後日譚2 侯爵の溺愛1
エルの大使就任から約一か月の月日が経った。その後、レスターは仕事が非常に忙しく、ここ最近はなかなか二人だけの時間が取れていなかった。
そんな中、レスターから街へ出かけようと言うお誘いがあって、私は二つ返事でそれを了承した。
「デイジー様!デートなんですから張り切っていかないと!」
「うぅ……でもメルフィ。流石にいい歳だからあんまり派手なのは恥ずかしいわ……」
レスターとの外出当日、何故か私は侍女のメルフィの着せ替え人形になっていた。私以上に気合の入っているメルフィである。
エルが大使に就任するにあたり、住居を柊宮からこのアムカイラの大使館へと移したのだが、その際に私付きの侍女としてメルフィも一緒にやって来ていた。
「私、デイジー様をこうやって着飾るのが楽しいんですよ。王城だと下っ端なので、貴人のお世話をさせてもらえないですからね」
「そうなのね。でもメルフィはとっても働き者よね。お仕事が大好きみたい」
「えぇ!他の子は結婚相手を探しに来ているみたいですけど、私はお仕事が楽しいですから!」
メルフィが私を着替えさせながらも、大いに力説してくる。彼女は余程私の世話をするのが嬉しいらしい。まだ若いのにしっかりしたお嬢さんである。
「さ、できましたよ!これなら侯爵もメロメロですね!」
「……メルフィ、流石ね。私が私じゃないみたい……」
ようやく着替えや化粧が終わり、メルフィからのお許しをもらえた。かなり頑張ってくれたのだろう。鏡に映った自分の姿に思わず感嘆の息が漏れる。
「何おっしゃっているんですか!そこはデイジー様という素材の良さのおかげです!」
「ふふふ……ありがとう」
「さぁ侯爵がお待ちですよ!行きましょう」
「えぇ」
メルフィに促され玄関へ向かうと、既にレスターが待っていた。階段を降りようとする私に気づくとすぐに破顔して、待ちきれないというように駆け寄ってくる。
「あぁ、デイジー。今日も凄く綺麗だ」
「……レスター……」
両手を広げて満面の笑みで私を迎え入れるレスターに、思わず頬が熱くなる。階段を降りると同時にその腕の中に閉じ込められた。
「っ──」
「こ、これが長年一途に思い続けた侯爵の愛し方……熱烈!」
突然の抱擁に戸惑っていると、後ろからメルフィの呟きが聞こえてきたので、一層恥ずかしくなり俯いてしまう。
するとすぐにレスターの手が伸びてきて、顎を掬われ上を向かせられてしまった。
「ほら、こっちを向いて?可愛い顏をみせてくれ」
間近にレスターの顔が迫って来て、今にも口づけをされてしまいそうだ。低く甘い声で囁かれれば抵抗することも出来ない。それを何とか堪えて私は抗議の声を上げた。
「っ──か、可愛いって……いい歳のおばさんを捕まえて何を言っているの!」
「デイジーは可愛い。可愛いだけじゃなくてとても綺麗だ。こんなに素敵な女性は見たことがない」
「~~~~!」
蕩けるような笑みでそう言われれば、抗議の声などもはや意味を成さない。周囲には使用人達がニコニコしながら見守っていて、これ以上の抵抗は更なる恥を晒すことになりそうだ。
私がだんまりを決めこんでいると、今度はメルフィが笑みを噛み殺しながら助け舟を出してくれた。
「ふふふ。あまり恥ずかしがらせては、デイジー様がお部屋に引き返してしまうかもしれませんよ?奥ゆかしい方ですから」
「おっとそれはいけない。それなら引き返せないように、さっさと攫ってしまおうか」
メルフィの言葉に大きく頷いたレスターは、おどけたようにそう言うと私に腕を差し出した。そしてあえて私の耳元で甘く囁く。
「さぁ、行こう……私の愛しいお姫様」
「っ──!……は……はい」
「いってらっしゃいませ、侯爵、デイジー様」
腰から砕けそうになるのを必死に堪えて、私はレスターの腕に縋りついた。
そして笑顔の使用人に見守られながら、顔を真っ赤にした私はレスターと共に馬車に乗り込んだのだった。
お読みいただきありがとうございました。
本編では糖度が少ないかな~と思ったので、その後の二人の甘いお話を書いてみました。
……が、ちゃんと甘くできたかどうかは自信無い。いや~甘々な展開って難しいですね。




