17 疑惑と瓦解 (レスター)
レスター視点の過去回です。
父に無理やり次の婚約を決められた私は、その命令通りグスターク侯爵令嬢との交流をすることになった。公にはまだデイジーとの婚約している状態なので、仕事の都合で屋敷を訪れるというものだ。
グスターク侯爵家は、王都にある立派な屋敷を構えており、私はそこの客間に案内されていた。
グスターク家は国内でも有力な貴族の一つだ。
だが余程エスクロス家との縁組を成功させたいのだろう。仕事もそこそこに客間に案内されると、すぐにグスターク家の令嬢、カディミアがやってきた。
まだ正式な婚約ではないのに、二人きりでお茶をするというのだ。テーブルの上にはティーセットと菓子が並び、正面にはドレスアップしたカディミアが機嫌よさそうに座っている。
私の方は、不本意な彼女との関係に、不機嫌さを隠すこともなく視線を合わせないように席についていた。
「まさかこんな事になるとは思いもしませんでしたわ。レスター様と私の婚約が決まるなんて……」
「……まだ正式ではないですがね」
既に決まったことのように自分たちの婚約について話すカディミアに、私は苛立ちを募らせた。もしあの日、彼女があそこまで騒ぎ立てなければ、今の状況は無かったかもしれない。そう思わずにはいられなかった。
「けれどこれでよかったのかもしれませんね。フラネル子爵家とエスクロス侯爵家の秘密を抱え込むのは辛いですもの。夫婦となって互いに支え合えれば、安心ですわ」
カディミアはそう言ってにっこり微笑むと、テーブルの上の紅茶に手をつける。私は彼女のその言動に、どことなく違和感を感じた。
「……まるで怒っていないのですね?」
「え──?」
私の言葉にカディミアが顔を上げた。
現状に不満しかない私は、あの事件について感じた違和感を、黙っているわけにはいかなかった。
「確かにあの日、デイジーの部屋に貴方の宝石があったが……あれは本当に彼女だけの責任だったのでしょうか?」
「な、何をおっしゃっていますの?」
カディミアは動揺したのか、音を立ててティーカップを乱暴に置いた。
私はその不協和音に眉を顰めながらも、自身の考えが冴えていくのを感じていた。
「そもそもあれはエスクロス侯爵家で起きた事です。犯人が誰であれ、その責任は我が侯爵家にあったはずだ。ましてや私の婚約者であるデイジーが関わっているなら、それは私の責任とも言える……」
そうだ。確かに宝石を盗んだことは許されないが、あんな事態を引き起こしてしまった屋敷の管理、そしてカディミア自身の管理も何かしら問われて然るべきではなかったのではないか?
沸々とした怒りが自分の中で生まれてくる。それは周囲の人間と、そして自分自身へ向けた怒りだ。
「そんなことありませんわ!それに宝石も見つかったのですから、もういいではないですか!」
「もういい──ですか……」
私はその言い方に激しい怒りで、目の前が真っ白になった気がした。
(全然良くなどはない──全然良くなんかないんだ!)
一度火が付けば、もう止めることは出来ない。私は感じたことをそのままカディミアにぶつけた。
「あれだけ怒りを露わにしていたのに、貴女は使用人や侯爵家の人間には、一切怒りをぶつけていなかった。普通なら屋敷の管理の不備を怒ってもいいはずなのに……」
「っ……」
ずっと何かがおかしいと思っていながら、気が付くことのできなかった違和感。
──カディミアは最初からデイジーにしか怒っていなかった──
普通であれば、自分の荷物を管理しているはずの侍女や、エスクロス家の使用人に対しても何かしらの感情を抱くだろう。
だが彼女は最初から決めつけていた。デイジーが妹の話を出したとしても、それをはねつけ、必要以上に喚きたてていたようにも思える。
一度引っかかりを覚えれば、次から次へと新たな疑問が浮かんでくる。
あの日、婚約式の準備で忙しかったとはいえ、使用人が大勢いる中で部屋が荒らされたりして気が付かないものだろうか?カディミア自身が連れてきた侍女だっていたはずだ。
ましてやデイジーは婚約式の主役。部屋を荒らしたりする暇などなかったはずなのに。彼女が一人きりになったのは、私に休むと言って裏へ下がったあの時だけ。
あの短時間で部屋を荒らし、そして宝石を持ち出したのを見咎められて──そして彼女の部屋へ行ったら宝石が──
(──!?)
