63 愛を取り戻す時
「デイジーは、フラネル子爵──貴方の娘ではない。彼女はアムカイラ王国の王族の血を引く姫君だ」
デイジーにまつわる隠された事実に、暫くの間は沈黙がその場を支配した。そしてその沈黙を破る最初の言葉を発したのはフラネルだ。
「……は?どういうことだ?」
「貴方が異国で恋に落ち、娶ったというデイジーの母親のディアナ様は、アムカイラの王族です」
「……っ!」
「やはり貴方は知らなかったようですね。それもそのはずだ。彼女はエルロンド・フリークス氏の妻として、市井に暮らしていたのですから。そしてそんな彼女を貴方は自国に攫ってきて無理やり妻にした!そうではないですか?!」
「違うっ!!そんな事実は無い!どこにそんな証拠があるというのだ!!証拠を見せろ!!」
「証拠ならあります」
往生際が悪く喚き散らすフラネルに、レスターが胸ポケットからある物を取り出した。
「なんだそれは……」
レスターが取り出した物を訝し気に見つめるフラネル。僕はそれを見た瞬間、感激にうち震えた。
(あれは──)
レスターが取り出したのは錆びて古びたロケット。その留め具と丁寧に外していく。
(あぁっ……ディアナ……!)
中から現れたのは、黄金に輝く指輪。ディアナがアムカイラの王族である証。
ディアナの日記を頼りに、それが彼女と共に眠りについていてると信じていたが、実際にこの目にするまでは、本当にそれがあるのかどうか自信が無かった。
誰もが息をつめて見つめる中、僕は前へと進み出た。彼女が──ディアナが僕を待っていると思ったから。
「……確かにそれは彼女の──ディアナの物だ」
皆の注目を浴びながら、僕はレスターの下へと歩んだ。レスターは僕を見とめると、小さく微笑みと頷きを返す。
「……見つけてくださったのですね。エスクロス卿……」
「えぇ……貴方が日記を渡してくださったから……でも色々と間に合ってよかった」
「あぁ!貴方のおかげだ……ありがとう……!!」
僕はレスターの前で跪き、その手を取った。そして額をつけて最大級の感謝の意を告げる。故郷を飛び出してから久しくしてこなかったアムカイラ流の礼だ。
「私だけでは取り戻すのは難しかった……彼女が他国の貴族の妻として埋葬されてしまったから……娘のデイジーを取り戻すことは出来たが、ただの平民となった私では、ディアナを取り戻す術がなかった……」
気が付けば熱いものが頬を伝っていた。ようやく取り戻したディアナが生きた証に、これまでの様々な出来事が思い起こされる。辛く悲しい記憶が、涙と共に洗い流されていくようだった。
「フリークス殿……」
するとレスターは僕に顔を上げるように促す。
泣き顔のまま見上げれば、レスターは穏やかな微笑みを浮かべて頷いた。そしてその手に持っていたディアナの指輪を僕へと渡す。
小さな黄金の輝きの中に光るエメラルド。そしてそこには確かにアムカイラ王家の紋章と彼女の名が刻まれていた。
「ディアナ…………」
愛しい人の名を指でなぞる。今も変わらず美しい輝きを放つ指輪は、ディアナが成人を迎えた歳に作られたものだ。
二人で身分も家族も捨てて国を飛び出した時、僕はこれだけは彼女の為に持ち出していた。これは彼女が彼女である証。先祖代々受け継いできた大切な血の証を、僕はどうしても彼女に捨てさせることはできなかった。
だがこの指輪をそのままつける事はできぬ為、古びたロケットに隠して持たせていた。もし何かあった時に、彼女の助けになるようにと。
(ようやく……君を取り戻した……ディアナ……)
僕は指輪を胸に抱くようにして握りしめた。そして涙の滲んだ目のまま天を仰ぐ。
高い窓からは陽の光が差し、まるで雲間から天上の世界が降りてきたようだ。
「ディアナ──」
『エル──』
愛しいその名を呼ぶ声に、ようやく彼女の返事が聞こえた気がした──




