後日譚7 二人の結婚1
「さぁさぁ!今日が本番ですからね!デイジー様、張り切っていきますよ!」
「……どうしようメルフィ……もう手が震えているわ……」
いつも以上に張り切っているのは侍女のメルフィだ。私はそんな彼女に励まされながら、使用人達に囲まれて準備を整えられている。
「大丈夫です!大使様も侯爵様もついていらっしゃいますから!例えデイジー様が途中で気が遠くなってしまわれても、お二人なら十分支えてくださいます!」
「そ、それだけは是非とも避けたいわね……」
今日は私とレスターの結婚式だ。婚約期間は最小限で、それでも多くの客人を招いて盛大な式になる予定である。
レスターはこの国で重要な役割を果たしている侯爵であるし、私はアムカイラ大使であるエルの娘であり、一応王族の血を引いている。どちらの側の都合を鑑みても失敗はできない式であることは間違いないだろう。
「それにしても、まさかこんなに早く式をあげることになるなんて……エルったらいつから準備していたのかしら?」
私はあまりにも早い結婚式に、驚きを隠せないでいた。何せレスターから二度目のプロポーズをされて、僅か二か月半しか経っていないのだ。それでこれだけの盛大な結婚式を挙げることになるなど、想像すらしていなかった。
「私の聴いたところによると、大使様はずーっと前から準備していたとおっしゃってましたよ?」
「え?そうなの?!」
何故かメルフィの方が私よりも事情に詳しい。彼女は得意げに色々と教えてくれた。
「まずドレスは、柊宮にいた時に既にマダムに頼んであったそうで、大まかなデザインはそこで終わらせて、いくつか試作もしてあったみたいですね。レースや装飾品もその時からどんどん作っていたみたいです」
「そ、そんなに前から……」
話を聞けば、まだレスターと再会したばかりの頃からドレスの準備はされていたらしい。私が驚愕していると更にメルフィは続ける。
「あと嫁入り道具については、何年もかけて準備してあったとか。大使様の並々ならぬ思いが伝わってきますね。私感動してもらい泣きしちゃいましたもの」
そう言ってメルフィは大げさに目元を手で押さえる。
何年も前からというと、まだ商会にいた頃のはずで、フィネストに戻る予定もなかったはずだ。そんなに前からエルは私の結婚を楽しみにしてたのだと思うと、申し訳ない気持ちになってくる。
「あと式場の確保とか来客の調整は、陛下ご自身がかなり根回ししたみたいですね。これもデイジー様がこの国にいらっしゃる前から裏で行われていたとか」
「えぇっ!!?」
陛下がこの結婚式の裏で立ちまわっていたなど、それこそ初耳である。私は驚くのを通り越して恐怖さえ感じてしまった。益々この結婚式は失敗できない。
「当然のことながら一番頑張っていらっしゃったのは侯爵様ですね。そりゃあもう、愛する初恋の人とようやく夫婦になれるということで、凄まじい勢いで仕事をこなして式の準備もされていましたもの。私、人間があそこまでの能力を発揮できるんだって、初めて知りました」
何故かレスターの事情まで耳にいれているメルフィは、うんうんとしたりげに頷いている。彼女は私の侍女をしながら一体どうやってそこまで色々と見聞きしているのだろうと不思議に思った。
「まぁ、そんなこんなでこの結婚式は異常な速さで挙げられることになったんですよ。良かったですね、デイジー様」
「え、えぇ……これは本当に失敗できないわ……」
にこにこと笑顔のメルフィや使用人達をよそに、私は緊張で顔を青ざめさせたのだった。
そうして朝から続いた花嫁の準部は、昼前頃にようやく終わった。
マダムがデザインした真っ白な花嫁衣裳に身を包み、髪はいつも以上に複雑な編み方でまとめ上げられている。ドレスと合わせて用意された宝飾品は、透明や白で色味を統一され、真っ白な衣装と合わさって光輝いていた。
「わぁ、とってもお綺麗です!デイジー様!」
「本当に……お姫様みたい……」
「馬鹿ね!デイジー様は本物のお姫様よ!」
鏡を見る私の周りでは、メルフィ達が目を輝かせながらお喋りに花を咲かせている。彼女達が言うように、すっかり変身させられた自分の姿は目を瞠るものがあった。
「……凄い……こんなに綺麗にしてくれてありがとう、みんな……」
「ふふっ!元の素材がいいからですよ?デイジー様。やりがいがありまくりで、私達もとっても楽しかったです」
お礼を告げると、メルフィ達は私以上に嬉しそうに頷いてくれた。その言葉に、早くも涙が滲んでしまいそうだ。
