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あなたとの愛をもう一度 ~不惑女の恋物語~  作者: 雨音AKIRA
6章 秘密の代償

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43 異国からの使者 (レスター)

レスター視点です。

 陛下との話し合いの後、飯はどうだと誘われて行った先には、フリークス氏と外交官のルイド、そして見知らぬ人物がいた。そこは大きめの客間の一室で、どうやらその見知らぬ人物をもてなしているようであった。



「やぁ、遅くなって悪いね」


「陛下──こちらこそ晩餐の席にご招待いただき、恐悦至極にございます」



 見知らぬ人物が頭を下げて、リュクソン陛下へと挨拶をする。その独特の衣装と少し訛りのある言い方に、私はその人物が何者であるのかを知った。



「そんなに畏まらないでくれ。私が頼んで来てもらっているのだから、これくらい当然だ」


「そうおっしゃっていただけて、大変恐縮でございます」



 あくまでも平身低頭の姿勢を崩さないその人物は、にこやかな態度でその場に佇んでいた。相当な場数を踏んでいるのだろう。一見柔和な人物に見えるが、その芯は決してぶれる事のない強さを持っているのがわかる。


 その人物と目が合い、軽く目礼すると、すぐにリュクソン陛下が、彼に向けて私のことを紹介してくれた。



「彼はレスター・エスクロス侯爵。我が国のブレーンだ」


(ブレーンとは……全く、異国の使者に対してとんでもない紹介の仕方をしてくださるな)



 嬉々として紹介するリュクソン陛下は、目が完全に悪戯っ子のそれである。私は喉元まで出かかっていたため息を飲み込むと、目の前の人物に向けて今度は深く礼をした──その人物の国のやり方で。



『……レスター・エスクロスです。ブレーンとまではいきませんが、陛下には重用していただいております』



 私はあえて自分の言葉ではなく、相手の国の言葉を使って自己紹介をした。すると相手は目を大きく見開き、すぐに母国語で話し始めた。



『あぁ!貴方は我が国の言葉を喋られるのですね!素晴らしい!』



 余程私が彼の国の言葉を話せるのが嬉しいのだろう。感極まって、それまでの鷹揚な雰囲気から一転、気安さを感じる。


 彼も思いもよらず出てしまった自分の態度に気が付いたのだろう。姿勢を正すと、再び礼儀正しい使者の姿へと変貌する。



『自己紹介が遅れました。私はフライヤ・マネスト。ご存じの通りアムカイラ共和国から来ました』


(やはりアムカイラか……)



 自分が予想した通りの国からの来訪者。それはフライヤが身に着けている衣装からすぐにわかった。


 フライヤ・マネストは、ガウンのような形の美しい長衣を羽織り、それを豪奢な腰帯で留めている。生地には高価な絹が惜しげもなく使われており、精緻な刺繍がそこに施されていた。



『アムカイラの衣装は流石に美しいですね。この幾何学模様も独特だ』


『我が国の言葉といい、貴方は大変お詳しい。アムカイラにいらしたことがあるのですか?』


『えぇ、以前は長く国外におりましたので、アムカイラにも滞在したことがございます』


『そうでしたか!祖国にゆかりのある方とお話できるのは嬉しいですね』



 私の言葉に、マネスト氏も機嫌が良さそうだ。


 事実、私は長い間国外へと出ていて、その間にアムカイラにもかなりの期間滞在していた。リュクソン陛下もその経歴を知っていたから私をこの場に同席させたのだろう。


 互いに会話を弾ませながら、私たちは食事の席についた。


 陛下が着席されたことで、次々に料理が運ばれてくる。その内容を見るに、使者であるマネスト氏への気遣いが窺える。この席は予め予定されていたのだろう。私はその場に同席する人々へ視線を巡らせた。


 上座には陛下、そして使者であるマネスト氏が続く。その正面には外交官のルイド。その横に私が座り、マネスト氏の隣にはフリークス氏が座っていた。



(そう言えば……)



 私は記憶の片隅にあったある言葉を思い出していた。



──デイジーお嬢様が嫁いだ方というのは、多分アムカイラ共和国の方ではないでしょうか?──



 かつてフラネル家の侍従が言った言葉。デイジーが売られるように嫁いだ異国の商人は、アムカイラ出身だということ。



(……つまりフリークス氏が、アムカイラの出身ということか……)



 フリークス氏の服装は普通のフィネスト王国の衣装で、言葉にも特に訛りはない。一見アムカイラ出身には見えないが、隣に座るアムカイラの使者であるマネスト氏と流暢に彼の国の言葉で話している。



(この場にフリークス氏が同席しているというのも、何か意味があるのだろうか?)



