49 交渉 (レスター)
レスター視点です。
「レスター、来たな」
「陛下……遅れまして申し訳ございません」
王宮にある応接室に入れば、既に陛下が席についてた。私は真っ直ぐに陛下の下へと参り、遅れたことを謝罪した。
「いや、気にするな。私の方が思いもよらず早く来ることができたのでな。それに大して待ってはおらん」
陛下はいつものような悪戯っぽい笑顔を見せると、大きく頷いて私の着席を促した。
視線を巡らせれば、既にフラネル子爵がそこにいた。他にも行政官のフッサ、技術官のテラー、外交官のルイド、そしてフリークス氏が既に着席している。
私は着席しながらフリークス氏へと視線を向けた。彼はじっとフラネル子爵を見ていた。子爵の方は、座る位置の関係上、彼のことは見えていないだろうが……。
フリークス氏の眼差しには、どこか私怨のようなものが混じっているように感じる。やはり彼等の間には並々ならぬ遺恨があるのだろう。
そんなことを考えていると、リュクソン陛下が口を開いた。
「今日集まってもらったのは、他でもない。──フラネル子爵、君の持つ土地についてのことだ」
「陛下……それは一体どういうことでしょう?」
陛下の言葉に驚きを示すフラネル子爵。新たな事業に関する話としか聞いていないのだろう。ある意味騙されてここに来たようなものである。
「それは私の方から話させていただきますよ、子爵」
「──!……エスクロス侯爵……」
フラネル子爵は私に視線を向けると、眉間に皺を寄せた。私はそんな彼に向かって、特に表情も変えずに一礼すると、侍従に資料を渡すように告げた。
「……そちらの資料にありますように、近々こちらの新しい事業の為の土地が必要となります。そこで子爵……貴方の土地が候補の筆頭に上がっているのです」
「なんと──それは……」
フラネル子爵は驚きに声を上げ、資料に目を通していく。私は彼がそれを読みきるのを待たずに、次の言葉を繰り出した。
「勿論子爵の屋敷とその土地を融通していただけるのなら、こちらで新たな土地と屋敷を用意するつもりです」
「新たな屋敷?」
「えぇ、今の子爵の所有する土地は王都の端の方で、貴族街からは離れた位置ですよね。貴族の邸宅がある場所にしては、王都の中心からは離れすぎている。貴方もそう思っておいででは?」
「あぁ……まぁ、確かに……」
「しかし貴族街の土地は、昔から特定の貴族の屋敷がひしめき合っている為、新たにそこに屋敷を建てるのは難しい。ですが、今回子爵が土地を融通してくださると言うのなら、貴族街の土地と屋敷をご用意できると思います」
「なんですと?!それは本当ですか?!」
それまで乗り気ではなかったフラネル子爵が色めき立った。
王都の中でも特に貴族街に屋敷を持つことは、ある種ステータスのようなものだ。しかしそこに土地と屋敷を持つのは非常に難しい。既に由緒ある貴族がそのほとんどを占めているからだ。
フラネル子爵のような権力志向の人間ならば、この話に食いつかないはずがないだろう。私はそれを見越して、貴族街の土地と屋敷を予め用意しておいたのだ。
実際の所は昨年からの事業──異国の要人を迎え入れる為の屋敷を建造するにあたり、貴族街の拡張が行われたおかげだ。貴族街の拡張に伴って、新しい土地に屋敷を移した貴族が出たため、そこをキープしておいたのだ。
「貴族街の土地と屋敷、そして引っ越しの為の費用は国が持ちます。後は協力していただいた謝礼金も僅かながらご用意させていただくつもりです」
「そうですか……それならば──」
フラネル子爵が資料を見つつ、考え込んでいる。できることならこのまま言質を取って、契約書にサインをさせるつもりだ。余計なことを考えられて、あれこれと条件を上乗せさせたくはない。
この提案ならば、こちらにかかる費用は最小限で済むのだ。子爵も貴族街へ住まいを移せる好機である。
しかし彼はまだ首を縦には振らない。浅ましい欲が彼の中で頭をもたげたのだろう。子爵は視線を鋭くすると、資料から顔を上げてこちらを見やった。
「……ところで、今回の事業には、私は土地を提供するだけということになるのでしょうか?」
(……やはりそう来たか)
「だけ……とは?これでも貴方にとっては、かなり利のある話だと思いますが……」
私はあえて彼が言わんとしていることをぼかして伝えた。だが相手は金の匂いに敏感なフラネル子爵である。そんな私の言葉を鼻で笑うように顎を突き出すと、その口を開いた。
「ふむ、見れば私の土地はそちらにとって、かなり価値があるように見えます。ですがこちらも先祖から代々受け継いできた大切な土地と屋敷ですのでね。そう簡単に手放すわけにはいかないのですよ」
