65 繋いでいく未来
エルロンド編、最終話です。
『ふふ、エルったら張り切っちゃって。緊張しているの?』
『勿論、緊張しているさ』
『あら、じゃあやめにしちゃう?』
『それは困る!僕だってこの日をずっと待ち望んでいたんだから!』
『えぇ、それは勿論私もいっしょよ?だから、ほら。笑顔』
『ん……ディー』
『待って……誓いの口づけは式でするのに……もう、仕方のない人ね』
『ふふ……だってこんなに綺麗な花嫁さんを前にして、我慢できるはずがないだろう?』
『それは私も同じ……こんな素敵な旦那様から贈られる口づけを、拒む事なんてできないわ』
『そう言ってもらえて嬉しいよ、僕の素敵な奥さん』
『ふふ……ねぇ、私たち。ずっとこんな風に仲の良い夫婦でいましょうね。子供が出来てもずっと。孫が出来てもずっと』
『あぁ、勿論そのつもりだよ。きっとディーは誰よりも美しい母親で、誰よりも可愛らしいおばあ様になるはずだ』
『じゃあ、エルもきっと素敵な父親で、カッコいいおじい様になるはずね!』
『あぁ、歳をとってもずっと、君の自慢の夫でいられるように頑張るよ』
『ふふふ、楽しみにしてる』
『さぁ、教会の牧師とシネンが待っている。行こう、僕らの結婚式に』
『えぇ』
────────
「あ、起きた。起きたよー」
鈴が鳴るような可愛らしい声がして、意識が浮上する。閉じた瞼越しに柔い光を感じ、自分がそれまで夢の世界にいたのだと知る。
「まぁ、またここで寝ていたの?エルったら、もう……お母さまにも怒られるわよ?」
「あぁ……ごめんごめん。つい心地よくて寝てしまった」
「もう、仕方のない人ね」
そう言って苦笑しながら近づいてくるのは、愛娘のデイジーだ。その口ぶりはまるでディアナのようで、一瞬、夢の続きを見ているのかと思ってしまう。
体を起こしつつぼんやりしていると、突然太ももの辺りに衝撃と重さが加わった。ハッとして視線を落とせば、膝の上に可愛らしい男の子が乗っている。
「おばあさまと寝ていたの?」
「ふふ……そうだね。今日もシュルカのおばあ様と一緒の夢を見たよ」
「いいなぁ、僕も一緒におばあさまの夢を見たい」
可愛い笑顔でそう呟くこの子は、シュルカ。デイジーとレスター、二人の子供だ。つまりは僕とディアナの孫である。
シュルカは僕の膝にふっくらとしたほっぺを載せ、楽し気に足を揺らしている。灰色の柔らかな髪をなでてやると、嬉しそうに僕を見上げ、その翡翠色の瞳を輝かせた。
「ディーもシュルカにそう言ってもらえて喜んでいるよ。きっと夢に会いにきてくれるはずだ」
「へへ、そうだといいな」
孫のシュルカは嬉しそうに破顔すると、今度は視線を少し横へとずらした。そこにあるのはディアナの眠る大切な場所。僕らは今、花の咲き誇る大使館の庭にいた。
「夢を見るのはいいけど、シュルカはちゃんとベッドで寝るのよ?」
「そうだね。シュルカが風邪を引いたら、おじい様も悲しいかな」
デイジーがすっかり母親の口調でシュルカに言い聞かせている。その言葉を真剣な眼差しで聞いているシュルカは、とても素直な子だ。
「勿論エルもよ?いくらお母さまが恋しいからって、お外で寝るのは感心しません」
「う……そう言われると何も言えないね……」
「おじいさま、お母さまに怒られてる?」
キョトンとした顔でそう問われれば、眉を下げて笑うしかない。
そうして暫く3人で庭園での会話を楽しんでいると、俄かに入り口の方が賑やかになった。視線を向ければ、僕以上に幸せそうな顔をした男がこちらへと向かってくる。
「デイジー、シュルカ、ここにいたのか」
「レスター、もう用事が終わったの?」
「おとうさま!おかえりなさい!」
やって来たレスターに、デイジーとシュルカが駆け寄った。レスターは二人のどちらもその両腕の中に閉じ込めて、それぞれに口づけを贈る。そして二人をその腕に抱きしめたまま。こちらへ視線を寄越した。
「レスター、よく来たね。仕事の方は順調かい?」
「えぇ、おかげ様で。こうして家族との時間もとれるようになりましたから」
「それはよかった。今日は皆が来てくれて嬉しいよ」
「私もです。デイジーやシュルカが喜びますから」
息子として声を掛ければ、レスターも家族として穏やかな笑みを返してくれる。すっかり僕らは一つの家族になっていた。
「じゃあ早速お屋敷に戻ってお茶にしましょう?新作のお菓子を作ったのよ」
デイジーは手をパチンと叩いて、ティータイムの提案をしてきた。それに僕とシュルカは目を輝かせたのだが、レスターだけは僅かに眉を寄せる。
「デイジー?君は今、安静にしていなきゃいけなかったんじゃないかい?」
「そ、それは──だって、病気じゃないんだからお菓子を作るくらい……」
「そうは言っても、大事な身体なんだからダメだよ!ほら、日差しも強くなってきたから、早く屋敷に戻ろう」
「待ってレスター……きゃっ!」
レスターはデイジーの反論を最後まで聞くことなく、その身体を抱き上げた。そして颯爽と屋敷へと向かっていく。
僕とシュルカはそんなレスターの様子にくすくすと笑みを零して、二人の後を追う為に立ち上がった。
「お義父上とシュルカも早く。美味しいお茶とお菓子が待ってますよ」
「お菓子―!」
「あぁ、今行くよ」
レスターが僕らがちゃんと着いてきているか振り返って確認する。ちゃっかりお菓子でシュルカを誘導するあたり、かなり甘い父親だ。
「これはもうすぐ更に過保護で子煩悩な父親になること間違いなしだな」
「こぼんのーってなぁに?おじいさま」
「ん?シュルカが大好きってことさ」
「えへへー」
嬉しそうに笑うと、シュルカは走り出した。そして父であるレスターの足に突撃している。
レスターは驚きつつも、シュルカに笑顔で何事かを告げたようだ。シュルカもうんうんと頷き、ニカっと太陽のような笑みを返していた。デイジーも、そんな二人のやり取りを幸せそうに見守っている。
仲の良い親子。だがもう間もなくそこに一人増える予定だ。デイジーのお腹に新たな命が宿っているのだ。
シュルカがデイジーの大きくなったお腹に、そっと手を置く。そして顔を寄せ何かを言っているようだ。それを愛おし気に見つめるデイジーとレスターは、本当に幸せそうだ。そして二人に見守れらてくすぐったそうに笑うシュルカも。
もう数か月もすれば、シュルカは兄になる。そうすればきっと、ただ愛されるだけでなく愛する喜びも知るようになるのだろう。その日が来るのが待ち遠しい。
「……あぁ……幸せだな……」
気が付けば自然とそう口にしていた。愛する人たちが笑い合っている。ただそれだけの光景に、例えようのない幸福を感じた。
「……ディアナもそう思うだろう?」
屋敷へ戻る足を止めて振り返り、問いかける。するとディアナの優しい指先のような柔らかな風が、僕の頬をふわりと撫でた。
『家族が笑っているって、とっても幸せだわ。ね、エル』
彼女の笑顔が浮かぶとともに、そんな声が聞こえた気がした──
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お話はこちらで最後ですが、次話にキャラクター紹介を掲載いたします。イラストもございますので、ご興味があるかたはそちらもどうぞお楽しみください。