 私は彼らの話に耳を傾けながら、この席が設けられた意味を考えていた。



「それで貴国の元首は、此度の我が国の建国祭へ参加されるということですな?」



 食事を取りながら、リュクソン陛下が使者へと話しかける。


 建国祭というのは毎年初夏の頃に行われるフィネスト王国の建国を祝う祭りのことである。今年はリュクソン陛下の治世に代わって二十年の節目の年である為、大々的に行われる予定で、異国の要人の参加も多く見込まれている。



「えぇ、我が国も参加の予定で調整しております」


「それはありがたい。貴国とはこれからもっと交流が深まっていくだろう」


「そうですね。こちらこそ色々とご協力いただき、大変助かっております。もし事が成った暁には、これまで以上の友好関係を築くことができるでしょう」



 アムカイラ共和国の使者であるフライヤ・マネスト氏は、にこやかに微笑んだ。既に彼の国と陛下との間で、何かしらの取り決めが成されているのだろう。事が成った暁──それが何を意味するかは分からないが、それこそがフリークス氏、ひいてはデイジーに関係があることではないかと思った。



「僭越ながらよろしいでしょうか、陛下」


「なんだい?レスター」



 私は発言の許可を陛下に求めた。この場に私が同席したのは、ただの偶然ではないだろう。リュクソン陛下は悪戯心のある方だが、全くの意味の無いことはしない。常に先んじて物事を見て、人を動かすのだから。



「建国祭で……何か特別な催しでもあるのでしょうか?」


「ふむ……何故そう思うのかな?」



 私の疑問に案の定リュクソン陛下は、面白そうな表情をした。こちらを試すようなその視線。陛下は私に何かを求めているのだろう。私の立場的に、今はそれをはっきりと言うことができない。だがこの場で自分自身の力で感じ取れと──そう言っているのだ。



「……昨年の年末から進めている事業──異国の要人をこの国に受け入れる為の屋敷の建造が、丁度もうすぐ終わります」



 私は自分が関わっている事業について思い出し、それを口にした。それは昨年の年末頃に突然出てきた話で、異国の要人を大使として自国に常駐させるという異例のものだった。


 普通であればマネスト氏のように、使者は暫く滞在した後に自国へと戻る。しかし大使を常駐させるということは、異国の政治機関をこの国の一部に組み込む形となる。


 私はその屋敷を建造する為の土地について、この事業に関わっていた。普通に貴族の屋敷を建てるのとは違う、異国の要人を迎える為のものだ。警備面、政治面を鑑みて慎重に事を運ばなければならなかった。そしてその苦労がようやく形になるのが、ちょうど今年の建国祭の前あたりなのだ。私は更に言葉を続けた。



「普段は土地についてしかあまり関わらないのですが、屋敷を建造するにあたって、建築様式について相談を受けたのです。──アムカイラの建築はどのようなものかと」



 私の言葉に、陛下が満足げに微笑んだ。きっとこれが正解なのだ。



「……流石、我が国のブレーンだな。天国の君の父上もきっと満足しているだろう」


「父はまだまだだと言うでしょうね。私が宰相の道を志さなかったことを、ずっと怒っていましたから」


 私は陛下の言葉に父の姿を思い出し、苦笑した。「お前は甘い!」と怒りながらも、私がやっていることをしっかりと見守ってくれた父。父は私が選んだ道を面と向かって肯定はしなかったが、それでも私が真っ直ぐ歩んでいけるように、私の助けとなるものを残してくれたのだ。



「前エスクロス侯爵も、今のエスクロス侯爵がどれだけ国に貢献しているか知っている。それは私が保証するよ」


「陛下……」



 陛下がまるで父親のような温かな笑顔で見守ってくれている。その言葉は力強く私を励ましてくれた。



「レスター、君の言う通りだ。異国の大使を受け入れる施設は、次の建国祭を目途に作らせていた。……そしてその大使を受け入れるのも建国祭に合わせて見込んでいる」


「……そう言うことでしたか」



 私はその大使となる人物に心当たりがあり、視線をそちらへと向けた。するとすぐにフリークス氏と目が合う。普段は穏やかで柔らかな印象の榛色の瞳が、今は静謐な怜悧さを湛えていた。



「フリークス氏が、大使としてこちらへ滞在するのですね」



 私の言葉に、一瞬その部屋に沈黙が訪れる。あえて口にしたのは、この場には使用人などの他の人間がいないからだ。陛下も私がこうして気が付いて、発言するのを見越していたのだろう。こうして私がわかるように道筋を作ってくれていたのだから。


 ややあって、リュクソン陛下の口から、面白がるような微笑と共に、肯定の言葉があった。



「……そう言うことだ。本人はまだどうなるか分からんと言っているがな。ここまで来ておいて今更無理だというのも困るのでな」


「リック……そうして外堀から埋めてこようだなんて、君も随分と人が悪くなったもんだな」



 陛下の言葉に、困ったように眉を下げて話すフリークス氏。


 フリークス氏の出している条件──フラネル子爵の土地を手に入れるのに成功したら、彼の大使就任が正式に決まるのだろう。確かにこの事実は、そう簡単に周囲に知らしめることのできないものだ。彼等が中々話してくれなかったのも頷ける。


 しかしリュクソン陛下は、事がうまくいきそうだというので、私を使ってフリークス氏を先に囲い込もうとしているのだろう。確かに今更後には引けぬ事態である。



「まだどうなるかは分からないですよ。私ではない人物が大使になることもあると、そう思っておいていただかなければ」



 あくまでもまだ本決まりではないと言い張るフリークス氏。それでもこの国にとって、彼はとても重要な人物であることは間違いない。



「いずれにせよアムカイラ共和国とフィネスト王国が、恒久の友好関係を築く礎となるのは間違いないでしょう。必ずや成功させましょう」


「そうだな。皆、頼んだぞ」



 陛下とマネスト氏の言葉に、私達は頷きを返した。


お読みいただきありがとうございました。

次話から7章に入り、ようやく二人の恋愛が進んでいきます。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど! そういうことでしたか! 謎が一つ解けました!
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