24 陽気な仕立て屋と淑女のため息
翌日、私とエルはリュクソン陛下の提案で、仕立て屋と会っていた。
「お二人ともスタイルが良くてらっしゃるから、仕立てるのが楽しみですわ~」
オホホホと高らかな笑い声をあげる少しふくよかな女性。彼女が今王都で一番人気の仕立て屋のマダムだ。金縁の眼鏡をツイと指で上へ持ち上げ、にこにこと採寸していく。
「まさかここに来て、服を作ることになるとは思わなかったわ……」
私はこの状況に戸惑いを隠せず、ついため息が漏れた。柊宮の大きな客間の一室には、デザイナーであるマダムとお針子たちが、美しい布地と共に押し寄せてきていた。
「マダム、こちらのも奥様に似合いそうですわ!」
「えぇ!どんどん合わせていくわよ!そちらのレースのやつも持ってきて!」
「あぁ!お似合いです~♪」
「……あの……あまり派手なのはちょっと……」
彼らの意気込みに若干腰が引けてくる。そんな乗り気でない私に対し、マダムはノンノンと指を左右に振ってこちらを諭す。
「女の戦闘服はドレスですわ。ましてやこれほどの美人さん。着飾らないなんてもったいないですわよ!」
「でも、もうそんな若くも無いし……」
「あら!女は歳をとればとっただけ美しくなるものですよ?ねぇ?旦那様もそう思われるでしょう?」
マダムがウインクをしながら、側にいるエルに声をかける。
「もちろんだよマダム。ディーの美しさは、それこそどんどん磨きがかかっているからね」
「えぇ、えぇ、そうでしょうとも!」
うきうきとした様子でエルとマダムに語られては、流石に嫌ですと言いようがない。それにエルがいつも以上に上機嫌なので、私は着せ替え人形になることを甘んじて受け入れた。
「存分に飾り立ててくれ。私が言っても、彼女はいつも遠慮してしまうから。こういうことになるなら、リックの権力もたまには役立つなぁ」
さりげなく不敬な言葉を呟きながら、彼自身も布を肩にあてては、仕立てる服のデザインについてあれこれ意見を出している。
エルはそれこそ商人として色んな国を渡り歩いてきたから、物や人を見る目は上等だ。生地の品質や産地、色の合わせ方や縫製についてまで、針子との間で大いに話が盛り上がっている。それは本職の彼等が感心するほどの知識だった。
「フリークス様は素晴らしいですわね。商人にしておくのがもったいないくらい!どこぞの王族と言われても納得してしまいますわ」
マダムが僅かに頬を赤らめて熱弁する。私はマダムのその様子に笑ってしまった。
「彼は見た目はそれっぽいかもしれないけれど、中身は結構子供なんですよ?尊い地位になんてついたら、きっと毎日脱走して周囲が大変な思いをするはずだわ」
「えぇ?そんなことないよ。私だってちゃんとする時はするけどなぁ」
さも心外だと言った表情でエルがぼやく。おどけたような口調だけど、マダムが用意した洗練された衣装を試着しているので、見た目は本当に王族のようだ。
そんな風に歓談していると、突然後ろから別の声がかけられる。
「エルロンドが王になるなら、私が代わりに商人をやろうじゃないか。それがいい。デイジー、私と一緒に住もう」
とんでもないセリフと共に扉を開けて現れたのは、この国の国王であるリュクソン陛下。
ずかずかと部屋に入ってきては、私の隣にある椅子に陣取った。すぐさまエルが不機嫌そうな顔を彼に向ける。
「リック……いくら何でも女性がドレスを作っている所に来るもんじゃないよ」
「いいじゃないか。まだ服は着ているんだし。それに私とダンスを踊る時の服なんだから、私だって彼女のドレスを選びたいぞ」
「えっ?!」
リュクソン陛下の発言に、今度は私が彼に訝し気な顔を向けた。
(陛下とダンスって何!?)
