42 アングラとの邂逅 (レスター)
レスター視点です。
フリークス氏との話し合いの後、彼はデイジーに会いに部屋に行った。既に夜も遅く、彼女は就寝していたのだが、それでもまた朝に顔を出して話をしたと言っていた。
その後デイジーを訪ねれば、フリークス氏の話を楽しそうにしてくれた。彼女の不安が少しでも拭えたのなら良かったと、私は安堵した。
しかし彼等が持つ秘密については、未だはっきりとしたことはわからない。
──私が何者であるのか、彼女が何者であるのか……それが証明できるかどうかは……今はまだ……──
フリークス氏の言った言葉。それはもしかしたら、事実を告げることができなくなる可能性を示唆していた。
(きっとそれは、フラネル子爵の土地が関係しているのかもしれない……)
何故土地が関わるのかは分からない。だが彼等が求めているのだから、何かしらの形で関わっていると考えるのが妥当だろう。私は確実にあの土地を手に入れる為に、動き始めた。
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「やぁ、来てくれて助かる。貴殿の噂は聞いているよ、アングラ殿」
「こちらこそお会いできて光栄です、エスクロス卿。まさか私如きをご存じいただいているとは……恐縮です」
その日、柊宮へとやって来たのは、サビーナの夫のアングラだった。側には妻であるサビーナと息子のルカが控えている。彼等は以前約束していた通り、フラネル子爵には告げずにひっそりと訪問してくれたのだ。
「そんなに畏まらないでくれ。むしろこちらが協力してもらう立場だからね。今日はよろしく頼む」
そう言って手を差し出すと、晴れやかな顔でアングラも手を差し出してくれる。一方ではサビーナと息子のルカが、デイジーの歓待を受けていた。
「サビーナ、旦那様方はお仕事のようだから、私たちは庭園でも行きましょうか?」
「それがいいわ。この時期の柊宮の庭園、実は一度じっくり見てみたかったの。ルカも喜ぶわ」
今回はアングラと仕事の件での話合いがある為、デイジーが気を利かせてサビーナと彼女の息子のルカとを庭園へと誘っていた。
私とアングラは客間へと足を運び、話し合いの席に着いた。ちなみに今、フリークス氏はこの場に同席していない。
彼は私が柊宮に滞在するようになってからは、あまり宮にいないようだった。リュクソン陛下や外交官のルイドの話によると、どうやら国外からの賓客を迎える用事があるとかで、フリークス氏はその段取りの為に忙しくしているらしい。
(外交官が関わるとなると、一介の商人には荷が重すぎる気がするが……)
やはり彼は只者ではないのだろうと、一人考えを巡らせていると、アングラから声がかけられた。
「それでお話というのは、どういうご用件でしょう?」
「失礼──実は……」
私はアングラに工場建設の件を話した。異国の知識と技術を使った織物工場──そしてそこから展開していくであろう商売や産業、流通について。
これに関してアングラへ詳細を告げるのは、既に陛下からの許可を得ている。フラネル家に連なる者であるから、いずれ知られることだが、彼の能力や人脈を鑑みて、今後必要な人材であるのは明白だ。
アングラは興味深そうに聞いていた。そして私は、ついに最も重要な核心に触れた──工場建設の予定地について。
「……なるほど。義父の土地ですか……」
アングラは工場建設の候補地の一つに、義父であるフラネル子爵の土地があると知り、僅かに眉を顰めた。だがそれだけで彼が、この件に反対意見を持っていると判断するのは尚早である。
「まだ予定地というだけで、本決まりではないんだ。貴殿はルクソル領での経験があるから、こういった織物産業についての造詣が深いのではないか?」
「えぇ、そうですね。ルクソル領は綿花の一大産地でしたし、国外への輸出もしておりました」
「そう言う視点から見て、貴殿はフラネル子爵の土地についてどう思う?」
「……確かに最適でしょう。元々ある資源を有効活用できるし、異国との取引を考えるなら貴族の邸宅を事務所に使えるのは都合がいいですね。ただ──」
アングラはそこで言葉を切ると、眉間に皺を寄せた。
「義父を説得するのは難しいかもしれません。あの方の貴族としての矜持が、工場となった自分の土地を、平民達が闊歩するのを許せるかどうか……」
予想通りの返答。義理の息子から見ても、フラネル子爵の性格は、私が想像しているものと同じであった。だからと言ってすぐに諦念に至るわけでもない。この少しの会話だけで、アングラが公私混同するような人物ではないと感じたからだ。
「そうか……では義理の息子として、今回の件は好ましくないだろうか?」
「……私個人の意見としては、賛成です。土地の整備にかかる金や、後々得られるだろう利益を鑑みると、一個人の矜持よりも全体の利益の方が尊い。そう思います」
アングラは穏やかな目でそう言った。彼もまた貴族ではあるが、民の為、国の為に身を粉にするのを厭わないのだろう。私はアングラの人となりを実際に目の当たりにして、この計画に必要不可欠な人物であるとわかった。
「貴殿にも協力してもらいたい。フラネル子爵の義理の息子というだけではない。その経験と知識が、この計画には必須だと思う。既に陛下の許可は得ているから、後は貴殿の心ひとつだ」
「……わかりました。是非協力させてください」
「助かる!」
私はその後もアングラと話しを進め、フラネル子爵の土地の件で彼からの協力を得られることになった。
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アングラとの会合を終えた後、私はすぐにリュクソン陛下に報告に上がった。
「アングラ・フラネルの協力を得られそうか」
「えぇ、彼もこの件に関して賛同してくれました。工場建設が我が国にもたらすものが大きいと理解してくれたようです」
「だろうな。あの者はこの方面の分野には強いはずだ。有能な者達が多くて私も助かるよ」
リュクソン陛下は執務椅子にゆったりと腰掛けながら、まるで自分は何もしていないと言うように穏やかに笑う。
「臣下の力が如何なく発揮できるのは、全て陛下の治世の賜物です。私たちだけの力では達成できません」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。……それで土地の方は何とかなりそうかな?」
「えぇ、アングラがいれば、あの土地を工場建設の予定地として手に入れることも楽になるでしょう。何せフラネル家に連なる者ですから。お飾りでなくその実力をもってして、今回の事業の上層部に入ることの出来る人物です。これは子爵にとっても悪い話ではないはずです」
「その通りだな。中身のない者を上に据えることは出来んが、アングラならば実績も十分だ。その方向で進めていこう」
「はい──」
その後も陛下と話しを詰めていった。土地については何とか光明を見いだせそうで、ようやく安堵の息を吐いた時、唐突に陛下が口を開いた。
「そう言えば腹がすかないか?レスター」
「え──?」
顔を上げると、悪戯っ子のような何かを企んでいる笑みがこちらへと向けられていた。私は少しうんざりとした気持ちになりながら、陛下の言葉に頷きを返したのだった。




