50 つかの間の喜び
王宮から戻ったレスターは、笑顔で私に仕事が無事成功したことを教えてくれた。彼は見事にフラネル子爵の土地を手に入れたのだ。
「レスター!すごいわ!ありがとう!」
「デイジー……!」
私は思わずレスターに抱きつくと、彼は少し恥ずかしそうにしながら受け止めてくれた。
「まぁ……!デイジー様は随分と積極的ですのね!」
「!!……メルフィ!」
側にいた侍女のメルフィに揶揄われて、思わず赤面する。まるで子供のようにはしゃいでしまったことに、今更ながらに恥ずかしさが込み上げてきた。
そんな私に向けてレスターの笑い声が頭上から降り注ぐ。
「彼女が積極的だと私も嬉しいがね」
「レスターまで……もう、揶揄わないで」
体を離してもらおうと身を捩るけれど、彼の逞しい腕がしっかりと私の背中に回って解けない。抗議の視線を向ければ、悪戯っぽい笑みがこちらを見下ろしていた。
「これでも結構頑張ったんだよ。ご褒美をもらっても、罰は当たらないと思うがね?」
「まぁ……!」
随分と軽やかな口調に、思わず私は笑ってしまった。彼も仕事がひと段落してホッとしているのだろう。私たちは可笑しくて二人して笑った。侍女のメルフィや他の使用人たちも、和やかな私たちの姿に笑顔を見せている。
レスターと想いを告げ合ってから、私たちの仲は周囲の人々に知られることになった。既に私とエルが夫婦ではないことは、薄々離宮の人々も感じていたようだ。
私とエルの部屋は別々だし、隣同士ですらない。勿論私たちがそういう関係には間違ってもなるはずがないのだが、後々あらぬ疑いをかけられないようにする為に、エルがわざわざそうしたのだ。だから私とレスターの仲も自然と周囲に受け入れられた。
「侯爵……良かったですね!」
「あぁ、ありがとうメルフィ」
瞳を潤ませて私たちの様子に感激しているメルフィに、レスターが嬉しそうに礼を言う。彼に抱かれたままの私は、顔から火を噴きそうだった。
レスターが結婚もせずに、初恋の人を異国の地にまで行って探し回っていたというのは、フィネスト王国では有名な話だったらしい。
自分の恋心の為に結婚もせず、次期宰相と目されていた将来を捨てて異国の地へ向かう一途な男。そんなレスターが、ようやく初恋の人を取り戻したとあって、離宮の中はまるで夢物語が現実のものになったと、侍女達の間で話題になっているのである。
「恥ずかしいわ……」
「ははは、これでも私は一途な男として有名だからね。今はまだこの宮の中だけの話だが、今後もっと覚悟する必要があるかもな」
「えぇ!そうですわよ!デイジー様!これは素敵な恋物語として書籍がでてもおかしくないです!あぁ……っ!今からとっても楽しみだわ!」
「ちょっ……メルフィ、勘弁して……」
メルフィの言葉に私は冷や汗をかく。このままでは実現しかねないような勢いだ。そんな私たちの様子に、レスターはひとしきり笑うと、ふと真剣な顔つきで聞いてきた。
「まぁ、冗談はこれくらいにしておいて……フリークス氏はまだ帰っていないのかな?」
「えぇ……まだよ。エルは貴方と一緒に戻ってくると思っていたけれど……」
「……そうか。おかしいな……確かに一緒に王宮を出たはずなんだが……」
「まだ仕事があるのかもしれないわ。もうすぐ食事の用意ができるから、先に食べましょう。レスターも疲れたでしょう?」
「あ……あぁ、そうだな」
首を傾げるレスターに、私はきっと何でもないと言って、そのままにしてしまった。
レスターと想いを通じ合て、共にいられることができて、私は浮かれていたのだ。
その後、食事を終えた私たちの下に、エルが警邏に捕まったとの知らせが届いた──




