69 エピローグ
その日、王都ではフィネスト王国の建国記念祭が催され、多くの人で賑わいを見せていた。街には色鮮やかな花が飾られ、国の生誕を寿ぐ旗が掲げられている。
王城には各国から賓客が招かれており、式典の会場には美しい音楽と談笑がさざめいていた。
「凄い華やか……私大丈夫かしら……」
「気にしたらいけないよ、ディー。こういうのは堂々としたもの勝ちだ」
会場の豪華な雰囲気に怖気づく私を、すぐ隣にいるエルが励ましてくれる。大使として式典に招かれた形のエルは、今は正式なアムカイラの礼装に身を包み、堂々としていて威厳に満ち溢れていた。
一方の私は新たに作ってもらったドレスに身を包み、エルの隣で必死に笑顔を作る。あまり目立ちたくはないけれど、大使であるエルの晴れの日に無様な姿は晒せない。
私達は式典会場の正面に設営された壇上に座っていた。国の重臣や各国の要人が並ぶ中、最も目立つ場所でこの記念式典を見守るのだ。
やがて式典が始まると、リュクソン陛下によって各国の来賓の紹介がなされる。次々と各国の要人が挨拶をする中、アムカイラ共和国の大使として就任するエルも呼ばれた。
「こちらがアムカイラ共和国からの大使、エルロンド・フリークスだ」
陛下の言葉に合わせ、エルが前へと出て優雅に挨拶をする。その礼式はアムカイラ独自のものだ。
エルの流麗な動きに合わせて裾の長い伝統的な衣装が美しく揺らめき、人々の間に感嘆のため息が漏れる。その姿は、誰が見てもアムカイラの大使として彼が相応しいことを示していた。
皆はエルの大使就任を祝い、会場には大きな拍手が沸き起る。それに応えるようにしてエルも檀上から手を振り返していた。
私はその後姿を感慨深く眺めていた。
「無事に大使に就任されたね。よかった」
「えぇ……本当に」
隣に座るレスターが、共に喜びを分かち合ってくれる。レスターの助けがなければ、ここまで来ることは叶わなかっただろう。本当に彼のおかげだ。
あれから暫くして、セフィーロ・フラネルは家督を義理の息子のアングラへと譲った。セフィーロ・フラネルが犯した罪を思えば、子爵家一族は、全員がその命を落としてもおかしくはなかった。
けれど既にアムカイラ王家は存在せず、経緯はどうであれ子爵の娘として育てられたおかげで私は革命から逃れられたのだ。その事実を考慮され、フラネル家は今後も存続できることとなった。サビーナやルイ、アングラのことを思えば、その結末で良かったのだと思う。
勿論リュクソン陛下は、セフィーロ・フラネルには相応の罪が必要だと言って、隠居した彼を辺境の地でこき使っているという。詳しく聞こうとしたら意味深な笑顔が返ってきたので、それ以上は聞いていない。
そんな風にあれこれ考えを巡らせていると、エルの大使就任の挨拶が終わった。そして新規事業に関する発表に続き、その後は式典の為に用意された楽団の演奏や様々な催しが行われていく。
暫くして全体での催しが終わり、自由に歓談できる時間となると、今度は色んな人々が壇上にいる賓客へと挨拶にやってきた。大使に就任したエルの下にもたくさんの人が来て、彼らの隣にいる私にも声を掛けてきた。
私は過去の婚約破棄について知っている人がいるかもと心配したけど、そんなことはなかった。人々にとって今の私は、高貴な客人という認識以外に無いようだ。
これについては、以前街中に出てあれこれ高い買い物をした成果かもしれない。それを見越していたのだと思うと、エルや陛下の考えの深さには驚かされるばかりだ。
「こちらの美しいご婦人は、大使の奥様で?」
エルの下へ挨拶にやって来た客の一人が私について問うてきた。未だに奥様だと言われることが何だか可笑しくて、エルはどうするのかなと思って横を見ると、彼はさも嬉しそうに笑みを深めてこう言った。
「いいえ、彼女は私の娘ですよ。自慢のね」
そう言って自慢げ話すエルは、親馬鹿っぷりがすっかり板についている。周囲に娘である私の話を長々としては、随分と困らせていた。軽い気持ちで私の話を振ったその客人も、さぞ驚いていることだろう。
「ふふ、フリークス氏は、娘自慢できるのがよっぽど嬉しいみたいだ」
