後日譚3 侯爵の溺愛2
前話の続きとなります。
街へ出かけることになった私とレスターは、準備を整えて馬車へと乗り込んだ。
馬車に乗る前は、遠慮のない愛情表現をするレスターのおかげで、随分と恥ずかしい思いをさせられた。彼にとっては人前でいちゃつくのは何でもないことのようだが、私にとっては非常事態である。
とはいえ今は二人きりの車内なので、随分気持ちも落ち着いている。街までの道のりは、車窓の景色を楽しみながら過ごすことにした。
「相変わらずいい眺めね。ここは」
大使館があるのは貴族街の中心部分で、かなり見晴らしが良い場所だ。王城を中心に貴族街は小高い丘になっており、場所によっては街を一望できる。
「あぁ、貴族街も拡張したとはいえ、この辺りは眺めが良い方だね。アムカイラの大使館はかなりいい場所を取れたから」
レスターが頷きつつそう返す。アムカイラの大使館は、彼の尽力のおかげでかなり立地が良い場所に建てられたのだ。王城に程近く、見晴らしも良ければ交通の便もいい。普通なら手に入れることの出来ないような場所だ。
「ふふ、ありがとう。まさか貴族街の中心部に住むことになるとは思っていなかったから、エルも私も驚いているわ」
「そうかい?でもデイジーがあそこに住むのもあとちょっとだよ。結婚したら私の屋敷に住むのだし」
「そ、そうね」
急に自分の結婚の話になり、途端に頬に熱が集まる。
レスターの言うように、結婚するまではエルと共に大使館に住んでいるが、結婚後はレスターと共に住むことになるのだ。決まっていることとはいえ改めて言われると何だか恥ずかしい。
そんな私の様子をよそに、レスターは更に言葉を続ける。
「でも何年かしたらそこも引っ越すだろうね。ジェームズが侯爵位を継いだ後は、エスクロス家の屋敷は彼が住むから」
「あ、確かにそうね。爵位を引き継ぐのはもうすぐなの?」
「いや……ジェームズはまだ無理だって言うけれど……彼が結婚して暫くしてから引き継ごうと思っているよ……ただまだ相手が決まっていないから、今度はそっちで苦労しそうなんだよな……」
「あらあら……ふふ。父親としては息子の将来が心配なのね」
「はぁ……そうなんだよ。素直なやつなんだが、恋愛方面はさっぱりみたいで……一体誰に似たんだか……」
レスターのため息の深さに、思わず笑みがこぼれる。
エスクロス家の侯爵位は、レスターの養子となったジェームズが継ぐことが決まっているが、この分では当分先になるかもしれない。心配そうにジェームズの話をするレスターは、すっかり父親の顔である。
「……それで、いずれ侯爵位を降りたら別の場所に住むことになるんだけど…………デイジーはどこか住んでみたい場所はあるかい?今の私なら、王城以外の土地ならどこでも用意できるはずだよ?」
先ほどまでとは一転、レスターが自信ありげにそう言った。確かに土地関連の仕事をしている彼ならば、すぐにでも有言実行してしまいそうだ。
「それは頼もしいわね。でもどこでも選べるとなると逆に迷っちゃう……」
「確かに。でも希望を言うだけならいくらでもできるよ?」
まだ先のことだろうに、レスターは嬉しそうに私の希望を聞いてきた。
「ふふ……そうねぇ……行ったことのない街とか……海の見える場所とかいいかも」
「あぁ、それはいいね。家から海が見えるとか最高じゃないか」
「あ……でもエルが寂しがっちゃうから難しいかしら。王都以外だと自分もその街に移住するとか言いかねないわ」
現実的には王都を離れる選択肢は無いだろう。エルのこともそうだし、レスターの仕事の面でもそうだ。
するとレスターは可笑しそうに笑って、別の提案をしてくる。
「ははは、彼なら言いそうだね。なら屋敷の庭園に海くらい大きな池を作るのでもいいかな。それはそれで設計が楽しそうだ」
「レスターは今の仕事が大好きなのね。とっても楽しそう」
「あぁ、今はこれが天職だと思っているよ。土地一つ、建物一つとっても同じものはないからね。新たに作るのもやりがいがあるし、既にある物を作り変えるのも違った楽しさがあるし」