子爵は一見澄ました様な表情を貼り付けているが、よく見ればその口元が僅かに歪んでいる。こちらの足元を見て、自分が得られるであろう利益を上乗せさせるつもりなのだ。
(やはり一筋縄ではいかないか──)
私はある意味予想していた展開になったので、視線である人物に合図を送った。するとすぐにその人物は私の意図をくみ取ってくれた。
「おや……子爵はこのお話には乗り気ではないのですか……それでは仕方ないですね」
口を開いたのは、行政官のフッサだ。大仰にため息を吐きつつ、さも子爵がこの話を蹴る前提のような口調だ。中々の演技派である。
そんなフッサの発言に、フラネル子爵が不機嫌そうに彼を見やる。
「たかだか行政官如きに、そんな軽い口を利かれる言われはない。誰も断るとはいっていないぞ」
子爵はフッサに対して尊大な態度を向ける。フッサは元々平民上がりの官僚で、フラネル子爵のような貴族上位の考えの人間にとっては、唾棄すべき対象なのだろう。その目にはありありと嘲りの表情がにじみ出ていた。
だがフッサも海千山千の実力のある官僚である。貴族の威光をかざすだけの人間に、そう簡単に負かされたりはしない。
「そうなんですか?ですが、先ほど簡単に手放すことはできないとおっしゃっておりましたが……」
「それはそうだ!……だが金額によっては考えないこともないと言っているのだ!」
フッサの挑発に乗って、あっさりと本音を暴露した子爵。こういうのは私が言うよりも、自分よりも下に見ている者に言われた方が効果が高い。流石、行政官長まで上り詰めたフッサである。
「おやおや……ではやはり今回の話は無理のようですねぇ。予め使える予算は決まっておりますし、何も子爵の土地にこだわらなくとも、他にも空いている土地はありますから。誠に残念ですねぇ」
「っ──何故お前がそんなことを言う!私が話しているのはエスクロス侯爵だぞ!」
子爵はこの場に陛下が同席しているのを失念するほどに激高し始めた。フッサは全く遠慮する様子が無くて、側で見ている私は内心苦笑するしかない。だがこれではまともな話し合いができないので少々、嘴を挟むことにした。
「まぁまぁ子爵、落ち着いて。フッサがこだわるのも理由があるのですよ。私としては貴方の土地を使わせていただければ僥倖ですが、事実フッサの言うように、予算は決まっております。そしてその中で収めるのが私の仕事だ。折り合いがつかなければ他の土地を使うまでということですよ」
「うぅむ……」
それでも唸り声を上げて考える様子のフラネル子爵に、フッサがとどめの一言を言ってのけた。
「……他の土地を使うとなると、アングラの中枢入りの話も立ち消えですかな」
「何!?一体何の話だ!?」
フッサの“アングラ”という言葉に、子爵がすぐさま反応した。アングラはフラネル子爵の義理の息子の名である。それが今回の事業に関わる会話の中で出てきたのだ。目の色を変えるのも当然だろう。
「何って、子爵の土地を使うにあたって、貴族位の人間を事業の運営に関わらせるという話があるのですが……やはりそちらの土地が使えないとなると、他の人間を選ぶことになるでしょうかねぇ……」
「それは……!本当なのか!?アングラが……この事業に?」
子爵は目をいっぱいに見開いて、フッサに詰め寄っている。
実際は子爵の土地であろうとなかろうと、アングラが事業に関わるのは決まっているのだが、フッサの言い方では、子爵は義理の息子の大きなチャンスを逃す羽目になると脅されているようなものだ。
「えぇ、非常に残念ですねぇ。彼は行政官だった頃からとても優秀でしたので、今一度私の下で働いてもらえるとありがたいと思っておりましたのに……」
さも残念そうな顔で仕方ないと言うフッサ。流石にここまでの好条件となれば、子爵も最早断る理由は無かった。
「分かった!フラネル家の土地を提供しよう!だが、アングラのことや貴族街の屋敷については、本当だろうな!?」
「えぇ、勿論本当ですよ。まだ事業の詳細は公表できない段階ですが、こちらの契約書にて約定を取り交わさせていただきますから」
私は早速用意しておいた契約書を出した。子爵はそれをひっさらうように受け取ると、何度も食い入るように中身を確認している。
その様子に私とフッサは視線で互いの成功を祝し、零れ落ちそうになる笑いを必死に堪えた。
こうして私たちは、フラネル子爵の土地を無事手に入れることができたのだ。
お読みいただきありがとうございました。
こういう腹の探り合いのような展開が、実は一番書いていて楽しかったりします。逆に心情に特化した部分は難しいですね。フラネル子爵みたいな輩を陥れるのって、何て楽しいんでしょう(笑)




