後日譚20 侯爵夫人の憂鬱3
メルフィの強い勧めによって、レスターへ差し入れをすることにした私は、早速馬車にのって王宮へと向かった。供をするのはメルフィと、レスターが新たにつけてくれた私専属の護衛のジェーンである。
「レスターはどこにいるのかしら?」
王宮へとやってきたはいいが、先触れなど出さずに来てしまったので、正直どこへ行けばいいのか分からない。けれど彼を驚かせたいという気持ちがあったから、内緒のまま来ることにしたのだ。
「王宮に専用の執務室があるそうですから、まずはそちらに行ってみましょうか?」
女性でありながら護衛騎士を務めるジェーンの提案に、私とメルフィは頷いた。早速執務室へ行こうと連れ立って歩き出す。
「何だかドキドキするわ……ちょっと悪いことをしているみたいね……」
王宮の広い廊下を歩きながら私は呟いた。王宮には何度か来たことはあるが、今回のような私用で訪れることなどそうはない。ましてやレスターから怒られる可能性もあるので、降りかかる緊張感は想像以上だ。
キョロキョロと周囲を見回しながら歩いていると、メルフィとジェーンが小さく笑う。
「デイジー様。差し入れは良いことですよ。ここに入れてくれた兵士の方だって、笑顔で許可してくれたじゃないですか」
「えぇ、そうなんだけど……」
突然やって来たにも関わらず、王宮にはすんなりと入ることが出来た。門番の兵士は、私のことを知っていたらしく、用件を伝えるよりも先に「侯爵を呼びますか?」と、笑顔で聞いてきてくれたくらいだ。
「大丈夫です。きっと喜んでくださいますよ」
「そうね……喜んでくれると嬉しいわ」
メルフィとジェーンに励まされながら、私は王宮の長い廊下を進んでいった。
そしてレスターの執務室へと到着したのだが──
「え?いないのですか?」
「……はい……今はちょっと……」
レスターの執務室へと到着した私達は、部屋の前で彼の不在を伝えられていた。今はお昼時のはずだが、どうやらすれ違いで別の場所へと行ってしまったらしい。
「どちらへ行ったか教えて頂けますか?」
「えぇと……それはちょっと……」
不在を伝えてくれた部下の男性が、何故か困惑気味に口ごもる。すると横でそのやり取りを見ていたメルフィが嘴を挟んだ。
「デイジー様は侯爵の奥様なのですよ?何故教えていただけないのですか?お仕事の邪魔をするわけではないのです。何か理由があるのなら、それを先に教えてください」
メルフィは強気の口調で部下の男性を睨みつける。隣に立つジェーンも、腰に差す剣に手をかけて、まるで相手を威嚇するような態度で佇んでいた。その二人の強引な様子に、私の方が内心冷や汗ものだ。
「……えぇと……侯爵は今は財務部の方へ行っているはずでして……」
「デイジー様!財務部の方へも行ってみましょう!もうお昼時ですから、そのまま食堂に行ってしまわれるかもしれませんし」
「メルフィの言う通りです。財務部に行って、そこでも会えなければ食堂へ行けばいいのですから」
「そ、そうね。そうしようかしら?」
二人に促され、財務部に行こうかと思っていると、焦った部下の男性がそれを引き留めようとする。
「お、奥方様!侯爵も戻ってくると思いますので、どうかこちらでお待ちを……」
「ささ!デイジー様、行きましょう!」
「行きましょう!行きましょう!」
「お、奥方様っ……!」
メルフィとジェーンは引き留める男性を綺麗に無視して、強引に私を促す。
結局私は、二人に背中を押されるまま、財務部に向かうことにした。
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「侯爵自身が財務部に直接向かうということは、何か問題でもあったのでしょうか……」
財務部へと向かう途中、ジェーンがそんなことを呟いた。彼女は元々王宮勤めの騎士だったので、その辺の事情に明るいらしい。
「もしかしたらそうかもしれないですね。普通でしたら部下を行かせるか、向こうから人を呼ぶはずですもの」
メルフィも、ジェーンの言葉に頷きを返しながら同意した。私はその辺りの事情には明るくないので、二人の会話に少し心配になってくる。
「そういうものなのね……何か仕事の上で問題があるから、部下の人は止めたのかしら……」
「いえ……あれは何かを隠している感じでした」
「えぇ、私もそう思います」
何故かきっぱりと否定するメルフィとジェーン。あまりにもはっきりと言うものだから、どんな秘密があるのだろうと疑問に思っていると──
「あっ──」
「どうしたの?メルフィ」
「い、いえっ……何でもないですっ」
突然メルフィが声を上げて慌て出した。あまりの慌てぶりに、私は何があったのだろうかと、先ほどまでメルフィが見ていた方へと視線を向けた。すると──
「で、デイジー様!見てはいけません!!」
メルフィが慌てて私の視線を逸らそうと体を差し込んでくる。しかしそれは一歩遅く、私はその姿をはっきりと見てしまった。
「レスター……?」
廊下の窓から見下ろす中庭に、レスターが女の人と腕を組んで歩いているのが見えた──




