18 真実の糸口 (レスター)
レスター視点過去回です。
私はグスターク侯爵の屋敷から戻ってすぐに、デイジーの無実を証明すべく動き始めた。
私がただ自分の考えを周囲に喚き散らしたとしても、父もグスターク侯爵も納得しないだろう。確かな証拠が必要だ。
まずはあの日の出来事を屋敷の使用人たちに聞いて回った。
「婚約式の日ですか?そうですねぇ……あの日は突然泊まりになったお客様もいらっしゃったので、ものすごくバタバタしてたのは覚えてますが……」
う~ん、と言って考えこむ使用人は、あの日屋敷の客室の準備をした者だった。
「何でもいいから教えてくれ。グスターク侯爵家の部屋と、デイジーの部屋で何か変わったことがなかったか?」
私が切羽詰まったように問うと、その使用人は何か思い出したように頷いた。
「あぁそういえば、そのグスターク侯爵ですよ。急遽宿泊になったのは」
「何?」
使用人の言葉に、引っかかりを覚える。そういえばグスターク侯爵は王都に屋敷を構えているから、そもそも泊まること自体が不自然ではないか?
「グスターク侯爵が、急に泊まりになった理由を知っているか?」
「何でも王都のお屋敷を改装するとかで、暫く領地へ戻るはずが、日にちを間違えたとかなんとか……」
「そんな理由で?」
「えぇ、あまりに突然だったので、最初はお断りしようとしたらしいのですが、グスターク家の使用人の方を、何人か手伝いに寄越して下さるというので」
「それは本当か?!」
「は、はい」
「そうか!ありがとう!」
私は新たに知った事実に、光明を見出した気がした。
グスターク家の使用人が屋敷内を歩き回ることができたのなら、デイジーの部屋に宝石を仕込むのも可能だろう。またカディミアの部屋が荒らされた件に関しても、カディミア自身が自分の使用人に協力させたのだとしたら説明がつく。
(やはりグスターク侯爵家が関わっている──あとはそれを証明するだけだが……)
私はカディミアが関わっている事を証明する為、ある人物に話を聞くことにした。
カディミアへ届いた手紙の差出人だ──
*********
表立って目的の人物とは繋ぎをつけられないため、私は友人に協力してもらい、とある茶会にその人物を招待してもらった。
「やぁ、来てくれたんだね。嬉しいよ」
私はその人物を見つけると、いつになくにこやかに話しかけた。
その人物は私に声を掛けられて、とても驚いていた。それも当然だろう。彼女は私と会うのは非常に気まずいはずなのだから。
「ど、どうしてここに……」
「この茶会は友人が開いてくれてね。どうしても君に聞きたいことがあったから、協力してもらったんだ」
「っ……!」
「君がデイジーの事件に関わっているのを知っている。正直に話してくれ……
……サビーナ」
「し、知らない……私は何も知らないわ!」
サビーナは顔を青ざめさせて、小さく悲鳴のような声を上げた。そして慌てて立ち去ろうとする。
だが私はこのままサビーナを逃がすつもりはない。彼女の腕を掴み強く引き寄せると耳打ちをする。
「君はカディミアに手紙を書いただろう?」
「!!」
「私は見たんだよ。君の手紙を、カディミアの目の前で」
「あ……そんな……」
私の言葉にサビーナは顔を真っ青にした。そして力が抜けてしまったのか、膝から崩れ落ちる。私はそれを支え、近くの椅子に彼女を座らせた。
茶会と称してはいるが、実際はサビーナに話を聞くために用意してもらった席だ。他に客はおらず、秘密の会話をするのに差しさわりはない。
私も近くの椅子を引き寄せ、彼女の目の前に座る。サビーナは居心地悪そうに、肩をすくませていた。私は真実を一つも逃さぬように、彼女の瞳を覗き込んだ。
「……あの日、君はカディミアに協力した……そうだね?」
私ははっきりと何をどうとは言わず、暗に彼女が関わっているのを知っているとだけ伝える。まだこの時点ではサビーナがどういう形で関わっているのか、わかっていなかったからだ。
