67 最後の鍵 (レスター)
レスター視点です。
「デイジーは、フラネル子爵──貴方の娘ではない。彼女はアムカイラ王国の王族の血を引く姫君だ」
デイジーにまつわる隠された事実に、暫くの間は沈黙がその場を支配した。そしてその沈黙を破る最初の言葉を発したのはフラネル子爵だった。
「……は?どういうことだ?」
「貴方が異国で恋に落ち、娶ったというデイジーの母親のディアナ様は、アムカイラの王族です」
「……っ!」
「やはり貴方は知らなかったようですね。それもそのはずだ。彼女はエルロンド・フリークス氏の妻として、市井に暮らしていたのですから。そしてそんな彼女を貴方は自国に攫ってきて無理やり妻にした!そうではないですか?!」
「違うっ!!そんな事実は無い!どこにそんな証拠があるというのだ!!証拠を見せろ!!」
「証拠ならあります」
往生際が悪く喚き散らす子爵に、私は胸ポケットからある物を取り出した。
「なんだそれは……」
私が取り出した物を訝し気に見つめる子爵。私はそれを見えやすいように掌の上に載せ、もう片方の手で端をつまむ。そして錆びついて固くなった留め金を外した。
「それは──」
開かれたその中身を見て、人々が息を飲む。
私が手にしていたのは小さなロケット。中に小物や小さな絵姿を入れて飾り、首から吊るす為のアクセサリーだ。
外側の部分はすっかり錆びついているが、中にあるものは無事だった。今は掌の上で眩い輝きを見せている。
──それは黄金でできた指輪だった。
「…………確かにそれは彼女の──ディアナの物だ」
そう言葉を口にして現れたのは、近衛騎士に付き添われてやって来たエルロンド・フリークス氏。
「何で貴様がここに……っ!」
フラネル子爵が苦々しい表情でフリークス氏を睨む。だが今や二人の立場はすっかり逆転している。フリークス氏は近衛騎士に守られるようにして立ち、一方のフラネル子爵は罪人の如く取り押さえられているのだから。
「……見つけてくださったのですね。エスクロス卿……」
「えぇ……貴方が日記を渡してくださったから……でも色々と間に合ってよかった」
「あぁ!貴方のおかげだ……ありがとう……!!」
フリークス氏は私の目の前で跪くと、その手を取り自らの額につけて礼を言った。それはアムカイラ王国の最上級の感謝の仕方だ。
「私だけでは取り戻すのは難しかった……彼女が他国の貴族の妻として埋葬されてしまったから…………娘のデイジーを取り戻すことは出来たが、ただの平民となった私ではディアナを取り戻す術がなかった……」
そう言って涙を見せるフリークス氏に、掌の上の指輪を渡す。美しいエメラルドがはめ込まれたその指輪には、アムカイラの王家の紋章が刻まれている。
「ディアナ…………」
リングの縁を指でなぞるのは、そこに名前が刻まれているのだろう。積年の想いが詰まった再会にこちらまで胸が詰まり、瞼の奥が熱をもつ。
しかしその罪を贖うべき人間は、未だに自分の状況が分かっていないようだ。
「それが何の証拠になるというんだ?ただの指輪じゃないか!それがどうしてディアナの物だと証明できるんだ!」
喚き暴れるフラネル子爵。だがそれを制する声がその場に響いた。
「それは私が証明します!」
「っ──!アングラ!?」
やって来たのは、アングラ・フラネルだった。
「私がエスクロス侯爵に同行し、ディアナ様の墓を掘り返す所をこの目で確認しました。そのペンダントロケットは、確かにディアナ様の棺の中から取り出された物です。私もその中身を先に確認させていただいておりますので、侯爵が嘘をついていないことをここに証言いたします」
「貴様っ……!」
私が急遽アングラに同席をお願いしたのは、確かにこれがデイジーの母親の持ち物であると証明してもらう為だ。
王宮でリュクソン陛下に土地を掘る許可をもらい、その足でアングラには全ての事情を説明した。彼はフラネル子爵家の後継であり、現子爵がその罪に問われれば、一番にその影響を被る人物だからだ。
流石に義理の父親が犯した罪について彼は絶句していたが、全てを承知した上でもなお力になってくれると言った。そうしなければ自分の妻や子供を守れないだろうと言って。
「知らぬこととは言え、長年他国の王族の方を苦しめるような状況に置いた責は、すべてこのフラネル家にございます。しかしセフィーロの娘であるサビーナ、そして孫のルイは本当に何も知らなかったのです。どうか彼らには寛大なご処置をお願いいたします、陛下」
