?」
「……」
いつもなら寝台から起きてレスターを迎えるが、今日は深く潜り込み寝たふりをして彼の言葉を無視してしまった。
するとレスターは私が既に寝ているのだと思ったようで、それ以上声を掛けるのはやめたようだ。
そして眠る私へと口づけを口づけを落とす為、寝台に手をついて顔を寄せる。
幸せを感じるはずの、彼の優しい口づけ。けれど、こめかみに彼の熱を感じた瞬間──
「っ──……」
嗅いだことのない匂いが、ふわりと彼から香った。甘い花のような香り。きっと女性が付ける香水のようなそんな……
私は叫び出したいのを必死で堪えて、彼が部屋を出て行くのをただじっと見送ったのだった──
お読みいただきありがとうございました。
レスター君、浮気疑惑浮上中w