「あぁ……これが親馬鹿ってやつなのね……とっても恥ずかしいわ……!」
レスターは楽し気に笑うけど、私は恥ずかしくて居たたまれない。これまでは親子として周囲に名乗れなかったけれど、今はあまりにもエルが周囲に自慢するから、困ってしまう。
顔を赤くして俯けば、頭上からレスターの小さな笑いが聞こえてきた。そしてスッと彼の大きな手が目の前に差し出される。
「じゃあ、あちらで一曲ダンスをどうですか?お嬢さん」
「……えぇ、喜んで!」
おどけた様子のレスターにダンスを申し込まれ、私はその場から抜け出すことにした。
彼の大きな手に自らのそれを重ねると、ふわりと優しく包まれる。その温かさに嬉しくなって思わず微笑むと、レスターも蕩けるような甘い笑みを返してくれた。
そして優しく私の背に手を触れて、会場の中央へと誘うように歩み出す。そこでは既に多くの人々がダンスを楽しんでいた。
レスターにこの身を預けて視線を合わせれば、一瞬だけあの頃に時が戻ったような錯覚に陥る。ハッとして目を瞬くと、彼の冬空色の瞳が優しく細められ、目じりに少し皺が寄った。その穏やかで包み込むような優しい表情に、思わず見惚れてしまう。
やがて紡ぎ出される美しい調べにのせて、私たちは流れるように踊り出した。レスターとこうして踊るのは二十数年ぶりだ。
「何だか不思議な感じ……」
「どの辺が不思議なんだい?」
思わず呟けば、レスターが興味深そうに私を見つめる。その眼差しは期待に満ちていて、もしかしたら彼も同じ感覚を味わっているのかもしれないと思った。
「私たちが何十年ぶりかに踊ったなんて、信じられないの。何だかずっとこの腕の中にいたような気がする……」
ずっと同じ時を歩んできたかのように、私たちの息はぴったりだ。軽やかなステップは一つのずれもなく、繋いだ手と手はまるで二人で一つになったかのようで。そこに長い時の隔たりなど、少しも感じられなかった。
「離れ離れになったとしても、私達はずっとどこかで繋がっていたのかもしれない」
「えぇ、そうね……きっとそうだわ」
レスターの言葉に胸の奥が温かくなる。私もずっとそうありたいと心のどこかで願っていたから。
「デイジー」
突然レスターが私の名前を呼び、ゆっくりと足を止めた。その真剣な声音と突然終わったダンスに思わず驚き見上げると、少し表情を硬くしたレスターと目が合った。
流れてくる音楽が、どこか遠くに聴こえる。レスターは、私の両手を掴んで真っ直ぐにこちらを見つめていた。
その冬空色の美しい瞳に、身を焦がすような熱が灯っているのを感じる。そしてその熱は、高まる鼓動と共に私の中にも生まれていく。
「君ともう一度ここから歩んでいきたい」
「……レスター……」
年月を重ね、以前よりも深みを増した艶やかな声が、彼の想いを紡いでいく。
「私には君だけなんだ。君だけをずっと愛している」
その言葉の意味を私が飲み込むよりも先に、レスターは跪いた。そしてあの日と同じ言葉を告げる。永遠に続く愛の言葉を──
「どうか私と結婚してください──」
「っ──……」
真っ直ぐにこちらを見つめる瞳。その真摯な想いに、私は言葉を失った。
一度は失ってしまった恋。
けれどその手から伝わる熱は、あの頃と少しも変わらない。
その胸に抱く愛は、前よりもずっと大きくなって。
重ねた日々の全てが、私たちを祝福しているみたいに。
きっとこれからもそうして二人歩んでいくのだろう。
私たちの運命は再びめぐる。これからもずっと──
私は彼の想いに応えるように、溢れ出す涙をそのままにようやく小さな頷きを返す。そして自分の心からの想いを彼に伝えた。
「っ──はい……喜んで……私も貴方を……愛してるから」
「デイジー……ありがとう!」
愛を告げた私をレスターが思い切り抱きしめる。その嬉しそうな笑顔がまるであの頃のように無邪気だったから、私は思わず泣きながら笑ってしまった。
やがて周囲から大きな拍手の波が起こり、ようやく皆に見られていたことを思い出す。
「レスター……これすっごく恥ずかしいわ」
「いいじゃないか。今度こそ幸せになるんだ。それにこれだけの人に立ち会ってもらったのなら、もう誰も私たちの邪魔はできないよ」
