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あなたとの愛をもう一度 ~不惑女の恋物語~  作者: 雨音AKIRA
番外編 

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後日譚13 侯爵夫人の新婚生活3

 二人きりの朝食を取った後、私はレスターと共に庭に出た。急遽休みになった彼と、今日は一日一緒に過ごす予定である。


 日傘を差しながらレスターと連れ立って庭園の中を歩くと、色とりどりの花が目を楽しませてくれる。エスクロス家の庭園はとても広く、また庭師が常に美しく整えてくれているので、いつ来ても華やかだ。しかし今日の私達の目的はそれではない。


 私達は道中の花を愛でつつ、屋敷の裏庭にある温室にやって来た。美しい装飾の施されたガラス張りの温室には、様々な植物が植えられている。


 レスターと共に温室の中に入ると、汗ばむような暑さを感じる。湿度も高めに整えられているので、長時間中にいるのは辛いだろう。


 温室の植物は青々と茂り、蔓系の植物は天井まで届く程にまで成長しているのもあった。他にはたくさんの鉢植えや花木など、多種多様な植物で埋め尽くされている。



「この辺のは結構育ってきたね」


「えぇ、この分なら成功しそうよ。でもまさかフィネストでも育つと思っていなかったわ。あちらに比べてここは気温が低いから」



 温室の中ですくすくと育った目の前の植物に、感嘆のため息を漏らす。それらは全て、フィネスト王国よりも温暖な気候である、アムカイラ共和国やその周辺諸国の植物だ。



「温室を使った植物研究は、王城でもされているからね。商業用での使用はまだ一般的ではないが……もう少し規模を大きくするのは可能かもしれないな」



 レスターが今回の成果を満足げに見つつ呟く。私もそれに頷きを返すと、今後の展開に想いを馳せた。



「そうなったらタジールが喜ぶでしょうね」


「……その名を聞くとまた嫉妬しそうだ」


「ふふっ、そんな必要ないのに」



 レスターが顔を顰めたので、思わず笑いが零れる。タジールは商会時代のエルの部下で、今は仕事でこのフィネストに滞在している。一度レスターと一緒に会ったことがあるのだが、未だ彼はタジールに苦手意識を抱いているようだ。



「デイジーが使いたいと言っていた野菜も成功しそうだね。もう花が咲きそうだ」


「本当だわ。これで花の後に実が生って、その色が濃い赤に変わってきたら成功よ」


「どんな料理に使われるのか、今から楽しみだな」



 レスターが葉に優しく触れながら語る。その瞳はまるで私を見つめている時のように慈しみの感情が窺えた。


 実はこの温室を作ったのも、その中でアムカイラの植物を育てようと言ったのもレスターだ。


 タジールとの会話で私が料理をすることを知った彼は、すぐさま料理ができる環境を整えてくれた。しかも私が作るアムカイラの料理を食べてみたいと、日持ちしない食材の調達の為に温室まで作ってしまったのだ。



「これが上手くいけば、私も君の数々の手料理を口にすることができるんだね……はぁ、楽しみだ」


「なぁに?そんなに楽しみにしていたの?」


「あぁ、勿論だよ。温室を作ってしまうほどにね」



 そう言ってレスターがおどけてみせるけど、冗談でなく本当に温室を作ってしまったのだから笑えない。そもそもこの温室は元からあった物ではなく、結婚後に暫くしたらいつの間にかできていたのだ。


 それで当初かなり驚いたのだが、後からその建築費用を聞いて更に驚愕した。とてもじゃないが「ちょっと異国の食材を使った料理が食べたくて」と言って作るような値段ではないのである。温室の金額の相場を教えてくれたエルも呆れるほどだった(レスターは笑って誤魔化して教えてくれなかった)



「そんなに楽しみにされているなら、料理がんばらないとね?あと植物の研究も」


「頼みますよ?研究長殿」


「ふふ。がんばりますわ、侯爵様」



 レスターが私を研究長と呼ぶのは、その名の通り、一応は彼から与えられた仕事の一環であるからだ。温室を使った異国の植物の育成、そしてそれを使った料理の考案やレシピ化。私が侯爵夫人としての時間を持て余してしまわないようにと、レスターなりに私ができることを考えてくれた結果である。



