63 本当の秘密 (レスター)
レスター視点です。前話より少し時が遡ります。
時は少し遡り、エルロンド・フリークスが街道の警邏に捕まった夜のこと──
王宮へ護送されるフリークス氏を見送り、デイジーを伴って柊宮に戻った私は、フリークス氏から渡しされたデイジーの母親の日誌を読んでいた。
そこにはデイジーがフリークス氏の娘であるという事実の他に、もう一つ重大な秘密が書かれていた。
「まさか……これが……?」
そこにはデイジーの母ディアナの文字で、次のように書かれていた。
──今日、風の噂で祖国……そして私の家族がどうなったかを知った。一族の血を継ぐのは、私と娘だけになってしまった……──
──グスマン、グラーブ、ミンティ、アロナス、イプサン、フラグル……愛する私の家族達……側にいられなくてごめんなさい。皆の冥福を心から祈ります──
そこには、ディアナの血族と思われる人物たちの名前と、彼等の冥福を祈る言葉が綴られていた。
その名前は、このフィネスト王国においては、ほとんどの者が知ることはないだろう。だが若い頃、アムカイラに暫くの間滞在した経験のある自分は知っている。
「これは……アムカイラ王家の一族の名か……!」
アムカイラ王国は、もう何十年も前に共和制になった国だ。デイジーの母ディアナが祖国を離れたのは、丁度共和制に移行する辺りのことだったのだろう。
かつてデイジーから聞いた話によれば、フラネル子爵は異国の地でデイジーの母親と出会ったのだという。そしてそれは王制と反王制で争っていた当時のアムカイラ王国だったのだ。
最終的にアムカイラは、王制から共和制へと移行したのだが、それはとても平和的なものとは言えなかった。混乱する時世の中で多くの血が流れ、王族は皆その首を落とすことになったのだ。
その後、革命を主導した過激派による統治が行われたのだが、争いによりボロボロになった国はすぐに立ちいかなくなったようだ。
僅か数年で新政府による統治は終わり、僅かに生き残った王制時代の低位貴族と穏健派が、互いの融和を図る形で共和制になったのだという。
その後、国に平和が戻ってくると、次第に王制時代の統治の良い部分も見直されるようになった。そして更に時を経て、処刑された王の一族の名誉も一部復活するに至った。首都の革命記念広場には、当時の王族たちの名が今も刻まれているはずだ。
広場が新たに完成した時、私はデイジーを探すためにそこを訪れていた。血の歴史が刻まれた広場に、新たな歴史的解釈が積み重なっていくのを感慨深くみていたのだが、そこにデイジーの名が刻まれていたかもしれないと思うと心底ゾッとする。
「アムカイラ王家の最後の一人──」
その事実がデイジーに与える影響──それがどれだけのものになるのか。王族といえど既に自分の国はなく、場合によってはその存在を悪用されかねない。
だからこそ彼等は、必死に隠そうとしていた。デイジーの立場が完全に守られるようになるその時まで、その存在を、その血筋を秘匿しなければならなかったのだ。
「それでリュクソン陛下は、フリークス氏をフィネスト王国の大使にしようとしていたのか……だがデイジーの母親とフラネル子爵との婚姻はどういうことなんだ……?」
フラネル子爵は、デイジーの母親と婚姻していた。だが彼は自分の妻がアムカイラ王家の姫君だと知っていた可能性は低い。もし知っていたのならば、もっと大切にしてその血が持つ力を利用しようとしていたはずだ。
「一貴族が、他国の王族の姫君とそう簡単に結婚できるとも思えないし……」
そこまで考えて、ある可能性に気が付く。
「まさか……」
──失ったものを取り戻す為です──
デイジーの本当の父親だという、エルロンド・フリークス。デイジーの父親というならば、彼こそがディアナの夫であるべきではないか?彼が失ったもの──それは愛する妻と子供だとしたら……
「セフィーロ・フラネルは……デイジーの母親を攫って無理やり妻にした?」
己が口に出したその答えに、思わず身震いをする。
「だが……そんな事が本当にできるのか……?」
王族を攫うという大罪。しかし当時の情勢は不安定だ。彼らが身分を偽り市井に身を隠していたとしたら、可能性はゼロとは言えない。
「もしその罪が本当だとして、それを証明できたとしたら、晴れてデイジーは、フリークス氏と親子だと言える……」
彼らが本当に求めていたもの──それは日の当たる場所で、自分達が本当の家族であると、堂々と胸をはって言えるようになることだったのではないか?
隠さなければならなかった血筋。
子爵の犯した罪。
本当の親子であると叫びたくとも許されぬ日々。
「そうか……だからあんなにも辛そうにしていたんだな……」
デイジーがその胸の奥に秘密を隠す様は、とても辛そうだった。フリークス氏と夫婦だと誤解されて、曖昧に微笑むデイジー。今ならその心情がどれだけ痛ましいものだったのかよくわかる。
つまらぬ嫉妬で彼女を傷つけていたかもしれないと思うと、己の身を引き裂いてやりたいほどだった。
「彼らはこの国に、本当の姿を取り戻す為にやって来たんだ。それでフラネル子爵の土地を手に入れようとしていた。……だが、あの土地に一体何があるんだ?」
フリークス氏が王宮預かりになったとはいえ、未だ子爵への暴行の罪で勾留されている状態だ。その立場が曖昧なままでは、どう転ぶかわからない。早急にこの事実を証明する必要がある。
だが肝心のフリークス氏は囚われの身であり、デイジーは今は疲れのせいか倒れるように眠ってしまっている。動きたくとも、まだ情報が不十分であり、すぐに手に入れられそうもない。けれど──
私は手元の古ぼけた日記に視線を落とした。まだ最後まで読めてはいないのだ。きっとこのどこかに解決の糸口となる鍵が隠されているに違いない。
「この手帳をフリークス氏が私に寄越した意味はそこにあるはず……!」
意気込みを新たにした私は、朝方近くまでその日記に綴られているはずの鍵を探し続けた──