アングラは真摯に子爵家の罪を認め、その上で罪なき者達への恩情を願い出た。頭を垂れるその姿には、必死で家族を守ろうとする強さがあった。
「アングラっ……お前は……私を裏切るのか!」
「義父上……貴方のしでかしたことは大変な罪です。例えそれが遠い過去のものであっても、それで長年苦しんできた人がいる。私は自分の妻子が同じ目にあったとしたら、とても平気でいられない。だから私は貴方ではなく、私の家族を守ることを選びます!」
「っ……!」
はっきりとそう宣言するアングラに、言葉を失ったフラネル子爵。アングラ自身も大きな葛藤があったのだろう。それでも自分の妻子を守る為、正しい決断をすることを選んだのだ。
陛下が大きく頷くと、低くその訴えに言葉を返した。
「アングラの訴えは聞き届けよう。お前達がその男の罪を知る術はなかった。確かに許されざる罪ではあるが、それを子や孫に背負わせるのは酷というもの。エルロンドもそれを望んではいない……そうだろう?」
陛下がフリークス氏に声を掛ける。その言葉に彼も頷いた。
「えぇ……私は私の愛する家族と共にあることができればそれで構いません」
フリークス氏は心の底からそう思っているようだ。穏やかなその瞳が映すのは、彼の家族へと向ける愛のみだ。
「衛兵!その男を連れていけ!!」
リュクソン陛下の鋭い声に応じて近衛騎士が子爵を立たせ、やって来た衛兵達と共に退室していく。子爵は尚も抵抗しようと喚くが、騎士達にガッチリと掴まれて引きずられるようにして出て行った。
「レスター!!」
子爵達の姿が見えなくなった後、デイジーが私の下へ駆けてきた。
「デイジー!!」
飛び込んでくる愛しい人をこの腕で抱きとめる。胸に感じる温もりは、涙のせいもあって少しだけ熱い。けれどその顔には笑顔の花が咲いていた。
「ありがとう……!私の家族を取り戻してくれて……本当にありがとう!!」
「いや……いいんだ。本当なら君達自身の手で取り戻したかっただろうに、急いで私だけで行ってしまったから……」
「ううん、いいの。レスターがいなければ、どうなっていたか分からないもの。本当にレスターのおかげよ!」
いくらフリークス氏に許可を得られたからといって、彼女の母親の墓を掘り返すのは流石に罪悪感があった。彼女があの場所を本当に大切にしていたことを知っていたから。
だが最後の鍵を握っていたのは、デイジーの母だった。その棺の中に共に眠っていたアムカイラ王族の証がなければ、彼女達の真実は証明できなかったのだから。
「お母上は君には何も告げなかったんだね。自分がアムカイラの王族だってことを」
「えぇ……母の素性に関するものが一緒に埋葬されているとエルから聞いてはいたけど、あのロケットの中に指輪が入っているなんて知らなかったわ。レスターはどうしてわかったの?」
「日記に書いてあった。ほら……ここだよ」
私はデイジーの母の日記を取り出し、その部分を見せた。
──もう長くないかもしれない。私が私である証は、このまま持って眠りにつこうと思う。ずっと隠してきたこの古ぼけたペンダントの中に入れたまま──
「……お母様……っ」
「君が憂いなく日々を過ごせるように、全ての秘密を抱えたまま眠りにつかれたんだね……」
「えぇ……きっと私の為を想ってそうしてくれたんだわ……」
「デイジー……」
母を想って涙を流すデイジーを強く抱きしめる。彼女が長年抱えていた悲しみと憂いが少しでも消えてなくなるようにと愛を込めて……。
暫くそうして抱き合っていると、やがて周囲で咳払いが起こる。ようやくそこが謁見の間だと思い出して顏をあげれば、そこには笑みを深めたリュクソン陛下が立っていた。
「レスター、よくやった」
「陛下……」
「だが、熱烈な抱擁は少々目の毒だ。それは後にしてもらえるかな?」
「すっすみません!!」
デイジーが顏を真っ赤にして飛びのく。その可愛らしさに思わず頬が緩むがそれは周囲も同様だったようで、いくつかの小さな笑いが起こった。
「ははは。初恋を成就させた一途な男に似合いの、とても可愛らしい女性だ」
「えぇ、世界一の可愛らしさですが、誰にも渡すつもりはありません」
誇らしげにそう言えば、陛下の目が大きく見開かれる。普段女性に対して無関心な私が、揶揄いに動じることなく積極的な態度を取ったことにとても驚いているようだ。
「これは驚いたな……お前は本当にあのレスターか?」
「えぇ、デイジーの前では私も一人の恋する愚かな男ですよ」
「まぁ……!」
「はははは」
堅物男の真剣な愛の言葉に対し、周囲で更に大きな笑いが起こったのは言うまでもない。




