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あなたとの愛をもう一度 ~不惑女の恋物語~  作者: 雨音AKIRA
5章 郷愁と情熱の狭間で

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29 懐かしい熱

 柊宮での会合が終わり、レスターは席を立った。



「資料は持ち帰らせていただきますね。また詳細が決まりましたら、ご連絡差し上げます」


「えぇ、よろしくお願いします」



 エルとレスターが握手を交わす。仕事上で彼等二人が手を取り合うことになるのは、なんだか不思議な気分だ。



(……こうしてレスターとも、普通に顔を合わせていくようになるのね……)



 以前のような親しい間柄ではなく、これからは互いに顔見知りの他人として過ごしていくのだ。そのことにどことなく侘しさを覚えて、そっと視線を逸らした時──



「侯爵、一つお願いがあるのですが……」



 エルが、帰ろうとしたレスターに声を掛けた。



「何でしょう?」


「デイジーにとって、この国は生まれ育った土地です。しかし長年離れていたので、街も随分変わっているでしょう。それでご迷惑でなければ、彼女に街を案内していただきたいのですが──」


「エルっ──」



 思いもよらないエルの言葉に驚く。いくら何でも侯爵に対して不躾なお願いだ。ましてやレスターとの間には、過去の複雑な事情があるのだから……。


 しかしそのお願いに対するレスターの答えは意外なものだった。



「勿論、喜んでさせていただきますよ。いつでもおっしゃっていただければ、時間をとりますので」


「でも……」



 突然の展開に戸惑いを隠せない。けれどエルは強引にこの話を進めた。



「先ほどの資料の土地の下見もあるでしょうから、それも合わせて連れて行ってもらえればと」



 エルはニコリとこちらへ笑顔を向けた。始めからそのつもりだったのだろう。ため息を吐きたくなるのを堪えていると、レスターが口を開く。



「でしたら話は早い。実は今からでも行ってみようと思っているのですが、一緒にどうですか?」


「え?今からですか?」


「はい、まだ昼前ですし、あれこれと方策を練る前に、一通り現地を見ておきたいので……」


「いいんじゃないかな?私はこれから技術者との打ち合わせがあるから、土地に関しては彼女を通して連絡をしてもらえると助かります」



 そう言ってエルは迷っている私の背中を押した。ここまで言われてしまえば、断ることもできない。



「……わかりました。すぐに準備いたします」



 こうして私とレスター、二人きりの外出が思いもよらず決まってしまった。



********




 簡単に着替えを済ませた私は、侯爵家の家紋の付いた馬車に乗り込んだ。レスターのはす向かいに座ると、静かに馬車は走り始めた。


 柊宮から王都の中心を抜けて馬車は進んでいく。暫くは街中の喧噪が聞こえてきたが、今はそれも無くなり、車内は沈黙が支配していた。



「…………大丈夫?」


「え?」



 突然レスターから声を掛けられて、驚きに顔を上げる。



「……いや、あまり元気がないから」


「そんなことは……色々ありすぎて、ちょっとびっくりしているだけです」


「そうか……」



 レスターの気遣いに、少しだけ心の奥がくすぐったくなる。かつてのような関係ではないけれど、彼の側にいられることに喜びを感じずにはいられない。けれどそれ以上なんと言葉を続けていいか分からず、私は口を噤んだ。


 再び二人の間には沈黙が横たわり、レスターは窓の外に視線を向けていた。彼の冬空色の瞳は、侯爵としての威厳と思慮深さを漂わせている。それは今の私にはとても遠い存在のように感じた。



(彼はエルの依頼をどう思ったのかしら──)



 私は窓の外を眺めているレスターを見つめた。


 仕事とはいえ、かつての婚約者とその実家とを相手にしなければいけないのだ。彼にとってはあまり気持ちのいいことではないだろう。


 かつてこの国から逃げるように去って、そこで私のデイジー・フラネルとしての人生は終わった。私はフラネルという名前と共に、生まれ育った場所を失ったのだ。そこに後悔という感情は一つもない。


 けれど再びこの国に戻ってフラネル家と関われば、その大きな禍根はいずれレスターの耳に入ることになる。その時、彼がどう思うのか──



(……今はまだ全てを言えないわ。どう転ぶかわからないもの──)



 僅かな間でもレスターと共にいられる喜びと、再び彼に突き放されるかもしれないという恐怖が私を悩ませる。まさかこんな近くでレスターとの関係を再び築くことになるとは、誰が予想できただろうか。



「デイジー」



 あれこれ考えを巡らせていたら、レスターが声を掛けてきた。



「……その……何か悩みがあるなら相談してほしい」


「……え?」


「私では頼りにならないかもしれないが……君の力になりたい」


 レスターの真剣な眼差しが私を射抜く。気が付けば彼の大きな手が私のそれに重ねられていた。驚いて手を引っ込めようとすると、包み込むように握られた。



「……レスター」



 その名を呼べば彼の眼差しの奥に、かつてのような熱を感じる。思い違いかもしれない。けれど一たびそれを見つめてしまえば、もう彼から目を逸らすことができなかった。



「デイジー……私は──」


「旦那様──着きました」



 レスターが何か言おうとした時、馬車の外から御者が目的地への到着を知らせてきた。



「あ、あぁ……デイジー、行こうか」


「……えぇ」


(彼は何を言おうとしたんだろう──)



 名残惜しそうに手を繋いだまま、彼は立ち上がる。言葉は途切れてしまったけれど、手から彼の想いが伝わってくるような気がした。


 そのままレスターに促され馬車から降りる。けれど私はバランスを崩し、足を踏み外してしまった。



「あっ……!」



 次の瞬間、私の体はレスターの力強い腕に包み込まれていた。彼が抱きとめてくれたのだ。



「大丈夫かい?」


「えぇ……ありがとう」



 レスターは私の無事を確かめると、柔らかく微笑んだ。広い胸に抱かれ、間近に彼の熱を感じる。懐かしいその温もりに、鼓動がどんどん加速していく。頬が熱い。恥ずかしさに耐え切れなくなって身を捩るけれど、レスターは私を解放してはくれなかった。



「デイジー……」



 熱を帯びた彼の声が私の名を呼んだ時──



「父さん?」



 抱き合う私たちに向けて、若い青年の声が掛けられた──


お読みいただきありがとうございました。


>「旦那様ーー着きました」


>「父さん?」


毎回良いところで邪魔をされるレスター。そういう仕様です(笑)


最後の台詞なんか特に、

ドッキーーン!( ̄□ ̄;)!!

ですね。


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― 新着の感想 ―
[一言] >毎回良いところで邪魔をされるレスターwそういう仕様です(ノ´∀`*)クスクス レスターwww
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