「それにしても、その辺の研究者より君の方がよっぽど優秀だな。王城でもいくつか同じものを育てているそうだが、成功したという話はまだ聞いてないし……」


「まぁ、そうなの?ちょっと意外だわ。本職の研究者の方が上手くできそうなのにね。あ、でも……」



 ここで私は一つの可能性に思い当たった。私がこれらの植物をうまく育てることができたのは、研究者ではないもう一つの本職の方に伝手があるからだ。



「私、これを育てていた農家の方のお手伝いをしたりしてたのよ。それで種を分けてもらって各地の商会の庭でも育ててみたり、品種改良のお手伝いもしたりしてたから……」


「なるほど……そもそも現地で育てた経験と知識があるなら、頭でっかちな研究者が敵うはずもないな。よっぽど君の方がこうした仕事に向いている」


「ふふふ。それなら思い切って転職してしまおうかしら?王宮の研究所で雇ってもらえるかもしれないわね?」


「あぁっ、それは駄目だ!そんなことをしたら陛下に君をとられてしまうじゃないか。今でさえ私の仕事のせいで二人だけの時間が少ないのに……」



 私が冗談で転職をほのめかすと、レスターがすぐにそれに反対して、何やら難しい顔でぶつぶつと呟き出す。



「ふふ、冗談よ?今はこの屋敷の中で手一杯だし、外でお仕事をするほどの体力が無いわ」


「……そうだね。そのはずだ。その為に毎晩君を抱いているんだから」


「えぇ?!そんな理由だったの?」


「勿論それだけが理由じゃないが、君が外に行ってしまわないようにと敢えて抱きつぶしているのはある」



 レスターがしれっと真顔でそんなことを言うので、私は思わず頬を膨らませながら彼の胸を叩いた。



「もう!いつも疲れて起き上がれないのがそんな理由からだったなんて!意地悪だわ!」


「いてて……だって君がどこかへ行ってしまわないか心配なんだよ……街にはあのタジールだっているし、君は陛下のお気に入りでもあるから……他にも狙っている奴はいっぱいいるんだよ……」


「……そんな、私がどこかへ行くなんてないのに……」



 レスターが叱られた子供のように、今にも泣きそうな顔で私を見つめる。彼は本気で私がいなくなるのを心配しているようだった。



「それでも不安になるんだよ。毎日でも君の存在を肌で感じていないと、不安で仕方ない。仕事中も、君が屋敷の外でタジールや他の男と会ってやしないかと考えたら、気が狂いそうになる」


「レスター……貴方……」



 レスターが私に良くしてくれる裏には、そうした不安があったのだとようやく気づいた。もしかしたら温室を作って私が屋敷で退屈しないようにしたのも、その不安が原因だったのかもしれない。そう思うと胸が締め付けられる思いがした。



「ごめん……デイジー……私がこんな風に思っていたなんて知って、気持ち悪いだろう?」


「いいえ、そんなことないわ。むしろその不安に気が付いてあげられなくてごめんなさい」



 レスターにそこまで愛されていると分かり、彼の不安や束縛はむしろ嬉しく思う。けれどそのせいで彼が心穏やかでいられないのは嫌だった。



「……これからは君が外に出たいのを反対はしないよ。それに……毎日その……しないようにする……」



 レスターが項垂れながらそう言った。その酷く落ち込んだ様子を見て、私は自分の気持ちを正直に伝えることにした。



「貴方にそこまで想われて私は幸せだわ。でもね、私も貴方の熱を肌で感じるのが好きなの。貴方の側にいるととても安心するし、幸せな気持ちになれるわ」


「!!」


「だから今まで通りでもいいのよ?その……ほんのちょっと手加減してくれれば毎日でも……」


「デイジー!」


「きゃっ」



 突然レスターに後ろから抱きしめられ、首筋に吐息が掛かる。驚いて一人焦っていると、甘く低い声で囁かれた。



「……君にそう言ってもらえて嬉しいよ。可愛い私の奥さん。心から愛しているよ」



 嬉しそうに微笑みながら、私の耳に小さく口づけを落とすレスター。それがくすぐったくて身を捩るけど、強く抱きしめてくるその腕からは抜け出せない。



「……もう。本当にレスターってば仕方のない人ね。私も愛しているわ」



 落ち込んだと思ったら次の瞬間には私を翻弄するレスター。私はそんな愛しい旦那様に愛の言葉を返しながら、幸せなひと時を堪能したのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] レスターは大分ヤンデレを拗らせてますねww
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