「あ……まさか……」
「レスター様?」
私は自分の想い至った結論に、思わず立ち上がり口を手でふさぐ。
あの時は目の前に見せつけられた証拠に気が動転していて、気が付くことができなかった。だがよく考えてみればおかしなことがいくつもある。
なぜあそこまでカディミアの部屋が荒らされていたのか?
どうしてデイジーの部屋に宝石が置かれていたのか?
──まだデイジーは部屋に戻っていなかったのに──
彼女がもしカディミアの言うように宝石を盗んだのだとしても、あの時手に持っていたものぐらいしか持ち出せないはずだ。
それなのに自室に戻って宝石を置くのは、あの短時間では不可能なはずだし、もしそれができたとしても、一つだけ持ち歩いていたのはどう考えてもおかしい。
それにあんな風に誰が見てもわかる場所に宝石を置いておいて、他の人間を自室に入れるだろうか?あれはまるで何も知らなかった人間がする行動だ。
そう、犯人以外の──
(どうして気が付かなかったんだ……!)
強烈な後悔に襲われて、身体が小刻みに震えだす。卒倒しそうなほどに血の気が引いていくのを感じた。
「どうかされたのですか?レスター様」
カディミアが怪訝な様子でこちらを窺う。その表情にはどこか焦りのようなものを感じる。
「怖い顔などなさらないで、お茶を楽しみましょう?」
カディミアはこれ以上は、あの事件に関する話をしたくないようで、誤魔化すようにお茶を勧めてきた。その笑顔の裏に狡猾な思惑を感じ、私は思わず一歩テーブルから後ずさる。
(もしあの事件にカディミア自身が関わっていたとしたら──?)
自作自演などその時は考えもしなかったが、後から振り返るとグスターク侯爵家が今回の出来事で得られた利益は大きい。口止めの為の金額、フラネル家やエスクロス家に対して弱みを握り、更には私との婚約──
(グスターク侯爵家がそれを見越してやったとすれば──)
あまりの悍ましに吐き気がした。
こちらをじっと見つめるカディミア。私の中に生まれたかもしれない疑念を探ろうとしているのだろうか。
私は遠のきそうになる意識を叱咤し、自分がどうすればいいか必死に考えを巡らせる。
「レスター様?大丈夫ですか?」
「いえ……少し用事を思い出しましたので……今日はこれで失礼します」
私は何か言い募ろうとするカディミアを無視して、そのまま客間の出入り口へと足を向けた。
(デイジーは無実だ…………)
喉の奥に何かが詰まったように、息がうまくできない。自分の愚かさに膝から崩れ落ちてしまいそうだ。
それでも自分ができることをしなければと、ただその想いだけが私を動かしていたその時──
「きゃっ……!」
「っ!!?」
扉を開けると侍女が驚いて声を上げた。どうやら向こうも客間に用事があって、声を掛けようとしていた所のようだ。
「あぁ、いきなりすまなかったね。何か落としたようだが……」
私は侍女の足元に落ちていた物を拾った。それは白い封筒──誰かからの手紙のようだった。
それを侍女に渡そうとした時──
「貴女一体何をしているの!」
突然後ろから耳をつんざくような怒声が聞こえてきた。
「あ……すっすみません!」
激高するカディミアに、侍女は恐怖で顔を青ざめさせる。
カディミアはいきなり後ろから、私が持っていた手紙をひったくると、きつい眼差しを侍女へ向けた。
侍女はそれ以上は何も言わず、頭を下げると逃げるようにその場から去った。
「今のは……」
「何でもありませんわ。侍女が大変失礼いたしました」
まるで何事もなかったようにふるまうカディミア。
だが先ほどの手紙は、余程彼女にとっては都合の悪い何かだったのだろう。私はそれが、デイジーの事件に関わるものだとすぐに思い至った。
燃えるような怒りを面に出さぬように、私はあえて笑顔を見せた。
「えぇ、気にしてませんよ。貴女もあまりあの侍女を叱らないでやってください。いきなり退室しようとした私がいけないのですから。それではまた──」
私の返事に満足したのだろう。カディミアはほっとしたような表情を浮かべて、私を見送ってくれた。
だが私の心は別の事でいっぱいだった。
手紙を拾った時に一瞬だけ見えた、その差出人のことで──
お読みいただきありがとうございました。
この辺は推理もの風です。少し考えればあの事件の時系列がおかしいことに皆様気が付かれたのではないでしょうか。
果たしてレスター君、挽回できるか?