心から楽しそうに語るレスターは、本当にその仕事が好きなのだろう。侯爵としての仕事も忙しいはずなのに、それを微塵も感じさせない。
「そんな楽しさもあるのね。でも侯爵家の仕事と両立させるのは凄く大変じゃない?エスクロス家は領地もあるでしょう?」
「あぁ、それについてはジェームズが王都と領地を行き来して、行政官と連携を取ってくれてるから大丈夫だよ。私は主に王都での仕事かな」
「まぁ、そうなのね」
領地経営は以前とはだいぶ変わり、中央の役人である行政官が出向する形で領主の役割の一部を担っている。中央の目が届きやすくなったおかげで不正が少なくなり、また健全な領地経営ができるようになった。その分、領主の負担も以前よりは少なくなっているようだ。
「うん、それに母とミネルヴァが領地にいるから、ジェームズの補助をしてくれている。いずれはジェームズが跡を継ぐから、領地のことはほとんど彼等に任せているんだよ」
レスターの話によれば、今後も領地の仕事はジェームズ達の領分なのだろう。そうなってくると次期侯爵夫人となる私の仕事はどこにもなさそうだ。
「じゃあ結婚した後に、何か私にお手伝いできそうなことってあるのかしら?話を聞いていると、何にもやることが無さそうだけど……」
「……う~ん、そこまでは考えていなかったな……屋敷のことは使用人が全てやるだろうし、領地関連の仕事も母やミネルヴァが補助してくれているからね。それもいずれはジェームズの伴侶の仕事になるだろうし」
「あら……そうすると私ってとっても暇なのね?いけないわ。これは重大な問題よ?」
「ふっ……。何?そんなに働きたいのかい?侯爵夫人としてただお茶を飲んでゆっくりしているだけでもいいんだよ?」
私が結婚後の生活について不満を零すと、レスターは堪え切れないと言うように笑いだした。勿論私が働かなくてもエスクロス家は十分な財があるし、レスター自身も仕事で忙しくしている。
だが長年平民としてエルの補助をしていた私にとっては、今更貴族女性のような生活は性に合わないだろう。それでも世間の評判もあるから、働くことについてはレスターの許可が必要だ。
「……はぁ……改めて考えると貴族女性って暇なのよねぇ。社交をバリバリやって根回ししたりとかそれくらいしか役に立てそうもないわ。前なら商い関連の仕事をやっていたのだけど……お店で働くのは勿論ダメでしょう?」
「うぅ~ん……」
ほんの少しおねだりをしてみるが、流石にそこは苦笑しか返ってはこない。やっぱりダメかと内心ため息をついていると、レスターがいいことを思いついたとばかりに膝を打った。
「あ──、……一ついい仕事がある」
「え!?何?何ができるのかしら?」
「ふふ……聞きたい?」
「勿論よ!どんな仕事でもいいわ!暇なのは性に合わないの!」
何故か言い渋るレスターに、私は前のめりになりながら懇願した。高位の貴族女性としては、夫がいるのに働くというのはあまり褒められたことではないだろうが、そこは流石のレスターである。働くことに理解を示してくれて、私は嬉々としてその内容を問うた。
「私の希望としては次は女の子がいいかな」
「……え?女の子……?」
にこにことそう告げるレスターに、私は何のことかわからずに首を傾げる。するとさも可笑しそうに彼は口元の笑みを更に深めた。
「ふっ……君は一番大事な仕事を忘れているようだ。私達の子供を設けるという大事な仕事をね?」
「!!!」
途端に真っ赤になる私を見て満足げな笑みを浮かべると、レスターは更に言葉を重ねてくる。恥ずかしがっている私などおかまいなしだ。
「勿論子供は授かりものだからね。どうなるかわからないが、夫として努力するつもりだよ?何なら毎日でも」
「~~~~!もう!レスターったら!」
「ははははは」
結局二人きりの空間だったとしても、私はその後もたっぷりと恥ずかしい目に遭うのだった。
お読みいただきありがとうございました。
糖度たっぷりこめようとしたところ、すぐに仕事の話に脱線する二人……作者の思考が非恋愛だからでしょうか……お堅い話の方が筆が進むってどうよ……。
ま、最後はレスター君のムフフな宣言でひっくり返してやりましたけどね!
次話も続きます。




