64 リュクソンの後悔と懺悔 (レスター)
レスター視点です。
翌日の早朝、私はすぐに陛下に会いに行った。先触れも出さずにいつもよりも早く訊ねた為、侍従には嫌な顏をされたが、リュクソン陛下は私が来るのを待っていたようだ。
「エルロンドが下手をしたらしいな」
「いえ……詳細は私も想像の域を出ていませんが、陛下には近衛騎士を出していただき感謝しております」
「いや、私の方こそ感謝する。まさかフラネル子爵があそこまで愚かな行動をするとは思わなかった……とりあえずお前も座れ」
挨拶もそこそこに、リュクソン陛下が疲れた顔をしながら私に着座を促す。丸いテーブルには朝食の用意がされており、私の分も運ばれてきていた。
「まだ朝食を取っていないのだろう?もしかして寝てもおらんのか?」
「えぇ……まぁそうですね」
曖昧に返事をしながら濃いめのコーヒーを喉に流し込み、何とか眠気を誤魔化す。リュクソン陛下にはすべてお見通しのようだ。
「それで、慌てて私に会いに来たのはどういうことだ?」
「……デイジーと彼女の母親の秘密を知りました」
そう言って私は懐から取り出した日記を見せる。開いたページは、あの名前の記述のある箇所だ。
陛下は出された日記を手に取ると、その中身を見て表情を歪める。
「あぁ……そうか、お前も知ったのだな。あの子がどういう血を持つのかを」
「……陛下はいつからご存じだったのですか?」
私の言葉に、リュクソン陛下は暫く黙考した。そしてやおら口を開く。
「デイジーの素性を知ったのはここ最近のことだ。もっと早く知っていれば……」
苛立たし気にそう言うと、リュクソン陛下はデイジーの本当の両親について語ってくれた。
「エルロンドとディアナとは、私が王太子時代に会ったことがあってね。まだ十代そこそこの頃で、アムカイラの情勢も安定していた時だ」
懐かし気に細められた瞳に、憂いの色が帯びていく。
「エルロンドは公爵家の家柄で跡取りだった。ディアナは末の姫君で、二人は幼馴染だったんだよ。年が近かったから、私達は仲が良くてね。私があの国にいる時は、大抵いつも一緒に遊んでいたんだ。だが──」
視線を落とし、じっと手元のティーカップを見つめる陛下。その手は心なしか震えている気がする。
「知っての通りアムカイラに革命が起こり、王家の一族は皆死に絶えた。遠い異国の王子でしかなかった私は、友の窮地を助けてやることができなかったんだ」
悔し気な表情で紡がれるその言葉は、懺悔の言葉だ。
「けれど一人だけ生き残っていた者がいた──ディアナだ」
その言葉に、私は思わず拳を握る。
「アムカイラの革命から6年ほど経った頃、私は思いもよらずエルロンドと再会したのだよ」
「6年後ですか?」
「あぁ。すぐに友が生きて私に会いに来てくれたことを喜んだんだが、彼が訊ねた本当の理由は別にあった」
「ディアナ様を探していたんですね」
「そうだ。二人は世情によってそのまま一緒になることが難しくなり、駆け落ちをして市井で暮らしていたと言っていた。……だがある時ディアナは忽然といなくなったという。どこを探しても、誰に聞いてもわからないと──」
「それはある人物によって攫われたから──」
「……そうだ」
私がその先の答えを言うと、陛下は神妙な面持ちでゆっくりと頷いた。
「ディアナはセフィーロ・フラネルに攫われて、その妻になっていた」
「っ──」
改めて聞くと、なんと悍ましいことだろう。その罪深さに吐き気がしてくる。
「だがその時は知らなかったのだ、私もエルロンドも……。ただ行方がわからないから探すのを手伝って欲しいと…………それで私も協力したのだが、ようとしてその行方は分からないままだった。それもそうだろう。セフィーロ・フラネルは、己の妻を決して表には出さずにいたし、その時には既にディアナは亡くなっていたのだから……」
「……そうだったんですか……」
「あぁ……その後……今から二十年ほど前のことだ。エルロンドはようやくデイジーを見つけてこの国から連れ出した。……だが私はそれを知らなかった。ディアナの痕跡を見つけたという手紙を受け取りはしたが、既に亡くなっていたということしか書かれていなかったのだ。もちろんデイジーのことも何も…………きっとその血筋が持つ危険性を考慮したのだろう。知っていれば、デイジーのことを教えてやれたのだろうが……すまない」
「…………そうだったんですね」
「その後は知っての通り、彼らはずっと異国を巡っていた。私が何度頼みこんでも、この国に来てくれなかったんだが……今思えば、デイジーのことがあったから避けていたのだろうな」
デイジーがこの国に来たくなかった理由の一つに、自分との婚約破棄があったのではないかと思うと胸が痛い。けれどそうしてフリークス氏はずっとデイジーを守ってくれていたのだ。
私が暗い顏で俯いていると、陛下が自嘲気味に慰めてくれる。
「……まぁそう暗い顏をするな。エルロンドがこの国を避けていたのには、私が気に病まないようにという考慮もあったのだろう。ディアナが自分の国に囚われていたのに気付けなかった愚かな男への思いやりさ」
陛下の自虐的な慰めに、僅かに笑みを零す。すると陛下も小さく笑った。
「ご心配ありがとうございます……もう大丈夫です。過去にこだわらず、今この時を生きていくと決めておりますから」
「……あぁ、そうだな。それでこそエスクロス家のレスターだよ」
我が子を見つめるような、優しく慈愛に満ちた笑みを浮かべるリュクソン陛下。陛下自身も、大きな後悔と苦悩があったのかもしれない。
──過去は変えられない。けれど今この時を変えることはできる。そしてそれは未来も同じだ。だからこそ、私たちにできるのは最善を尽くすこと。
私は姿勢を正すと、陛下を真っ直ぐに見つめた。
「陛下──急ではありますが、一つ御許可いただきたいものがございます」
「なんだ?」
私は懐からあるものを取り出し、それを陛下に見せた。未来を変える為の布石となるものを──
お読みいただきありがとうございました。
エルロンドとリュクソンの過去がちょびっと出てきましたね。エルロンド編でもリュクソンは登場いたします。彼もまたこの物語の鍵を握る人物でした。