「あぁ、マダム。後で宝石商もやってくるから、アクセサリーと合わせたデザインをよろしく」
「かしこまりました陛下。腕によりをかけてとびっきりのドレスを仕立てますわ!」
驚愕に目を見開く私とは対照的に、彼等は次々と今後について決めていく。高価なドレスにアクセサリーまで。私は想像もしていなかった展開に、困惑の表情をエルへと向けた。
目が合ったエルは私の戸惑いを理解したのだろう。眉を下げて笑いながら肩をすくませてみせた。
「これもこれからの為に必要なことだ。彼等の好きにさせるしかないよ、ディー」
「えぇぇ……」
「さぁ!次のデザインはこちらはどうかしら?」
「あぁいいね。私好みだよ。どんどんやってくれ!」
私の抗議の声は見事に黙殺され、代わりに周囲の楽し気な声が部屋に響いた。
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「はぁ……それでまた、なんでこんなことになっているのかしら……」
「デイジー様、あまりため息をつかれてはいけませんわ」
あれこれと着飾られた私は、これから仕上げると言う夜会用のドレスの他に、試着用として持ち込まれたドレスに身を包み、何故か街へ繰り出していた。
一緒についてきてくれているのは、侍女のメルフィ。侍女と言っても普段は行儀見習いとしての王宮勤めで、本来は伯爵家の御令嬢である。今はフィネスト国王のご厚意で世話をしてくれている。
「うぅ……こんな格好で恥ずかしいわ……もういい歳なのに」
着せ替え人形にさせられて、更にはそれで外に放り出されて、恥ずかしくないわけがない。普段はエルと共に商人として諸国を回っている為、そこまで豪華な衣装を身に着けてはいない。そもそも今は平民の身分なのだ。
それが貴族のような衣装を身に着け豪華な馬車に乗り、人々の目に晒されながら街中へ出たのだ。そこかしこから向けられる視線が突き刺さり、居心地の悪いことこの上ない。
しかし横にいるメルフィは何だか嬉しそうだ。
「デイジー様はとっても美しいですわ!肌艶もとってもよくて、スタイルもよくて、ちょっと憂い顔がなんとも言えない色気を……」
「そんなんじゃないから……もう、メルフィは意地悪さんなのね」
「うふ♪デイジー様可愛らしいです」
10代の女の子に可愛らしいと言われるなど、なんとも複雑な想いがするが、メルフィとて陛下の指示で私についてきてくれているのだ。彼女に文句など言えない。
「謎の貴婦人として人目に付く必要があるのです。デイジー様の魅力をどんどん広めなければいけませんよ?」
「……はい」
そう、リュクソン陛下とエルの言うには、私が着飾って人々の目に着く必要があるらしいのだ。一体どういうことなのかさっぱりわからないが、彼等が言うのだからやるしかない。
「さぁさぁ!豪勢にお買い物ですよ♪大丈夫!経済を回すこともお仕事ですから、遠慮なく使っちゃえばいいんです~」
そう言ってメルフィは次々に王都おすすめのお店を案内してくれる。
私は彼女に言われるがまま、貴婦人を装って豪勢な買い物をし続けた。自分では使い切らないだろう化粧品や、菓子、雑貨など様々だ。こんなに贅沢をするなんてゾッとするが、メルフィ曰く、陛下が日ごろ頑張っている使用人たちへのねぎらいも兼ねているらしく、購入した品々は彼らの手元へいくのだと聞けば、幾分か罪悪感は薄れた。
内心冷や汗をかいていても、対する店主たちは皆、大量に買い物をする私に笑顔をふりまき大層喜んでいた。
「ありがとうございます!奥様はお目が高い!」
「……ありがとう」
(奥様ね……)
内心複雑な想いを抱きながら、なるべく優雅に見えるように笑顔を返す。
貴族令嬢として過ごした期間より、平民として過ごした年月の方が長い。それでもエルについていろんな国を回ってきたのだ。それぞれの国の王侯貴族と対面する機会もあったから、身に付いた礼儀作法は未だ健在であった。
「流石デイジー様ですね。あの店主は高位の貴族とも懇意にしているので、きっとデイジー様の噂を流してくれますよ」
店から出た後に、メルフィがこっそり耳打ちをしてきた。彼女は流石貴族の令嬢であって、こうした貴族社会のつながりには詳しい。彼女自身、こうした噂話や派閥の情報を知るのが好きなのだろう。あれこれと自分なりの見解をつけながら解説してくれた。
「今は昔ほど貴族たちだけに権力が集中しているわけではないですね。爵位を持たない市民でも、議会を通して政治に自分の意見を反映させることができますし、法律も陛下が整備なさったので、昔のような貴族の横暴も少なくなりました。っていっても私が生まれる前の話なんで、ほぼ聞きかじりですけど」
そう言って可愛らしく舌を出して見せるメルフィ。彼女の解説のおかげで、今のこの国の状況が大分わかってきた。陛下もそれを見越して彼女を私につけてくれたのだろう。彼女はお付きの侍女として本当に優秀である。
「ありがとう。私がこの国にいたのはもう二十年以上前のことだから、今の情勢が色々と知れて嬉しいわ」
「これくらいいくらでも!そう言えばどこか行きたい場所とかはありますか?以前この国におられたのなら、懐かしい場所もあるでしょうし。ご案内いたしますよ?」
メルフィが何の気なしにそう言ってくれる。彼女は私を楽しませようと心を配っているのだろう。それをありがたいと思いつつも、申し訳なさを感じた。
(彼女は私がどうしてこの国を去ったか知らないのね……当然だわ。彼女が生まれる前の出来事だもの。けれどそれを知ったら、こんな風には話してくれなくなるかもしれないわね……)
そう考えて少しだけ悲しくなると、私は誤魔化すように笑顔を見せた。その微妙な表情に、メルフィは目を瞬かせながらこちらをキョトンと見つめる。
「行きたいところは特にはないわ。あんまり昔過ぎて覚えてないのよ」
そう言って笑えば、メルフィも納得したのだろう。パッと笑顔の花が咲いて、じゃぁ自分がおすすめの場所を案内しますと言ってくれた。
私はその横で彼女の楽し気な様子に心癒されながら、他のことを考えていた。
(本当は行きたい場所はある……でもまだ行くことはできない……)
そっとため息を胸の奥にしまい込んで、私はメルフィと共に次の場所へと向かった。




