表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたとの愛をもう一度 ~不惑女の恋物語~  作者: 雨音AKIRA
3章 レスターの後悔と苦悩

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/172

19 運命が終わる時 (レスター)

レスター視点過去回です。

 運命だと思った。

 だからそれを失うなんて、当時の私は思いもしなかったんだ。


*********

 

 私は屋敷に戻ってすぐに父と話をつけようとしたが、生憎その日は王宮へ出仕しており、屋敷にはいなかった。はやる気持ちを抑えながら帰宅を待つが、結局その日、父は戻ってこなかった。


 そして明くる日の午後、ようやく疲れた顔をして帰って来た父を捕まえた。


 自分が掴んだ証拠について話し、デイジーとの婚約を再び正式なものにしてほしいと頼むつもりであった。しかし──



「レスター、お前に大事な話がある。部屋に来なさい」



 父は屋敷に戻ると、すぐに険しい表情をしてそう言った。私は不安な気持ちを抱えたまま、彼の後について行った。


 父の執務室へ入ると、彼は自分の着替えもそこそこに私を椅子に座らせ、自身も執務椅子に腰をかけた。そして深いため息を一つ吐くと、重々しい口調で話し始めた。



「お前とデイジー嬢との婚約が、正式に破棄となった」


「はっ?!」



 私は自分の耳を疑った。父が言っている意味を理解できなかったのだ。



「今……なんとおっしゃったのですか……?」



 父は顔を上げると、未だ理解できていない私に憐むような視線を寄越した。そして再び同じ言葉を告げる──残酷な真実を。



「フラネル家が正式に婚約破棄を申し出た。しかも王宮を通してな。既にこれは陛下の知るところとなっている」


「何故!?まだ2週間も経っていないじゃないですか!?」



 私は到底受け入れられず、怒りで目の前の机を激しく叩く。だが今は自分の掌の痛みより、引き裂かれるような胸の痛みの方が勝っていた。


 父もこの件には不満を抱いているようだ。眉間に大きく皺を寄せながら、とうとうと語り始める。



「……そうだ。いくらなんでも早すぎる。せめて二か月くらいは期間を開けなければ、両家の間に何かあったと思われてしまうのに……」


「一体どうして?フラネル子爵は何を考えておられるのですか?!」



 父は私の問いかけに更に表情を険しくして唸る。これは父が相当怒りを露わにしている時にやる仕草だった。



「フラネル子爵は貴族としての矜持よりも、余程金の方が好きらしい」


「え──?」


「いずれ破棄する婚約を続けておくよりも、娘を高く売れる先を見つけたようだ」


「──!!?どういうことですか!?」


「すぐにでも婚約を破棄すると言うから、問い正してみれば…………貴族でも何でもない商人にあの娘を高値で売ったらしい」


「っ──!!」



 私はそれ以上父の言葉を聞くことなく、部屋から飛び出した。


 転げ落ちるように階段を駆け降りて屋敷の外に出ると、厩舎につないであった馬に飛び乗った。そして鞍もつけずそのまま走り出す。一刻も早くデイジーの下に行くために。


 

(そんな馬鹿な話があるかっ──)



 流れる景色に目もくれず、狂ったように馬を走らせる。怒りで手が震えそうになるのを、必死でこらえた。無我夢中で、正直どうやってフラネル家まで行ったのか、よく覚えていない。


