後日譚18 侯爵夫人の憂鬱1
レスターと二人で出かけた夜会から一週間、私は彼に強く言われて部屋から出られない生活が続いていた。
「もう随分体調もいいのに、レスターったら過保護だわ……」
「デイジー様、それは仕方ありません。侯爵様にとって、デイジー様は唯一無二のお方ですから、何かあってはと心配されるお気持ちはよくわかりますもの」
私の世話をするメルフィも、苦笑しながらもレスターの味方である。私は生活の全てをレスターや使用人達に管理されたまま、自室で暇を持て余すしかなかった。
「それでメルフィ、ジェームズとは最近どうなの?」
「えっ!?」
「もうお付き合いを始めたの?」
「え、あの、その……」
流石に暇すぎるので、ここ最近の関心事の一つであるメルフィとジェームズのことでも話題にしないとやってはいられない。私は自分が二人の想いを知っていることを、ばらしてしまうことにした。
「この間の焼き菓子はちゃんと渡せた?」
「う……はい……一応渡せました」
「そう、よかったわ。出来たらお話を聞かせてくれる?」
どうやらメルフィは観念したらしく、恥ずかしそうにしながらも頷きを返してくれた。
「折角だから、一緒にお茶を飲みながら話しましょう?ずっと閉じこもってばかりだから、暇で暇で……」
「ふふ、はい。デイジー様」
メルフィはすぐにお茶の準備を整えてくれた。そして自身も席について私の話し相手になってくれる。
「デイジー様から教えて頂いたクッキー、ジェームズ様に渡したら凄く喜んでくださいました」
「そうなのね!役に立てて良かったわ。それで何て言って渡したの?」
「えと……その……実はクッキーを焼いた翌日に、ジェームズ様からお出かけに誘っていただきまして……」
「ふんふん、それで?」
「一緒に植物園に行ったのです」
「植物園?」
「はい。その日は本当はお休みではなかったのですが、侯爵様から急に休むように言われて……」
(確かあの日はレスターが急遽休みになったから、その分メルフィの手が空くってことでジェームズを呼んだのよね。レスターは、メルフィにもお休みをあげてたんだわ)
私はレスターのさりげない優しさに微笑んだ。彼がメルフィとジェームズのことを応援しているのが良くわかる。
「それで、最初は申し訳ないからと断ったんですけど……」
「え?そうなの?申し訳ないって何故?」
「本来休みではないですし……そもそもジェームズ様とお出かけするような立場ではないので……」
「まぁ……そんなこと気にしないでいいのに……」
どうやらメルフィの自信の無さはまだ継続中らしい。思わず問いかけて話の腰を折ってしまったので、私は慌てて続きを促した。
「それでどうなったの?」
「はい。結局どうしてもとジェームズ様がおっしゃるのでお出かけすることにしたのです。近くの街に植物園があるから行ってみないかと」
「そんな場所がるのねぇ」
「えぇ。以前からあるらしいのですけど、最近新しくなったそうで。あ、侯爵様が設計を担当されたとか」
「え!?そうなの?」
(レスターからはそんな素敵な場所のこと聞いてないわ!)
レスターは私が遠出するのをとても嫌がる。彼と一緒に行くとしても、どうも私がどこかへ行ってしまうのではと心配でならないのか、結婚してから一度も王都の外には出させてもらっていない。
(レスターってば、どうしても私を王都から出したくないのね……もうっ!)
内心レスターへの文句を呟きながら、メルフィの話の続きを聞いていく。メルフィは、私が件の植物園の存在を知らないことに驚いているようだ。
「えと……それでデイジー様も植物を育てていらっしゃるし、私にも何か参考になるだろうってジェームズ様がおっしゃるので」
「ふふ。ジェームズったら私を使ってうまいこと誘ったのね」
ジェームズもメルフィを誘おうと必死だったのだろう。もしかしたらレスターに植物園のことは口止めされていたかもしれないが、消極的なメルフィを誘う為にばらしてしまったようだ。
「それで、一緒に馬車に乗って隣街へ行ったんです。でも途中で天気が悪くなってしまって……」
「あぁ……」
(そう言えばあの日は午後から雨が降り出したんだったわ……)
メルフィの話を聞きながらその日のことを思い出した。昼過ぎまでは晴れていたが、陽が少し傾き始めた頃に急に天気が悪くなったのだ。
「植物園は外なので、東屋で雨宿りをして……その時に渡したんです」
「まぁ……素敵ね……」
雨音がしとしとと響く中、植物園の東屋で二人きりになった男と女。想像するだけでロマンチックな光景だ。
「はい……とても素敵でした……渡す機会があればいいなと思っていたんですけど……思いもよらない形で叶いましたから」
そう言って微笑むメルフィは、いかにも恋する乙女と言った感じで、とても可愛らしかった。頬が赤く染まり、目がキラキラと輝いている。
「それで……ジェームズは何て?喜んでくれたのでしょう?」
「え……と……はい……」
私の問いにメルフィが顔を真っ赤にしながら頷く。この反応を見るに、ただクッキーを喜んだだけではないのだろう。
「彼に何か言われた?」
「…………はい」
「ふふ、やっぱり」
「デイジー様……もう勘弁してくださいぃ~……」
「あらあら……もう、しょうがないわねぇ」
最も重要な言葉を聞きたい所だが、それは恋する二人だけのものだろう。無理に聞いていいことではない。
恥ずかしさに今にも泣き出してしまいそうなメルフィに、私は笑いながら彼女の頭を撫でた。もうすぐ自分の義理の娘になるのかもしれないと思うと、彼女の存在がとても愛おしい。
「私は貴方達のことを応援しているわ。だから自信を持ってね。何かあったら相談するのよ?」
「……はい!」
メルフィは元気よく返事をすると、いつものような弾ける笑顔でその後も色々とお喋りをするのだった。




