68 その証を継ぐ者
レスターが両親の真実を明かしてくれたおかげで、私は本当の家族の絆を取り戻すことができた。謁見の間から、今はエルとレスターと共に客間に戻っている。
「これが……お母さまが受け継いだもの……」
「あぁそうだよ……ディアナがアムカイラ王家の一員だった証だ」
「……とっても綺麗」
掌の上には黄金に輝く指輪。母がずっとロケットの中に隠していたものだ。リングには王家の紋章が刻まれ、美しい翠玉が光る。それは母の瞳の色だった。
その高貴な美しさと、それが併せ持つ意味の重たさに思わずため息を漏らすと、横で見ていたレスターが口を開いた。
「わざと古びたロケットに入れて隠していたんですね」
「あぁ、当時のアムカイラは王制と反王制で対立していたし、私たちは一緒になる為に身分を捨てて逃げたからね。……だがいざという時の為に、彼女の王族である証は隠し持たせておいたんだ。もし状況が変わって私がどうにかなることがあれば……その時は彼女の血が助けになるかもしれないから……」
「そうして守られてきた証が、今はデイジー……君の手にある。君が受け継ぐために──」
レスターが私の手を取って、その指輪をはめてくれた。美しく気高い黄金が私の指の上で光を放つ。
「……ぴったりだわ」
「あぁ……っ!ディーにそっくりだ、デイジー。君は確かにアムカイラ王家の姫君だよ!流石ディアナと僕の娘だ!!」
エルが感激に瞳を潤ませて、私に思い切り抱きついた。
「ちょっ……エルったら苦しいわ」
「ははははは!すっかりフリークス殿は親馬鹿になったな」
「レスターも笑ってないで何とかして!」
「いいじゃないか、せっかく親子だと堂々と言えるようになったんだから」
「そうだよ。その為にリックの誘いに嫌々乗って、利用してやったんだから!」
「それは聞き捨てならないセリフだな、エル」
「陛下!!」
エルのとんでもなく失礼な発言が出た所で、タイミング悪く陛下が部屋に入ってくる。当の本人は全く気にしていないが、こちらとしては冷や汗ものだ。
「デイジー、大丈夫だったか?突然色んなことがあって驚いただろう?」
エルとの気安い態度から一転、リュクソン陛下が気を使って声を掛けてくださった。
「えぇ……でもまさかアムカイラ王家の件まで話されるとは思っていなかったので、驚きました」
「そうだろう。エルロンドもそこは難しいと思っていたようだからな。だが私は大丈夫だと確信していた。何せコイツがいるからな」
そう言って腕をレスターの肩に載せて、ニカっと笑う陛下。一方のレスターは苦笑いだ。
「だからあれだけ根回しすごかったのか……まだどうなるか分からないって言っているのに、大使だのなんだのともう確定しているみたいになっているから……」
エルがぶつぶつぼやいているのが聞こえる。それでも嬉しそうにしているから、本心では全てうまくいって喜んでいるのだ。
そんなエルをよそに、陛下がこちらを見て驚くようなことを告げる。
「だが、エルロンドの本当の目的はこれじゃないって知っていたか?」
「「え?」」
私とレスターの声が重なった。
驚き顔を見合わせる私達に、エルと陛下がにやりと笑う。
「もうすっかり仲良しだ。我々の目的は達成されたようだね」
「あぁ、これで僕も安心して天国のディーの下へ行ける」
にやにやとした笑顔のまま、どこか楽し気に肩を寄せひそひそ話す老人二人。レスターがその態度に冷ややかな視線を送って問いただした。
「どういうことです?」
すると息子を揶揄う父親のような顏で、リュクソン陛下が答えた。
「そんなのわかるだろ?親心ってやつだ」
「親心?」
分からずに聞くと、陛下が子供のような笑顔で答えてくれた。
「少し前にようやくエルに連絡が付いたと思ったら、なんとうちの独身息子レスターの想い人のデイジーが一緒にいるっていうじゃないか!そんなの二人をくっつけないわけにはいかないだろう?」
「え?!それが理由だったんですか?エル、本当に?」
驚いてエルを見れば、少し気まずそうに頭をかいている。
「あぁ、君が婚約破棄された経緯を聞いていたから、この国には戻るつもりはなかったんだが、リックからレスター君のことを聞いてね。彼がずっとデイジーを探していたのだと知って、今も独身だというから……二人がまた一緒になったらいいかもと思った」
「~~~~~!エル!!」
私は陛下とエルの余計な気遣いに、恥ずかしさでどうにかなりそうだ。けれど彼らのおかげで今再びレスターと会えたのだから何も言えない。
そんな私の気持ちがわかったのだろう。少し眉を下げながらその本心を語ってくれた。
「ディアナと一緒にいたいというのも本当だ。せめて最期の時くらいは、愛する者の隣にいたいからね……。けれどそれで君を一人残して逝くのは、僕には辛いことだ。だから君を心から愛して守ってくれる者の手にゆだねたかったんだ」
エルからそう告げられれば、それ以上は何も言えない。私の為を想って、レスターとの愛を再び手に入れられるようにしてくれたのだ。
「フリークス殿……ありがとうございます。かつての私はデイジーをたくさん傷つけてきました……でもこれからは、精一杯デイジーを守っていきます。彼女が笑顔でいられるように」
「レスター……」
「エスクロス卿……デイジーを頼みます」
レスターの真摯な言葉に、エルも真剣な眼差しで返す。
その様子に、私は二人の深い愛情を感じた。
お読みいただきありがとうございました。
次話で本編最後となります。
デイジーとレスターの物語をどうぞ最後まで見守ってあげてください。




