後日譚4 侯爵の嫉妬1
私達の乗った馬車は貴族街を抜け、商店が並ぶ街中へとやって来た。馬車から降りると午前中の早い時間にも関わらず多くの人で賑わっている。
「随分人が多いのね。いつもこんな感じなの?」
「あぁ、そうだね。この辺りは随分区画整理が進んでいるから、特に賑わっているかな」
レスターが歩きながら街について説明してくれる。彼自身がその区画整理の指揮をしているのだろう。
「古い区画を整理して、店舗ごとに場所を整えたんだよ。大通りは商会を中心にして、路地に入った所は各分野に特化した店や職人の工房を配置しているんだ。ほら、路地の入口に通りの名前があるだろう?」
レスターの指さす方向を見れば、大通りから路地へ入る場所全てに看板がある。そこには文字と絵でどんな店がその通りにあるのか記してあった。
「……金物通りに……かご通り……?本当だわ。なんだか面白い名前の通りね」
「そのまんまだけど、わかりやすくていいだろう?」
「ふふ、本当ね。それにこれだけお店があれば、色々選べて楽しそう」
一つ一つの路地を覗いてみると、確かにどれも同じ分野の店や工房がずらりと奥まで並んでいる。どこも多くの人で賑わっており、随分と繁盛しているようだ。
「別々の場所に点在しているよりも、こうして集約している方が客入りもいいんだよ」
「そういう効果もあるのね」
「あぁ、人も物も増えたから、流通を更に促す為の陛下の施策だよ」
レスターが誇らしげに語る。改めて彼がこの国にとって必要な人なのだと実感した。
「そういえばアムカイラの品を扱う店も王都に作られるのでしょう?それもこの辺りに出店するのかしら?」
ふと疑問に思ってレスターに聞いてみた。エルの大使就任を機に、アムカイラの商店が出店することになっているはずである。
「あぁ、それについてはまさに今進めている所だよ。古い居住区の一部を別の場所に移転させて、商業区画を拡張しているんだ」
「じゃあこの辺とは違う場所なのね」
「そうだね。アムカイラ以外の国の店も出る予定だから、ここだけじゃ場所が足りないんだ。だがその分、色んな国の物が入ってくるようになると思うよ」
「遠い国の品物がこの国でも手に入るようになるなんて素晴らしいことだわ」
レスターの話を聞いて、ますます発展していくフィネスト王国に想いを馳せる。今は遠く離れてしまったアムカイラの地も、こうして交流が続くことでもっと身近なものになるのだと思うと、郷愁のような寂しさも紛れるような気がした。
「何なら今から行ってみようか?アムカイラの商店ならもう建築は終わって、今は内装の仕上げの段階らしいけど、頼めば中を見せてもらえるはずだよ」
「本当に?是非行ってみたいわ」
レスターの提案に私はすぐに頷いた。店が開かれるのはまだ先だが、それでも先に見てみたい。
「じゃあ他に色々と見て回りながら行こうか」
「えぇ」
そうして私達は、街を回りながらアムカイラの商店があるという場所を目指した。
いくつか店を回って休憩をはさんだ後、やってきたのは商業区の端の方だ。レスターが言っていたようにかつて居住区だった場所が、今は次々と作り変えられていっている様子が見て取れる。その中に、既に建築が終わっている建物があった。
「凄い。建物はすっかりアムカイラの様式なのね」
「あぁ、そうだね。こっちはアムカイラ共和国ので、隣はジャハーラ王国、その反対側はミルネス公国の店舗が入る予定だ」
レスターの説明に視線をやると、確かにアムカイラ様式の店舗の両脇に、別の建築様式の建物がある。どうやら様々な国の店舗が一続きになっているようだ。
「あら……もしかしてこのお店って……」
それらの建物に近づくにつれて、私はあることに気が付いた。店の看板に見覚えがあったのだ。更に近くで見てみようと足を進めると──
「…………デイジー?」
「え──?」
唐突に後ろから名前を呼ばれて振り返る。そこには見知った人物が立っていた。
「やっぱりデイジーだ!」
「……タジール?……え?!タジールなの?」
「ははっ!元気そうだね、デイジー」
豪快に笑いながら近づいてきたのは、以前エルが営んでいたフリークス商会の副会長をしていたタジールだ。
「びっくりした……まさかタジールが来ているなんて…………え、ってことはやっぱりこのお店ってフリークス商会の……?でもエルに何にも聞いてないわ」
現商会長であるタジールがここにいるということは、今回の出店にフリークス商会が関わっているということだ。
私が何も聞いていないと頬を膨らませると、タジールは一瞬その黒い目を大きく見開いてからすぐに破顔する。
「直前まで誰が来るかは決まってなかったから仕方ないよ。知らせとほぼ同時くらいに俺がきたんじゃないかな?」
「そうなのね……でもせっかく来たのなら立ち寄ってくれればいいのに」
やはり自分だけが知らなかったのだと拗ねてみせれば、タジールは眉を下げて謝った。
「ごめんごめん……エルロンドさんは今は大使様だし、おいそれと会いにはいけないよ。あ、それを言ったらデイジーもお姫様だったね。ははっ!これはこれは、大変ご無礼いたしました!」
「もう!からかっているのね!タジールったら」
浅黒い肌に白い歯を輝かせながら、タジールはおどけて笑う。こんなやり取りは商会時代はいつものことだ。一瞬で当時に戻ったような気がして、私も一緒になって笑った。
そんな中レスターは、私とタジールの気安いやり取りに驚いて目を見開いている。私は改めてレスターにタジールのことを紹介した。
「レスター、彼は以前エルの商会で副会長をしていた人なの。今はエルの跡を継いで商会長なんだけど、家族みたいに良くしてもらっていたのよ」
「どうも!既に侯爵様にはご挨拶してましたが、改めて自己紹介をさせてもらいますね。タジール・ハントと言います。デイジーとは商会時代からの付き合いで……もう二十年以上かな?家族同然に仲良くさせてもらっています」
「……そうだったんですね。フリークス氏からは信頼のおける方だと伺ってますが……デイジーともそこまで深い付き合いがあったとは……」
心なしかレスターの声が低く沈む。何故だろうと視線を送るも、少し気まずそうに逸らされてしまった。そのことにチクリと胸が痛んだけど、そんな空気をものともせずにタジールが話しかけてくる。
「あ、折角いらしたんだったらちょっと中を見ていきますか?デイジーも是非見て行ってくれ。うちの商会の元凄腕販売員の視点でさ!」
「もう!その言い方はやめてって言っているでしょ!」
「あはははは」
タジールのいつもの軽口を黙らせようと肩を小突くが、彼は豪快に笑うばかりでおかまいなしだ。そんな風に賑やかなやり取りをしつつ、私達は店の中に入っていった。
お読みいただきありがとうございました!
またもや仕事っぽい話に……。
タジールはエルロンド編を執筆中に作ったキャラです。ほぼ名前だけの人物だったはずが、後日譚でいい仕事してます。レスター君は気が気でないですね、ハイw




