66 真実への布石 (レスター)
レスター視点です。
(何とか間に合ったな……)
緊張した空気が張り詰める中、私は一人安堵の息を漏らしていた。
ここは王宮の謁見の間だ。陛下が玉座に座し、その横を近衛や主だった家臣が固めている。正式な謁見であるので書記官も同席していた。
その場には私以外に近衛に取り押さえられているフラネル子爵もいた。そしてデイジーも脇で護衛に守られながら固唾を飲んで様子を見守っている。
本来なら違う理由でこの場を設けるはずだったが、思いもよらぬ形で私達はそこに集められた。
フラネル子爵家から戻った私は、すぐに報告の為に王宮へとやって来たのだが、そこで思わぬ事態に直面した。デイジーの行方が分からなくなっていたのだ。
私は急いで彼女を探した。そしてようやく研究用の温室で見つけたのだが、彼女はフラネル子爵に追い詰められていた。
私は慌ててデイジーを庇い、子爵と揉めて掴み合っていた所で近衛騎士隊がやって来て、子爵と共に拘束されたのだ。
そうして連れ出された謁見の場で、その時の状況を陛下に問い質されていた。
「私があの場所におりましたのは、デイジーと……私の娘と話す為だったのです。それをこの男がいきなり掴みかかってきて……!」
あくまでも自分の立場を守ろうと必死に弁明するフラネル子爵。だが私はその姿を冷めた眼差しで見ていた。もはやこの男を追い込むだけの手はずはしっかり整っている。
私はそっと自分の胸ポケットに手を当てると、デイジーの方へ視線を向けた。すると彼女と視線が合う。
どうやら彼女は、私が心配で仕方がないようだ。その瞳が不安げに揺れ、気づかわし気にこちらを見ているのがわかる。
暫くは子爵の喚き声がその場に響いていたが、やがて陛下はデイジーへと話しを向け、そしてついに私の番となる。
「次にエスクロス侯爵。お前があの場にいた説明をしてもらおう」
「はい──」
(ついにこの時が来た──)
私はこの場に陛下が書記官をも同席させているその意味を解し、話すべき事柄を頭で整理しながら口を開いた。
「昨晩から私は、エルロンド・フリークス氏の冤罪を証明する為に奔走しておりました」
「その話は今は関係がないだろう!」
私が話し始めるとすぐに子爵が反論を叫ぶ。だが陛下は私の発言を止めはしない。何故なら陛下も私の話が最後にどこへ行きつくのかを知っているからだ。
「子爵との間でいざこざがあったという件だな」
「はい。昨晩、二人の間で争いがあり、フリークス氏がフラネル子爵を傷つけたという件です。ですがこれは一方的な解釈であり、争いの要因は子爵の方にあるのではないかと考えました」
「何を言う!黙れっ──グ……」
激高した子爵はすぐに騎士が取り押さえ、その口をふさぐ。
「ご存じの通りフリークス氏は、今抱えている国家的計画の中心人物であり、要人です。フラネル子爵とは浅からぬ因縁がありますが、それを精査すること無く、只の一平民と貴族の間のいざこざとして一方的に罰することは、まかり間違えば国際問題になりかねない危険性を孕んでおります」
「確かにな……私が国を跨いで要請して、ようやっとこの国へ来てもらったのだ。エルロンドについては、ただの平民というだけではなく、アムカイラ共和国やその他各国の要人が彼の後ろ盾になっている」
「っ──」
陛下が私の言葉に同意を示す。その発言にフラネル子爵を含め、その場にいる何人かの者達が息を飲んだ。
この件に関してはライオネルなど一部の近衛騎士には既に詳細が告げられているが、まだほとんどの者がフリークス氏やデイジーの本当の素性を知らない。
だからこそ子爵は真実を捻じ曲げてまで彼を断罪できるのだと信じ、自らの過去の罪を葬り去ろうとしたのだ。
だがこの書記官を置く正式な場所で、陛下自身の口からフリークス氏の重要性について話すということは、フィネスト王家が彼の後見をするという意味を持つ。それを周囲の者達も十分にわかったのだろう。喚きたてる子爵に同調する者は一人もいない。
そして陛下がその布石が置いたということは、私に全てをこの場で明らかにしろという合図なのだ。
ふと視線を向ければデイジーがこちらを見ている。その潤んだ瞳の奥に、彼女の切実な願いが見てとれた。
「フリークス氏が、余人を交えず馬車の中で子爵と言い争ったとされるのは、とある事情によるものです。それは陛下もご存じのはず」
「……あぁ」
「そしてその事情は、彼女──デイジーにも深く関わっています。そしてその身に危険が及ぶ可能性が高い。だから私は彼女を探しました。そしてあの場所で見つけた──」
初めは怯えて隠れていたデイジー。だけど彼女は本当の両親の為に、勇敢に子爵に立ち向かった。両親が得られず失ってしまった未来とその幸せの為に、彼等の代わりにその怒りをぶつけたのだ。
だから今度はデイジーが本当の家族の絆を取り戻す番だ──
その想いを胸に、子爵を見下ろし告げる──彼らの真実の姿を。
「デイジーは、フラネル子爵──貴方の娘ではない。彼女はアムカイラ王国の王族の血を引く姫君だ」




