27 エルロンドの出した条件
私とエルが、リュクソン陛下のご厚意で柊宮に滞在して数日が過ぎた時のこと。エルが突然、あることを告げてきた。
「エスクロス侯爵との会合?」
「あぁ、そうだ。これはリックの勧めでね。彼の助けが必要となる。エスクロス侯爵は土地開発に関わる仕事をされているそうだから」
エスクロス侯爵──つまりはレスターとの会合があるのだそうだ。相手がレスターであることに正直戸惑う。
「……そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫。会合にはリックも同席するから」
エルは私が不安を抱いていることに気が付いているのだろう。彼は私とレスターとの関係を勿論全て知っている。私たちがかつて婚約していたことも。そしてそれが無残な結果に終わったことも──
その上でこのような会合を設けようというのだ。余程の事情があるに違いない。
「できることなら君にも同席してほしいけど……大丈夫かい?」
「……えぇ、勿論大丈夫よ」
「そうか!良かった!それじゃあ日取りを決めないとね」
エルが陽気な声でその後の予定を決めていく。けれど私の心は複雑な想いでいっぱいだった。
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「この度はお呼び立てして申し訳ありません、エスクロス侯爵」
「いえ──こちらも仕事に関することですから。それにフリークス氏のご活躍ぶりは、陛下からも聞き及んでおりますので、この会合を楽しみにしておりましたよ」
柊宮の客間の一室で、エルとレスターがにこやかに握手を交わす。今日は件の会合の日だ。
日差しが柔らかに室内に差し込む中、彼等は真剣な眼差しで席に着いた。
「それでお話と言うのは?」
「あぁ、それは私から説明しよう」
レスターの質問に応えたのは、同席していたリュクソン陛下だった。
「エルロンドは私の古い友人でね。以前からこの国に来て欲しいとお願いしていたんだが、ようやく来てくれることになったんだ」
リュクソン陛下はエルに視線を向けつつ、端的に説明していく。
「エルロンドがこの国に滞在するには、ある条件があってね」
「条件……ですか?」
「あぁ、そうなんだ。それで土地開発に携わっている君に協力してもらおうと思ってね」
リュクソン陛下はそこまで告げると、おもむろに懐から書類を取り出した。そしてそれをレスターへと差し出す。
レスターはそれを受け取りざっと目を通すと、眉根を寄せて顔を上げた。
「これは……?」
「今水面下で進行している工場建設の予定地についてなんだがね。その資料にあるように、いくつかの候補地の中から選ぼうと思っている」
「工場建設……それはまた……」
話を聞くとそれは新しい織物工場の建設地についてのことらしい。工場自体は公営で運用されるそうだが、土地については他の所有者から買い上げるという形になるそうだ。
「まぁ候補地の中から選ぶというのは表向きで、欲しい土地は最初から決まっているんだ」
「それはどういうことですか?」
「フラネル子爵の屋敷の土地だよ」
「!!」
「エルロンドが今回の工場建設の肝でね。彼の知識と技術が無ければこの工場は成り立たない」
「それで何故、フラネル子爵の土地が必要なんですか?確かにあの辺りは土地も広く王都の端ですが交通の便も良い。ですが貴族の邸宅が建っている土地です。そこに工場を建設するのはかなり難しいかと……」
レスターは今回の話に難色を示した。貴族の邸宅の建っている場所に工場を建設するなど、かなりの難問だ。
国王の権力を使って無理に土地を買収することもできない。リュクソン陛下は融和政策をモットーとしているからだ。
「それが条件なんだよ、レスター。エルロンドがこの国に定住し、その技術と知識を使ってくれる為のね」
戸惑うレスターをよそに、リュクソン陛下は笑みを崩さない。権力に頼った横暴な手段を取らずとも、レスターならば目的を達成できるのだという確信があるのだろう。
「この技術革新は、確実にこの国に富みをもたらすはずだ。この件は最優先事項だと思ってくれ」
「……わかりました。何とかいたしましょう」
レスターの返事にリュクソン陛下は柔らかな笑顔を見せると、大きく頷いた。
「よろしく頼むよ。後はエルロンドと話を詰めてもらえると助かる。何か問題があればまた連絡をしてくれ。私はこの後用事があるのでな……」
リュクソン陛下はそれだけ告げると、部屋から出て行った。
部屋にはレスターとエル、そして私だけが残った。
私は今回の件に関しての詳細は聞いてはいなかったので、正直この場にいる必要はない。しかしエルと陛下に同席するように強く言われていた。
何となく気まずい雰囲気を感じて、とりあえず二人に休憩を提案した。
「お茶が冷めてしまったので入れ直しますね」
控えている使用人の女性にお願いすれば、すぐに新しいお湯と茶葉が用意された。私はそれを受け取り、二人にお茶を入れる。
「ありがとう、ディー」
「……ありがとうございます」
「いいえ、難しいお話の時は休憩するのも大切ですわ」
ローテーブルの端に座り、一息つく。正直なところレスターと対面するのは、少し居心地が悪い。
だがそれはレスターのせいではなくて、私の心の問題だ。彼との未来が無いのだとわかっていても、どこか期待をしてしまう自分がいる。そしてその度に目の前の現実に打ちのめされるのだ。
私はため息をつきたくなるのを堪えながら、ティーカップに口をつけた。
お読みいただきありがとうございました。
なんかややこしい展開ですが、作者はどちらかというと陰謀とか巧妙な罠とかが好きなので、ややこしい展開に持っていくクセがございます。これで激しいバトルがあったら完全に私好みなんですけどねぇ(笑)でもこの作品には戦う人間がいないので残念。
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