後日譚19 侯爵夫人の憂鬱2
メルフィにジェームズのことを聞いた夜のこと──
「レスター、お帰りなさい」
「あぁ、ただいま」
相変わらず仕事で忙しいレスターは、今日も屋敷に戻ってくるのが遅くなっていた。私は既に湯あみも済ませて、夜着のまま彼を寝室で出迎える。
「……デイジー、寝ていないと……」
「レスター?私は病人じゃないのよ?そんなに過保護にされると困ってしまうわ」
「だが……」
「貴方が私のことで心配してくださるのは嬉しいけど、あまりに閉じこもってばかりだと、逆に不健康になりそうだわ」
レスターのここ最近の過保護ぶりに、私は苦言を呈した。レスターも流石に自覚があるのか、何も言えずに黙ってしまう。
ラング伯爵と名乗る人物に襲われそうになった時、私は彼から薬のような物を嗅がされた。手巾に染み込ませてあったそれを吸い込んだらしいのだが、どうやらレスターはその薬の影響を今も心配しているらしい。
「もう体もピンピンしているし、お医者様も大丈夫だっておっしゃっているのだから……これ以上は心配しないで」
「……だが、ここ最近の君は食欲が少ないみたいだし……顔色もあまりよくない……」
「それは……」
確かにレスターが言うように、ここ最近はあまり食欲が無い。元々食が細い方ではあるが、時折気分が悪くなることがあるのだ。結婚して生活が変わったせいもあると思っていたが、レスターは薬の影響が続いているのではと疑っているのだろう。
「きっと疲れが出たのよ……それにたくさん食べられるような歳でもないし……」
「それでも心配なんだ……君が体を壊しはしないかと不安で……」
レスターが不安そうな顔で私を抱きしめてくる。本心から彼は私のことを心配してくれているのだ。
「大丈夫だから……ね?……ほら、貴方も早く寝ないと、体を壊してしまうわ。湯あみをしてもう寝ましょう?」
「あぁ……わかった。デイジーは先に寝ているんだよ?」
「……えぇ」
レスターは心配そうにしながらも、私を寝台に寝かしつけて、自分は湯あみをする為に一旦部屋を出て行った。
「はぁ……」
一人残された部屋で私はため息を吐く。彼との生活に不満など無い。けれど──
「今日も先に寝てて……か……」
あの日から私達は一度も体を重ねてはいない。彼が私の体を気遣って、そういうことをしないようにしているのはわかっている。わかってはいるのだけど──
「……レスター……」
いつも感じていた彼の熱がないことに、私は少しの寂しさを覚えながら、今日も眠りについたのだった。
翌朝──
「レスターは今日もこんなに早く仕事に行ったのね」
「はい……この前休んだ時の仕事が溜まっているとか……」
「そう……」
朝食を取りながらメルフィがレスターの近況を教えてくれるが、私は気の無い返事しか返すことができない。
件の夜会の後、レスターは仕事を休んでまで側にいてくれた。そのせいでここ数日はずっと忙しく、私達はすれ違うような生活をしていた。
「いずれ落ち着いたら、侯爵様も一緒に朝食や夕食を召し上がれるでしょう。大丈夫ですよ」
「えぇ、そうだといいのだけど…………はぁ……」
「デイジー様……」
メルフィの励ましにも、大した返事も出来ずにため息ばかりついてしまう。そんな私をメルフィも見かねたのか、思いもよらぬ提案をしてくれた。
「そうだ!もしあれだったら、差し入れを作って持って行くのはどうですか?」
「え?」
「お医者様からは、部屋に閉じこもってばかりなのも良くないと言われてますし、侯爵様も今日は特に何もおっしゃってませんでしたから」
「……いいのかしら?」
「勿論いいに決まってますよ!今日は部屋にいるようにと、デイジー様も言われてないですよね?」
「えぇ……確かに」
これまでは本人からか使用人からの言伝で、部屋にいるようにとレスターから言われていた。昨夜そのことについて苦言を呈したので、レスターも流石に私が我慢の限界だとわかったのだろう。
「侯爵様との時間が少ないのなら、こちらから作ればいいんですよ。外出するのも自分に会いにきてくれたとわかったら、侯爵様も文句は言いませんって」
「そうかしら?……でも……」
レスターに会いにいくというのはとても魅力的な提案だ。だが仕事の邪魔をしては元も子もないだろう。けれどメルフィはそれがもう決定事項のように、あれこれと算段を練っている。
「何か言われたら、大使様に助けてもらいましょう!お父様に会うのを侯爵様もダメとは言えませんからね!」
「ふふっ、メルフィは策略家ねぇ。確かにエルにも会いたいわ」
夜会の後、エルが私を心配して見舞いに来てくれた。彼にも元気になったということを、もう一度ちゃんと伝えたい。私はメルフィの提案に乗ることにした。
「そうと決まれば差し入れのメニューを考えないとね?」
「私もお手伝いいたします!デイジー様」
「えぇ、お願いね」
メルフィのおかげでほんの少し元気を取り戻した私は、レスターの為の差し入れを何にしようかと頭を悩ませるのだった。




