後日譚14 侯爵夫人の新婚生活4
温室でのひと時を過ごした私達は、いくつか野菜を収穫した後に屋敷へと戻った。そして次にやってきたのは厨房である。
「あまりここには入ったことはないが、結構広いんだな」
「エスクロス家のお屋敷をまかなうだけの厨房ですもの。これだけの広さがなくては難しいわ。ねぇ?料理長?」
厨房の広さに驚くレスターに対し、既にこの場所に入り浸っている私は料理長へと同意を求めた。
私の問いかけに赤髪の料理長のダインは、大きな鼻を更に膨らませて笑いながら頷く。
「えぇ、えぇ!奥様のおっしゃる通りですよ。旦那様。先代の時のように夜会を開かないまでも、客人のもてなしや使用人達のまかないだけでもかなりの量を作りますからね」
「そうか……そうだったな」
レスターはどこか申し訳なさそうにダインの言葉を受けて頷いた。
レスターが侯爵になってからは、彼が独身だったこともあり、夜会やお茶会の類は一切開かれていなかった。その代わりに彼は王宮での顔つなぎや仕事の為の社交は多くこなしていたし、客となる貴族からの招待も多く受けていたそうだ。
そんな日常だったのにもかかわらず、レスターは使用人の数を減らすことはしなかった。だが屋敷に住むのが彼一人だったということで、使用人達が暇を持て余していたのも事実である。
「我々は奥様がいらっしゃって本当に嬉しいんですよ。これからは腕を振るう機会が増えますからね。それに奥様から教えていただく異国の料理も興味深いし。何より屋敷が明るくなった」
「ふふふ、ありがとうダイン。そう言ってもらえて私も嬉しいわ」
「デイジーが皆に歓迎されて私も嬉しいよ。……でも私一人が外で仕事して、皆が屋敷で楽しそうなのはなんだか釈然としないな……私も早く引退したい……」
「ははは!こりゃあ旦那様は重症だ。奥様、どうやってここまで骨抜きにさせたんで?あの冷徹侯爵と呼ばれていた旦那様を」
「その呼び名は恥ずかしいからやめてくれ!」
「えぇ?えーと……」
「ほら、デイジーもこれから料理をするんだろう?うるさい料理長は放っておけばいいから!」
「ははは!はいはい、邪魔者は消えますよ。……じゃあ奥様。後でレシピの方をお願いしますぜ?」
「えぇ勿論」
ひとしきり笑ったダインは、私とレスターを残して自分達の分のまかないを作りに戻っていった。
「じゃあ早速私達も昼食を作りましょうか」
「あぁ!」
嬉しそうに目を輝かせるレスターと共に、私は二人で食べる昼食を作り始めた。
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昼食を作り終えた私とレスターは、テラスで作った料理を食べることにした。既にテーブルにはクロスがかけられており、花も飾ってある。レスターがいつの間にか手配してくれたらしい。
「まぁ、レスターありがとう。素敵な昼食になりそうね」
「お昼を作ってもらうんだからね。これくらいは普通だよ。何より調理も給仕も自分達でやるから、これくらいはさせてくれって皆がうるさいからね」
確かにレスターと二人の時は、使用人の手を借りずに何でも自分達だけでしてしまうことが多い。そうすることで本当の意味で二人だけの時間を過ごせるし、何より相手が自分の為に何かをしてくれるのが嬉しいのだ。
「それでもこうして自由にさせてもらえるのだからありがたいことね。じゃあ早速食べましょう?」
「あぁ」
私が今回作ったのは、温室で育ったアムカイラの野菜を使った料理だ。まだ試験的に栽培したものだからその味見も兼ねている。まずは自分で口に含み、その出来栄えを確認した。
「……ん……味もしみているし、食感もアムカイラ産のと同じだわ」
「……これは……凄く美味しいね」
食べ慣れている私と違って、レスターの方はその味と食感に驚いているようだ。それでも気に入ってくれたのか、次々と食べ進めてくれている。
「この野菜は油や水を良く吸うのよ。だから炒めたり煮たりする料理に向いているの。他の食材から出たうま味も吸うから、色んな合わせ方によって楽しめるのよ」
「そうなんだね……これはひき肉の油を吸っているからこんなに美味いのか。あと香辛料のピリッとしたアクセントがたまらない。調味料もアムカイラのを使っているのかい?」
「そうね。発酵調味料の一つなんだけど、これを入れるとコクが出るの」
「ううん……改めて君の料理の腕には驚かされるよ。ここまでできるとなると、確かに侯爵夫人として家に閉じこもっているだけじゃもったいないな」
「あら?じゃあタジールの店で料理人として雇われても文句を言わないの?」
