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あなたとの愛をもう一度 ~不惑女の恋物語~  作者: 雨音AKIRA
5章 郷愁と情熱の狭間で

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33 視察 (レスター) 

レスター視点です。

 デイジーとの昼食を終えた私は、早速工場建設の候補地を回る為に彼女を連れて出発した。


 馬車に揺られながら、前に座るデイジーを見つめる。最初は気まずそうにしていた彼女も、昼食を共にした後からは幾分か気安い雰囲気になった。


 やがて目的地の一つに到着し、私達は馬車を降りた。


 爽やかな風が、頬を撫でていく。候補地となっているのは、王都の端にある郊外の土地だ。その場所を資料と照らし合わせて見ていく。


 王都から離れてしまうと、街中への運搬の利便性が悪くなるので、土地が限られるが王都内でというのが候補地の理由の一つだ。いずれは製品の輸出も視野に入れるだろうから、街道沿いにあることも重要だ。だが実際はこれらの候補地はあくまでも見せかけ。



 ──本当に狙うのはフラネル子爵の土地だけだ。



(それらしく見せかけつつ、フラネル子爵の土地である必要性と、子爵を釣る何かが必要だな――)



 私は他の候補地を眺めながら、その特徴を一つ一つ記録していった。



「郊外は以前よりもだいぶ発展しているのね……記憶にあるよりもずっと王都が広くなっているわ」


 デイジーが景色を眺めながら呟く。確かに彼女がいた頃よりも、王都は発展を遂げている。


「以前よりも大分人口が増えたからな。その分土地を広げる必要があったんだ」



 人が集まれば物が動く。物が動けばそこに金の流れが生まれ、また人が集まる。そうした好循環を経て、現在もフィネスト王国は発展し続けている。一重に今上陛下のおかげだ。



「それが今の貴方の仕事なのね、レスター」


「あぁ……光栄なことにね」



 デイジーの手を取り、私たちは歩き出した。民家がチラホラと建っているが、周囲は田畑が広がっている。その美しい緑の中を歩きながら、私は先ほど自分の屋敷でした彼女との会話を思い出していた。


 

──いいえ、侯爵とは仕事の上でお付き合いをさせていただいております。……私についてどうお聞きになっているか分かりかねますが、それ以上の関係はございませんわ──



(……キツイな……あそこまではっきりと言われると……)



 ジェームズは私を揶揄って、デイジーとの仲を聞いたのだろう。しかし彼女からの返答は、素っ気ないものだった。夫がいる彼女にとって、それは当然のことだろう。


 思慮深く貞淑なデイジー。そんな彼女が、私に対してかつてのような想いを欠片でも持っているはずがないのに……。



「長閑でいい所だわ」


「そうだね。ここら辺は王都の中とは言っても、端の方だから」



 美しい景色を眺めながら、デイジーと穏やかな時を過ごす。


 かつての私は、デイジーとこうして連れ立って歩くことを何度も夢に見た。その未来があるのだと信じて疑わなかった。


 しかし今の私たちの関係は、只の仕事上での付き合いというだけだ。



(それはわかりきっている──仕事の上で彼女の役に立つのだと誓ったじゃないか──)



 彼女への想いと自分達の立場の違いに、葛藤が生まれるのを感じる。それを振り切るように、私は次の場所へと彼女を促した。



「……そろそろ次の場所へ行こう」


「えぇ」



 その後もデイジーを連れて数か所を回った。それぞれに特徴の違う土地だが、候補地として上げられる理由が良くわかる場所だった。


 そして最後に残ったのが──



(フラネル子爵の土地か……)



 国王陛下直々に命じられた、工場建設予定地の本命──フラネル子爵が所有する王都内の土地だ。


 王都の端という、貴族の邸宅にしては少し意外な場所にその土地はある。しかし子爵家は元々他国との交易をしていた事もあって、王城寄りの中心地よりは、街道沿いに居を構えていた。


 フラネル子爵自身、若い頃は国外へと赴き、その方面で活躍していたらしい。そして異国の地でデイジーの母親と出会ったのだ。



(だが今はあまりそちら方面の事業はうまくいっていないようだな……)



 フラネル家は前王の統治時代は隆盛をしていたようだが、今はそこまでの勢いはない。


 当時、私とデイジーとの婚約が無くなって、貴族社会では様々な憶測が飛び交った。金銭的には彼の家は潤ったが、結果として信頼と世間体を重んじる貴族社会からはじき出される形となったからだ。


 加えて今上陛下へと代替わりして、社会の形態自体が変わってしまうと、フラネル子爵のように、高位貴族との繋がりによって利を得ていた者達は、軒並み衰退の一途を辿っていった。


 それでも子爵家は今まで続いている。子爵の抜け目ない狡猾さと、上の者へに取り入る能力の高さのおかげだろう。冷酷な人物であるが、それさえも家を存続させる為に一役買っているということだ。


