54 真実を知る時 (レスター)
レスター視点です。
屯所から柊宮へと戻る馬車の中、デイジーが私の腕の中で小さく震えていた。彼女の怯えが触れている場所から伝わってくる。
それも仕方ないだろう。フリークス氏がフラネル子爵を傷つけたとして拘束されて早数刻──何とか屯所の中にある牢屋からは出させたが、今後どうなるかはまだ分からないのだから。
「デイジー……大丈夫、大丈夫だ……」
そう言って彼女を安心させるけど、フラネル子爵が執拗にフリークス氏を陥れようとしていると知ると、彼女は怒りと嘆きの声を上げた。
「あぁっ──……それで、あの男はエルを……!!なんて卑劣な……!」
(一体何が君たちの間にあるんだ──?)
デイジーの瞳から怒りの涙が零れ落ちる。フラネル子爵のことを“あの男”と呼ぶ様は、彼女の中で親子関係が完全に絶たれていることを物語っている。そしてそこには怒りと憎しみ以外の感情が無いのだということも──
涙を流し震える彼女が私に縋る。いつも独り何かに耐えるようにしていたデイジー。孤独の中に佇む彼女は、これまで私の助けを必要とはしていなかった。
しかし今はデイジーの気持ちがはっきりとわかる。助けてほしい──彼等の間にある確執、そしてそこにまつわる重大な秘密を乗り越えて、私に助けてほしいと言っているのだ。
かつてデイジーが陥れられた時、私は愚かにも彼女を突き放してしまった。助けを求めるデイジーの声なき願いを、私は見出すことができなかったのだ。
真に彼女の気持ちを汲み取り、それを導くことができていれば、あのような過ちを犯すことはなかっただろうに。
(今度こそ間違えない──私は君を守る──!)
「デイジー、言ってくれ……私が君を守るから……どうか私に君を守らせてくれ」
祈るような気持ちでデイジーを見つめる。彼女が安心して私に助けを求められるように、私は彼女の肩を手で優しく包み込んだ。
華奢な身体──今にも崩れ落ちてしまいそうなほど悲痛な面持ち。彼女が抱えている秘密は、フリークス氏のいない今、一人で背負うのには辛過ぎるのだろう。
翠玉の瞳が救いを求めて、風に波打つ水面のように揺らめいた。
「お願い……助けて……レスター」
小さく消えそうなその呟きごと強く抱きしめる。デイジーがこのまま消えてしまうのではと心配になるほど、その声は酷く憔悴していた。
「あぁ……勿論だ。私が君を助ける……きっと大丈夫だから、安心して」
私は彼女を腕の中に抱きながら励ましの言葉をかけ続けた。そうしているうちに彼女も限界が来ていたのだろう。やがて安心したように、私の腕の中から小さな寝息が聞こえてきた。
離宮から屯所へとやってきてずっと緊張状態でいたのだ。その緊張の糸が切れてしまったのだろう。
私は彼女の頭を自分の膝の上へのせて楽な姿勢へとしてやった。そうして一人、考えに耽りながら帰路についたのだ。
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柊宮へと戻りデイジーを使用人達に任せると、私は自分に与えられた部屋の中でフリークス氏から渡されたものを取り出していた。
(これは──日記か……)
屯所の牢屋でフリークス氏から渡されたもの――それは一冊の日記だった。
古ぼけた赤茶の革の表紙。手に収まるほどの小さなそれは、かなり古いものだろう。ところどころに汚れがあり、中の紙にも黄ばみやシミなどがみられる。
私は居室の椅子に腰かけ、それを開いた。
中には嫋やかな美しい文字で日々の何気ないことが書かれていた。
(……これは……デイジーの母親の日記か?)
日記の中には小さな少女の話題がよく出てくる。その容姿や愛称を見れば、すぐにそれがデイジーのことだとわかった。
初めてデイジーをその腕に抱いた日、喜びのあまり涙したこと。
小さな赤子の可愛らしさや頼りなさにとても驚いたこと。
夜泣きが酷くて眠れぬ日々が続いて大変だったこと。
あっという間に成長していく我が子に、嬉しさと共に少しの寂しさを感じたこと。
──そしてデイジーの父親へ向けての言葉がそこには書かれていた。
「これは……まさか……」
──目や鼻は私にそっくりだけど、髪の色と明るい性格は貴方ゆずりね──
──貴方がディーを目にしたらきっと驚くわ。貴方そっくりの元気なお転婆さんだもの──
──エル……貴方に会いたい──
「何てことだ……そうだったのか……」
そこに書かれていた事実──それはデイジーの本当の父親が、エルロンド・フリークスであるということだった。
「だが……何故……」
デイジーの母親はフラネル子爵の最初の妻となっている。異国で出会い恋に落ちて結婚したのだと、そんな風に聞いていた。
そうなるとデイジーがエルロンド・フリークス氏の実子であるのは矛盾している。だがもしフラネル子爵の言い分が真実でないとしたら……?
──……失ったものを取り戻す為です──
先日フリークス氏はそう言っていた。失ったものを取り戻す為……それは彼にとっての大切な人だとしたら……?
私は自分の中で複雑に絡まっていた疑問の糸が、徐々に解けていってある形を成すのを感じた。それは自分では想像もつかない事実だった。
「だが……それでも何故彼等は土地を手に入れることにこだわっていたんだ?デイジーの母親の眠る場所があるから……というのもわかるが……」
──……これ以上は今は言えません。でも全てが終わったら、きちんとお伝えするつもりです──
「全てが終わったらとは……一体……」
──早く……!それを持って行ってください。そこにデイジーに関わる秘密が……!──
フリークス氏は、この日誌の存在を他に知られぬようにして渡してきた。
ここにあるデイジーに関わる秘密──それは彼が彼女の父親であるだけではそこまで必死に隠す必要がないはずだ。
私はまだ何か重大な秘密が隠されていると思い、その日誌をくまなく読んだ。そして──
「まさか……これが……?」
目を疑うような事実に思わず驚きの声が出てしまう。だがその掠れた呟きは絨毯の上に落ちていき、誰にも聞かれることなく消えていった。