「そ、それは駄目だ!絶対に!」
「ふふふ、冗談よ。でもレシピの相談は許可してくれるんでしょう?」
「それは……まぁ当然だ。君の大切な商会に関わることだからね」
レスターは渋々ではあるが、タジールの店で今後扱うであろう飲食物のレシピについて、私が相談に乗るのを許可してくれた。元々私がフリークス商会で働いていたこともあって、その辺は融通をきかせてくれるようだ。
「でも相談するのは必ずこの屋敷内でだからね?それと私が必ず同席していないと許可できないよ」
「ふふふ、わかっていますわ。愛しい旦那様」
「っ──」
レスターが嫉妬しているとわかり、笑みが零れる。彼はバツが悪そうに頬を赤らめてそっぽを向いてしまった。そんな彼が可愛くて、私はその顔をよく見ようと僅かに腰を浮かせたのだが──
「あら?あれはジェームズ?」
「ん──?あぁ……確かにそうだね」
テラスの下の庭園に人影があるのに気が付いた。一人はジェームズのようで、誰かと一緒にいるようである。
「もう一人いるみたいだけど……あれは誰かしら?」
ジェームズの影になっている人物が誰なのかよくわからない。すると横でレスターがくつくつと笑いながら教えてくれた。
「多分メルフィじゃないかな?何せ今日この屋敷にジェームズを呼んだのは私だから」
「えぇ?!どういうこと?」
レスター自身がジェームズを呼びつけたと知り驚いてしまう。その割には、ジェームズはまだレスターに会いに来てはいない。いったいどういうことなのだろうと視線をやると、レスターが楽し気に教えてくれた。
「君から、ジェームズのことでメルフィが誤解をしていると聞いて、すぐに彼に手紙を書いたんだよ。何せ今日は私が休みだから、その分メルフィは手が空くだろう?デートに誘ったらどうだって」
「でもその話をしたのって今朝のことなのに……」
メルフィとジェームズのことで相談したのは、つい今朝のことだ。それからこの短い時間でジェームズに手紙をやって呼び寄せているなど、誰が想像できるだろう。
「まぁ、元々王都にはいるし、ジェームズの仕事の状況も把握しているからいけると思ったんだ。何せ新婚夫婦の屋敷だからって彼に遠慮させているのは、私達のほうだからね」
ジェームズは元々、王都にいる時はエスクロスの屋敷に滞在していたのだが、私が結婚して屋敷に住むようになると、遠慮して他で寝泊まりするようになった。私としては申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが、ジェームズとしてはレスターの新婚生活を邪魔したくないというのが本音らしく、自分の屋敷でもあるのにこうして時折帰ってくるのみなのだ。
「同じ屋敷に住んでいる方が、メルフィとの時間が取れそうなのにね」
「あぁ、それはメルフィが使用人としての立場で接してくるのが寂しいからだって言っていたかな。この屋敷にいると、どうしてもジェームズは侯爵家の跡取りと言う立場だし、メルフィはここの雇人と言う形になるから」
「そうだったのね。でもジェームズがそこまで考えているなんて……メルフィが私たちの娘になる日も近いわね?」
「そうだねぇ……でも二人がそうなってくれたら、私は晴れて侯爵位から退いて隠居できるから万々歳なんだが」
「ふふふ。いつもそれ言ってるわね?本気なの?」
「勿論さ。君と再会するまでは仕事人間だったけど、今は君と過ごす時間を削られるのが辛くて仕方ないよ。さっさとジェームズに家督を譲りたい」
「ジェームズには泣いて嫌がられそうだわ」
「大丈夫。押し付けてやるから」
「あらあら、ふふふ」
そんな風に会話しつつジェームズ達の様子を見守っていると、どうやら二人連れ立って屋敷の外へと向かっている。うまくデートにこぎつけることができたらしい。
「素敵なデートになりそうで何よりだわ」
「彼等が羨ましい?何なら私達も午後はデートにするかい?」
私の呟きにレスターが素敵な提案をしてくれる。私は喜んでそれを了承した。
「まぁ!それは素敵ね。どこへ連れて行ってくださるの?」
「そうだなぁ……」
その後はレスターとの食事を楽しみつつ、どこへ出かけるかの相談をしながら穏やかに時間が過ぎていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。
何気ないお昼のやりとり。若い二人の恋を応援しつつ、どこへ出かけるか二人でのんびりと相談する。ほのぼのとした日常の幸せを書いてみました。ほっこり(*´Д`)




