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あなたとの愛をもう一度 ~不惑女の恋物語~  作者: 雨音AKIRA
5章 郷愁と情熱の狭間で

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30 レスターの息子

「父さん?」



 驚きに顔を向ければ、レスターと同じ黒髪の青年が、不思議そうにこちらを見つめていた。



「っ──」



 私は彼が何者であるのかすぐに気がつき、慌ててレスターの胸から飛びのいた。



「デイジーっ」



 レスターが顔を僅かに顰めて私の名を呼ぶ。思わず彼を突き飛ばすような形になってしまい、すぐに謝罪した。



「ご、ごめんなさい」


「……いや、いいんだ」



 胸の奥で疼いていた熱はとうに冷め、今置かれている状況に青ざめる。



(私は何てことをっ──彼の息子さんの前で……!)



 いくら助けてもらったとはいえ、レスターに対して不道徳な感情を抱いたしまったことは否定できない。そしてまさにその場面を見咎められてしまったのだ。私は頭から冷水を浴びせられたように身震いした。



「……その人は?」



 青年が訝し気に私のことをレスターに訊ねる。



「あぁ、彼女はデイジー……その、仕事の関係で一緒に来てもらったんだ」



 レスターは少し気まずそうに私を紹介した。あんな場面を見られたのだから仕方ないのかもしれない。けれど──



(……仕事の関係……)



 彼の言葉に胸の奥がズキンと痛む。それは二人の関係を正しく表していた。しかし愚かにも私は彼の言葉に何かを期待していたのだ。


 私はそんな自分の浅ましい感情を隠すように、努めて笑顔を見せた。



「デイジー・フリークスです。よろしくお願いいたします」



 青年に対して丁寧にカーテシーをすると、目の前からはっとしたような空気を感じる。



「……ご丁寧にありがとうございます。私はジェームズ・エスクロスと申します」



 若い頃のレスターによく似た声で、ジェームスの言葉が頭に響く。



(……エスクロスってことはやはり……)



 顔を上げた私に、その青年はにこやかに微笑んだ。



「既にお聞き及びかもしれませんが、そこにいるレスターの息子です」



 青年のその言葉に、私は自分の感情とは裏腹に笑顔を崩さないよう必死に努めた。



********



 馬車が到着した先は、エスクロス侯爵家の屋敷だった。柊宮での会合が午前中で終わったので、土地を見て回る前に昼食を共にしようとレスターがここへ連れてきたのだ。


 私は彼がそんなつもりでいることを知らなかったので、突然訪れたこの状況に戸惑ってしまった。



「貴女のことは父から聞いてますよ。デイジーさん」


「え?」


「ジェームズ!」


「話に聞いていた通りの美人だ。父さんは仕事だって言うけれど、それは本当のことなのかな?」



 少し揶揄うような言い方。レスターよりも濃い灰色の瞳が、意味深に細められる。それはジェームズが、私とレスターの不道徳な関係を疑っているのに他ならなかった。



「いいえ、侯爵とは仕事の上でお付き合いをさせていただいております。……私についてどうお聞きになっているか分かりかねますが、それ以上の関係はございませんわ」


「……」


「……そうですか」


(そう……それ以上の関係にはなれない……決して望んではいけないんだわ)



 自分で言った言葉に自分で傷つきながら、必死に笑顔の仮面を被り続ける。そのおかげもあってか、レスターは私の言葉に沈黙を返し、ジェームズもそれ以上は追及しなかった。


 それでも気まずい空気になってしまったことに内心焦っていると、見かねた侯爵家の侍従が声を掛けてきた。彼は馬車が到着してすぐに、主人を迎える為に屋敷の入り口で待機していたのだ。



「旦那様──お客様をご案内しても?」


「あ、あぁ……そうだな。こんな所で話し込んですまない。デイジー、行こう」



 レスターがようやく気が付いたというように、私を屋敷へと促す。ふとジェームズへ視線を向けると、複雑そうな表情で彼はこちらを見ていた。



「あの……息子さんは?」



 私はジェームズのことが気になって、レスターへ訊ねた。いくら何でも子供の前で、家族でもない女が父親と二人きりになるなど、許されないだろうと。しかしそれに対する答えは、意外にもジェームズの方から返ってきた。



「あぁ、私は今から出かける所なので、どうぞお気になさらず。是非ゆっくりしていってください。それでは──」



 さも何でもないことのように言うと、ジェームズはさっさと行ってしまった。


 私は呆気に取られて暫くその背中を見つめていたが、レスターに呼ばれて侯爵家へと入ったのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ぬぬぬ……。 ジェームズくん、きっとアレですよね?養子とか! 跡取り大変ですもんね!ねっ!? いえ、いいんです雨音さま!お答えにならなくて! 唸りながら先を読み進めますので。 ……………
[良い点] デイジー! 未練たらたらやないかーい!
[良い点] 気になるジェームズの謎……! そしてエルの真意も気になるところです。
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