 私は子爵家の土地へと向かう馬車の中で、彼の人となりを思い出していた。



──あれの事はもう忘れてください。我がフラネル家に、娘は一人しかおりませんので──



 子爵のあの言葉を、私はずっと忘れることができなかった。彼は娘に対して信じられないほど非情で、利益を得る為の道具としてしか考えていないような、私が最も嫌悪するタイプの人間の一人だった。



(今でもそれが変わらないというのなら、あの土地を手に入れる為に、何かしら彼の興味を引くものを用意しなければならない──)



 私はこの仕事を成功させる為に、頭の中であれこれと考えを巡らせていた。しかしそのせいで、最も重要なことを見落としてしまっていた。


 子爵家の土地に大分近づいてきた時だ。



「っ……」


「デイジー?」


 突然デイジーが口元を覆い、うずくまったのだ。


「大丈夫か!?」



 私は慌てて彼女の隣の席へ移動し、抱きとめる。顔を覗き込めば、彼女は酷く青ざめていた。



(くそっ……私はバカだ。デイジーがあの家に行くのには、抵抗があるはずなのに……!)



 その頼りなげな華奢な身体は、小さく震えていた。彼女の怯えが腕から伝わってくる。



「……デイジー、すまない。君の気持ちを考えずに連れまわしてしまった」


「……いえ……ごめんなさい。ちょっと気分が悪くなっただけですから……」



 蒼白な顔色で、デイジーは笑顔を見せた。けれどそれは目を背けたくなるほど痛々しくて、私は彼女を再び抱き寄せた。



(……デイジーっ……)



 暫くそうしてデイジーを抱きしめていたのだが、このまま彼女を連れていくことは出来ないと思い、私は御者に馬車を止めるように言った。



「止めてくれ。少しだけ休憩したら、柊宮へ頼む」


「はい、畏まりました」



 やがて馬車は止まり、身体に伝わっていた振動が消えた。私はデイジーが楽になるように腕を少し緩めると、彼女に問いかける。



「大丈夫かい?具合が良くなるまで少し休んでいこう。今日はもう離宮に戻るから……」


「……えぇ、ありがとう。気を使わせてしまってごめんなさい……」



 彼女は長く息を吐くと、気持ちを落ち着けようとしているようだった。そうして暫くは沈黙が車内を支配した。



(デイジーがこんなに取り乱すなんて……一体彼女と父親の間には何があったんだ?)



 私はデイジーと子爵の間に、具体的に何があったのか気になっていた。しかしそれを聞くことは、彼女の心の傷を抉ることに他ならない。だから今は黙って彼女の側にいることしかできなかった。



(……しかし土地の件を進めていくならば、いずれはその問題に対峙しなければならない時が来るということだ。その時に私は、彼女を守ることができるだろうか……?)



 ただこの仕事を完遂すればいいわけではない。彼女の心に寄り添い、守らなければ意味がない。



(できれば先にその理由を知っておきたいが、デイジーから聞き出すのは無理だろう……フリークス氏は知っているのだろうか?)



 私はこの依頼をしてきたデイジーの夫のことを思い出した。



──……これ以上は今は言えません。でも全てが終わったら、きちんとお伝えするつもりです──



(全てが終わったら──か。だがそれまでにデイジーが傷つかないとも限らない……)



 フリークス氏から、デイジーとフラネル子爵の間にある問題について聞くことは叶わないだろう。



(堂々巡りだな……子爵家とのやり取りは、私一人でやるつもりだが──)



 私があれこれ考えていると、デイジーが体を起こした。



「デイジー?」


「レスター……もうだいぶ気分が良くなったわ。ありがとう……あの、少し外の空気を吸ってもいいかしら?」


「……あぁ勿論。……私につかまっててくれ」


「え──?」


 私はデイジーの膝裏に手を差し込むと、そのまま彼女を抱き上げた。


「ヘルマン、扉を」


「レスター!」


 御者のヘルマンが扉を開けると、私はデイジーを抱いたまま馬車の外へ出た。


「……もう……貴方がこんなことをするなんて、驚いたわ」


「そうかい?具合の悪い君を歩かせるわけにはいかないよ」


 デイジーが腕の中で不満げに頬を膨らませるのがおかしくて、つい笑いが零れてしまう。見れば先ほどよりも頬に赤みがさしていた。



「……風が気持ちいいわ」


 遠くを見るように目を細めるデイジー。


「……だいぶ近くまで来ていたのね……ここ……」


「……」



 彼女が住んでいた屋敷はもうすぐそこだ。二十年以上の時が経ったとはいえ、見覚えのある風景なのだろう。彼女がまた無理をしているかもしれないと思うと、苦々しい気分になる。



「デイジー……もうそろそろ行こう。あまり遅くなってもいけないから……」


 そう私が促した時──


「どうかされたのですか?」



 突如、気遣うような女性の声が私達に掛けられた。


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