だがデイジーの無実を証明する手がかりを、サビーナが握っていると確信していた。
「どうか話してくれサビーナ……悪いようにはしないから」
「……本当に?」
私の言葉に、サビーナは目に涙を浮かべながら顔を上げた。
「あぁ、だから教えてくれ。カディミアとのことを──」
*********
何とか彼女を宥めて聞き出したのは、想像以上に狡猾で悍ましい罠だった。
端的に言えば、サビーナはカディミアに脅されていた。
姉のデイジーと共に訪れた茶会で、サビーナは他の令嬢の物に手を付け、それをカディミアに見咎められたのだ。それを告げ口されたくなければ、自分に協力するようにとカディミアに言われたらしい。
「それであの日……カディミア様のお部屋の前で立っていたんです。お姉様に見つかるように……」
「デイジーが裏に下がったのを見計らってだね?」
「はい……ちょうどカディミア様の部屋は、お姉様の部屋への通り道にありますから……」
話を聞けば、以前からデイジーにサビーナの悪癖は知られていたようだ。何度も注意されたのに、どうしても他の令嬢のことがうらやましくて、手を付けてしまったのだと。
だからサビーナが一人で客室の前にいたなら、デイジーは何かあったのだと声を掛けるだろう。そして実際その通りになった。
「……手に持っていた宝石は、事前にカディミア様の侍女の方から渡されました。そしてお姉様に見つかったら、それを渡せと…………」
「それでタイミング良く現れたカディミアが、デイジーを犯人に仕立てあげたということか──」
自分でその言葉を呟きながら、怒りで頭が沸騰しそうになる。
デイジーは罠に嵌められたのだ。
周到に用意されていた罠に──
「私っ……あんな大変なことになるとは知らなくて……!それにお父様が……あんなだから私はっ……」
サビーナは自分のしたことが、あのような結果をもたらすとは、思いもしなかったと泣きじゃくった。
元々サビーナの悪癖が原因とも言えるが、カディミアが画策しなければ起こるはずのなかった事件だ。
そしてカディミアだけでなく、グスターク侯爵も娘のしたことを知っているのだろう。使用人を動かしたり、事件の後に父やフラネル子爵との話し合い、更には私との婚約の取り決めまでしているのだから。最初から知っていたのなら自分の都合のいいように話を持っていける。
私はまんまとその狡猾な罠に嵌ってしまったことに、悔しさで唇を噛んだ。
(私がもっとしっかりしていれば──あの時デイジーを信じていれば──)
今更どうにもならないことに対して、激しい後悔が襲ってくる。
デイジーに合わせる顔がない。彼女には謝っても許されないことをしたのだから──
だが必ず彼女の無実を証明してみせると、私は心に誓った。
「サビーナ。良く聞いてくれ。君はカディミアが関わっていたことを何か証明できるものを持っているか?」
「は、はい……手紙を処分するように言われてましたけど……怖くて捨てられなくて」
「そうか!それがあれば──!」
私はサビーナの言葉に歓喜した。
手紙があればグスターク侯爵家の悪事を暴くことができ、父にデイジーの無実を証明できる。そうすれば、私とデイジーの婚約も再び元通りになるのだ。
幸いにも公には婚約は延期されていることになっている。フラネル子爵もデイジーとの婚約が元通りになるならば、否やとは言わないだろう。
(待っていてくれ!デイジー!)
私は逸る気持ちをおさえながら、サビーナから手紙を渡してもらうよう手配し、自分の屋敷へと戻った。
お読みいただきありがとうございました。
サビーナは姉に対して意地悪でしたが、事件の黒幕になれるほどの度胸も頭脳もない娘でした。母親に甘やかされて、姉にわがまま放題だったので、愚かな甘ったれの子供だったんですね。そことカディミアにつけこまれる形で事件が起きてしまいました。
次回はレスターにとって辛い回となります。