「あぁ!まだ泣いてはいけませんよ?!そこは堪えてください!泣くのは花婿さんの前でお願いします……ね?」
「……ふふ……そうだったわね。なんか感動しちゃって」
涙を流さないように、グッと唇に力を籠めて笑顔を作った。
ここまでの道のりは長く果てしなかった。途中で道を見失って諦めたこともあったけど、こうしてまた再び笑顔でこの日を迎えることができたのは、私一人の力ではない。
私は準備を手伝ってくれたメルフィや他の使用人達に振り返ると、頭を下げてお礼を言った。
「本当にありがとう。貴方達のおかげで、最高の結婚式を迎えることができるわ」
「デイジー様……もったいないお言葉です」
「いいえ、本当のことだもの。いくら言ってもお礼を言い足りないくらいだわ」
「うぅっ……デイジー様ぁ……」
私が涙を流す代わりに、今度はメルフィの方が泣き出してしまった。私は彼女の肩を優しく撫でて慰める。
しゃくりあげながら涙を流すメルフィは、まるで小さな子供のようで、普段のしっかりした様子とは違って年相応の少女に見えた。
「それにメルフィはこれからも私と一緒にいてくれるのでしょう?エスクロス家に行ってもよろしくね?」
「……はい……っ!」
その言葉にようやくメルフィにも笑顔が見えた。彼女は私がレスターに嫁ぐのと一緒にエスクロス家にもやってくる予定である。
本人たっての希望とのことだが、レスターによるとどうやらジェームズといい雰囲気になっているそうだ。もしかすると、いつの日かメルフィが義理の娘になる日が来るかもしれない。
そんな風に感慨深く思っていると、部屋の外から声がかかった。
「大使様がお見えになりました」
「入っていただいて大丈夫です。もう花嫁の準備は整いました」
涙を拭ったメルフィが外の護衛に返事をすると、すぐに扉が開かれる。そして満面の笑みを浮かべたエルが入って来た。
しかし数歩部屋に入って来た所で、目を見開いて固まってしまう。
「っ……!!」
「……エル?どうしたの」
動かないままのエルに、私はどうしたのかと首を傾げた。どこか可笑しなところでもあったかと不安に思っていると、エルの目からボロボロと涙がこぼれ始める。
「え、エル?!大丈夫?!」
慌ててエルに駆け寄ろうとするよりも早く、エルは私を捕まえて抱きしめた。
「あぁっ……何て綺麗なんだ……!まるでディーが戻って来たみたいに……いや、それ以上の美しさだよ……」
「エル……」
「この日をどんなに待ち望んだことか……本当に………本当にっ……」
言葉を詰まらせながら涙を流すエルに、私も抑えていたはずの涙が零れ落ちる。彼の切なる思いが触れた場所から伝わってくる気がした。
「エル……待たせてしまってごめんなさい……」
「……いいんだ……愛する人と共にあることが一番大切だから……」
そう言って笑うエルは、私とレスターに自分達のことを重ねているのだろう。涙を浮かべながらも、我がことのように喜んでくれているのがわかる。
「デイジー……幸せになってくれ……僕とディアナの代わりに……必ず……必ず幸せになるんだよ……」
「えぇ……絶対に幸せになるわ……だから──」
私はエルの腕から抜け出すと、しっかりとその瞳を見つめた。
母が愛した榛色の優しい瞳が、涙に濡れて輝いている。その眼差しの奥に、未だ変わらぬエルの深い愛情を見つけて、私は微笑んだ。
「エルも幸せになってね?……約束よ?」
「っ──あぁ……勿論だ」
私の言葉に感極まったエルは、抱きしめる腕に更に力を籠めた。私自身も泣き笑いながらその力強い抱擁を受け止める。
娘としてようやく親孝行できたような気がして、安堵と共に例えようの無い喜びが湧き上がってくる。私達はその幸せを噛み締めながら、いつまでも抱き合った。
暫くすると、横で見守っていたメルフィが呆れた様子で声を掛けてきた。
「もう……大使様もデイジー様も……花嫁さんの準備がまた必要になっちゃったじゃないですか……こんなに泣かせてしまって……」
「はは……ごめんごめん……」
「ごめんなさい……つい、嬉しくて……」
謝りながらメルフィ達の方へ向き直ると、そう言ったメルフィ自身もすっかり泣きはらしている。私とエルは顔を見合わせて笑った。
「メルフィも泣いているわ」
「はは、本当だ。号泣じゃないか」
「……こんなに感動的な場面を見せられたんですもの!仕方ないです!」
泣きながら頬を膨らませたメルフィに、私達はもう一度笑い声をあげたのだった。