そう言って鮮やかに笑うレスターは、堂々として自信に満ち溢れている。なんだか自分だけが恥ずかしいような気がして、ちょっとだけ悔しい。けれど同時にふとあることを思い出した。
「ふふ……」
「どうしたんだい?」
「前にプロポーズしてくれた時の貴方、確か手が震えていたわ」
「っ──!……それは思い出してほしくなかった……」
「よく覚えているわ。だってあの日のことは、私にとってすごく素敵で大切な思い出だもの」
「それでもプロポーズの時に手が震えてたって事実は忘れて欲しかった……恥ずかしい……」
「ふふ……素敵なプロポーズを2回もしてもらえて、私は幸せ者だわ!」
「そうかい?」
「えぇ!」
何だかおかしくなって二人笑い合っていると、エルが私たちの下にやってきた。
「良かったねデイジー。ようやく君の幸せな姿を見ることができたよ」
「エル……」
嬉しそうに私たちを見つめるエル。
彼にはずっと心配をかけてしまったから、これでようやく安心させることができる。娘として親孝行できたのだと思うと、瞼の裏が熱くなった。
「だから言っただろう?素敵なドレスが必要だって」
そう言ってやって来たのは、リュクソン陛下。今私が着ているドレスは、陛下が仕立て屋を呼んで作ってくれたものだ。
「えぇ……ありがとうございます。でもまさかあの頃から考えていらっしゃったのですか?」
「さて、どうかな?それよりもせっかくの祝いの場だ。私とも一曲どうだい?お姫様」
そう言って手を出そうとする陛下。けれどすぐにレスターがそれを制した。
「今日は私が独り占めするので、どうぞ陛下はご遠慮ください」
そう言うと、レスターは私を陛下から見えないようにその背に隠す。
「レスター!」
彼の失礼な態度に、私は思わず声を上げるけど、陛下はさも可笑しそうに笑った。
「はははは!泣く子も黙るエスクロス侯爵が、これでは聞いて呆れるな。デイジー、こんな嫉妬深い男などやめて、私の妃になった方がよくないか?どうだね?」
「陛下!!」
そうやって揶揄うリュクソン陛下に、レスターが剣呑な目を向ける。その様子は、まるで本当の父子のような気安さだ。
「エル……私たくさん家族ができたみたいよ」
「あぁ、そうだね。ちょっとうるさい家族かもしれないが」
「ふふっ……でも楽しくて素敵だわ」
エルの物言いがおかしくて笑っていると、レスターが私の腕を取る。
「デイジー、もう一曲踊ろう!さぁ!」
「えぇ!」
手を取り歩いて行けば、私たちの家族が温かく見守ってくれている。
その幸せはこれからも続いてく。いつまでも──
お読みいただきありがとうございました。これにて本編最後となります。
最初は数万字で終わらせるはずだったんですが、心情や人間関係を細やかに描写していったら、ここまで長くなってしまいました。
『あなたとの愛をもう一度』というタイトルは、デイジーとレスターの復活愛が元だったのですが、今思うとサビーナとの姉妹愛やそれぞれの家族愛にも言える言葉だったのではないかなと思います。
家族への愛情は時に複雑でわかりにくかったりしますが、それも一つの愛の形で、それに気づけるかどうかが大事なのではないかなと思います。
さて、次回からは番外編です。後日譚は本編で書けなかったその後のことや、恋愛らしい側面をだしております。甘々な展開が苦手な作者が、四苦八苦しながら書いたので拙いかもしれませんが、楽しんでいただければ幸いです。
そして後日譚の後には、エルロンドの半生を描いたエルロンド編が始まります。彼の愛と苦悩の人生が描かれております。執筆は半分泣きながらでしたので、可哀そうなエルと作者の為にも是非読んでいってくださいませ(笑)敢えて本編では書かなかったエルロンド視点ですので、裏事情も分かると思います。
またエルロンド編の後に続く最終話のあとがきには、登場人物紹介と作者自作のキャラクターのイラストがございますので、良ければそちらもご覧いただければと存じます。
それでは皆様。本編の最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました!




