51 危急の知らせ
レスターとの夕食を終えた私たちの下に現れたのは、エルについていた御者だった。彼の話によると、エルは警邏に捕まっているのだという。
「どういうことなんですか?!」
私は届いた知らせが信じられなくて、その御者に詰め寄った。
「いえ……私も詳しい事情は何も……馬車で待つように言われていたのですが、気が付けば警邏隊が駆けつけて……私も聴取されそうだったのですが、こちらにお知らせせねばと隙を見て抜け出してきたのです」
「そんな……!」
「デイジー、落ち着いて。……捕まったというのは、王都の警邏隊にという意味か?」
動揺する私の代わりに、レスターが御者に問いかける。私は祈るような想いで彼らのやり取りを見守った。
「はい……フリークス様は現在、街道沿いの屯所にいらっしゃいます」
「……それって、まさか南西部の……フラネル子爵家の近くにある……?」
私は嫌な予感がして、恐る恐る聞いてみた。
「えぇ、そうです」
「あぁっ……何てこと!!」
「デイジー!」
気が遠くなって足元から崩れそうになるのを、レスターが支えてくれた。やはり恐れていたことが現実になってしまったのだ。
体の震えが収まらない。もう少しで望むものを手に入れられると思ったのに、もしかしたらエルを失ってしまうかもしれないのだ。
「とにかくこのままでは埒が明かない。王宮へもこの話を繋いでくれ。私が一筆書くから、必ず陛下の下に届けるように。私は屯所の方へすぐ向かう」
「私も行くわ!!」
「デイジー!君はここに残っているんだ。何があったのかわからないし、君の身にも危険が及ぶかもしれない!」
「いいえ……!私が行かなければ……!」
レスターが止めるけれど、ひとり離宮で待っているわけにもいかない。エルの無事を確かめるまでは、私ができることをしなければならないのだから──
「……わかった。だが危なくなったら、君は無理をしないで、私の言うことを聞いてくれ。いいね?」
「えぇ……!」
そうして私とレスターは、王都の端にある屯所へと向かった。
********
王都の端にある警邏隊の屯所では、夜も更けているというのに、人だかりができていた。その奥に見える石造りの堅牢な建物には、険しい目つきをした兵士が警備にあたっている。
私とレスターは馬車を少し離れた所へつけると、急いでその場へと向かった。私たち以外に、柊宮の護衛の騎士も一緒だ。その騎士が、人だかりの中にいる人物に気が付き、レスターに声を掛ける。
「侯爵、あちらにフリークス殿につけておりました護衛の者がおります!」
「何?それは本当か?!彼なら事情を知っているかもしれん。先に話を聞こう!」
「はっ」
騎士は一礼すると、すぐに目的の人物の下へと駆けて行った。エルに付いていたという護衛は、屯所の前で警邏の兵士と言い合っているようである。
こちらが向かわせた騎士に気が付くと、彼は人混みを抜けてこちらへやって来た。
「デイジー様、エスクロス卿……誠に申し訳ございません。私が付いていながら……」
エルの護衛騎士は悔し気に眉を顰めると、頭を下げて謝罪した。
「一体何があったのですか?」
私は、はやる気持ちを抑えきれず、彼に事情を聞く。すると苦々しい表情で、その騎士は事の次第を語り出した。
「王宮からフリークス殿はすぐに柊宮へと戻るはずだったのですが……馬車へ向かおうとした所で、フラネル子爵が声を掛けてきたのです」
「フラネル子爵が?」
「っ──!」
騎士の言葉に、レスターの表情が険しくなる。
私もあの男の名前が出て、怒りと悲しみでどうにかなりそうだ。ずっと恐れていたことが、現実になろうとしている。
言葉を失う私の代わりに、レスターが先を問いただす。
「それでどうしたんだ?」
「はい──それが子爵が話があるというので、自分の屋敷へと一緒に来て欲しいというものでした。始めはフリークス殿も断っていたのですが、子爵が何かを耳打ちしたようで……」
「それで、彼は一緒について行ったというのだな?」
騎士の言葉にレスターが、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「えぇ、流石に何かあってはいけないと、私も反対したのですが……子爵がどうしてもと譲らず……しかも同じ馬車でと言って、私たち護衛は締め出されたのです」
「何だって?!」
「フリークス殿は、子爵の馬車で一緒にこちらの屋敷へと向かわれました。私は騎馬でついて行き、フリークス氏の乗っていた馬車も、共にその後を追ったのですが……」
ここで騎士は言葉を切った。拳を強く握り絞め、悔し気に俯いている。
「子爵家の土地に入ったら急に馬車が止まって……中から怪我をした子爵が出て来たんです」
「!!」
「子爵はフリークス殿がやったと……そう言って騒いだので、すぐに屯所の警邏がやってきて、フリークス殿は連れていかれました」
「そんな……まさか……」
「デイジー!」
気が遠くなってふらついた私を、レスターが支えてくれた。まさか突然こんな状況になるなんて、予想もしていなかった。
「とにかく、フリークス氏へ面会できるよう求めよう。デイジー、君は彼と一緒に馬車で待っていてくれ」
「でも……!」
「下手をしたら、君にまで累が及ぶかもしれない。その危険は冒せないんだ。……いいね?」
「っ──……」
レスターの懸念はよくわかる。平民が貴族を傷つけるという罪を犯した場合、問答無用で罰せられる可能性が高いからだ。エルはこの国では何の地位も無い、ただの異国の商人だ。このままでは──
「レスター……エルをお願い……」
「あぁ……大丈夫。何とかする──」
そう言って屯所へと向かうレスターの後ろ姿を、私は悲痛な想いで見守った──