 王都の端にあるフラネル子爵家の屋敷に到着したのは、陽が少し傾きかけたころだった。



「フラネル子爵はおられるか?!レスター・エスクロスが会いに来たと伝えてくれ!」



 馬から飛び降りて屋敷の扉を叩くと、執事が驚いた顔で出迎えた。



「エスクロス様!?どうしてこちらに?」


「至急フラネル子爵と話がしたい!取り次いでくれ!」


「あの……旦那様は今は外出しておりまして……」


「なら、デイジーに会わせてくれ!!」


「そ……それはっ……」


「もういい!入るぞ!」



 いくら話しても埒が明かないことにしびれを切らし、私は屋敷の中へと押し入った。



「エスクロス様……!困ります!」


「すまない!大事なことなんだ!」



 呼び止める執事を振り切り、私はデイジーの下へと走った。


 階段を駆け上がり、西の大きな部屋を目指し廊下を走る。そしてノックをすることも忘れて、その扉を開いた。



「デイジー!!」



しかしそこに、デイジーの姿はなかった。



「……デイジー?」



 それどころか、部屋はすっかり片付けられていて、まるで誰も使っていないかのようになっていた。



「これは……どういうことだ……?」



 私はすっかり変わってしまった部屋の様子に、自分がどこか別の場所にいるのではないかと錯覚をする。


 すると後ろから追いかけてきた執事が、沈痛な面持ちで声を掛けてきた。



「エスクロス様……お嬢様はもうここにはおられません」


「何故だ?どこか別の部屋にいるのか!?」



 彼が言うことが理解できず、私は詰め寄った。けれど彼はただ首を横に振るだけ。



「……諦めるしかございません。お嬢様は既に別の方の下へ嫁がれたのです」


「そんな……嘘だっ!」



 私はその言葉の意味を理解したくはなかった。できるはずがない。



「彼女はここにいたはずだ………それなのにっ……」



 目を閉じれば思い出されるのは彼女の部屋。そこは陽だまりのような場所。


 温かみのある壁紙に、デイジーのお気に入りの風景画。部屋にはいつも花が飾られ、大切に使われてきたオーク材のアンティーク家具の上を彩る。まっさらなクロスの掛かったテーブルには、芳しい紅茶と色とりどりの菓子たち。


 そしてその中心には、天使のような笑顔を咲かせる可愛らしい人がいるはずなのに──



 その光景を期待して再び目を開ければ──


 ──そこにあるのは何もない部屋だけ。



「っ……!」



 こんなはずじゃなかったんだ──

 彼女がここを出て行く時は、私の妻になる時だったのに──



「どう……して……」



 掠れた呟きは、そのまま床に落ちていった。


 傾いた太陽が、主のいない部屋に長い影を作る。


 部屋の中に残る、彼女の面影をかき消していくように。



「エスクロス様……」



 私は彼女の温もりを探すように、部屋の中へと足を踏み入れた。毛足の長い絨毯だけが、あの頃と同じように、優しく私を迎えてくれる。


 何も残っていない──彼女の思い出も、彼女自身も──何もかも。



「っ……」



 我慢できずに涙が頬を伝う。


 彼女の幻に縋るように

 振り上げた私の手はみっともなく空を掻いた。


 その温もりを掴むことはできない。


 彼女はもういないのだから。


 滲む視界に茜色の光が差す。


 彼女との思い出が色褪せていくように

 次第に部屋は暗くなっていく。


 ふと窓辺に視線を向けると

 一つだけ取り残されたようにある物が落ちていた。


 窓に近づきそれを手に取ると

 崩れかけた花弁が一つ

 乾いた音を立てて床に落ちる。



 ──それは私がデイジーにあげたコサージュの花だった。



「デイジー……っ」




 ──花をもらったのは初めてだったのよ?驚いたけど、とても嬉しかったわ──



 そう言って君はふわりと笑ったんだ。



 ──大事に取っておくわ。私たちを結び付けてくれた花ですもの──



 ドライフラワーにするのだと、嬉しそうに話してくれて。



 ──貴方の側にいる事が、私の運命だって思ったの──



 君は確かにこの腕の中にいたのに。



 ──ずっと一緒にいましょうね、レスター──



 君を失って初めて気が付くなんて。



 ──貴方を愛しているわ──



 君を愛してる……こんなにも愛しているのにっ……!


 

「……っうっ……く……」



 膝から崩れ落ちて嗚咽を漏らす。


 手に持っていた花は、強く握ったせいで崩れてしまった。


 まるで私の心のように、ボロボロになって。


 まだデイジーを取り戻せると思っていた。


 父に言われるがままに、グスターク家との婚約が決まったとしても。


 デイジーの無実を証明できれば大丈夫だと、彼女に会いにすら行かなかった。


 一番に会いに行かなければいけなかったのに。


 真っ先に謝らなければいけなかったのに。



「……デイジー……デイジーっ……!」



 もう彼女はいない。別の男の妻になった。


 彼女に謝る機会も


 愛しているともう一度言うことも


 その名を呼ぶことさえも




 ──もうできないのだ。




「ぁぁああぁぁぁっ!」



お読みいただきありがとうございました。

レスターにとって辛い回となりました。この辺りの詳しい裏事情は、本編に続いて掲載予定の番外編にて明らかとなります。どうぞお楽しみに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i386115i386123 i424965i466781i473111
― 新着の感想 ―
[良い点] うわあああああ! レスターーー!。・(つд`。)・。 絶対許せないだろうとか言ってましたがマジ泣きしました。 しかも黒幕はあっちでしたか!!(全然気付けなかった…) うわあ、これは辛いで…
[良い点] うわーーー、胸苦しいーー!! レスターの気持ちが溢れていて、とても良い回でした(ノД`)
[良い点] レスターぁぁぁっ……! 遅かった……! 知ってましたが……(涙) しかし傷口に塩塗り込むことを敢えて言うなら、 「いや、そこは真っ先に会いに行きなさいよ (真顔)」 ですね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