62 過去との対決
「私があの場所におりましたのは、デイジーと……私の娘と話す為だったのです。それをこの男がいきなり掴みかかってきて……!」
謁見の間へと入ると、既にそこではフラネルをはじめとした関係者が集められ、国王であるリュクソン直々に事情を問われているようだった。
フラネルは自分の立場を守ろうと必死なのか、リュクソンに向かって弁明している。だがその場にいるレスターやデイジー達の視線は鋭い。きっとデイジーにとって良くないことをしようとしたのだろう。その場へと遅れてやってきた僕は、思わず拳を強く握りしめてしまう。
「娘か……確かにお前には娘がいたが、それは一人だけだったと記憶しているが?」
「い、いえっ!彼女は……昔国外へ嫁がせた娘でして……」
(お前にデイジーを娘と呼ぶ資格などあるものかっ)
言い訳がましいフラネルの態度に、激しい怒りが胸の中に渦巻いた。するとこちらを向いていたリュクソンが、僕が到着したのに気が付いたのだろう。
一瞬だけ視線を寄越すと、まるで僕に落ち着けと言わんばかりの低い声音で呟く。
「……そうか」
一時の沈黙。だがフラネルが安堵したのもつかの間、リュクソンは口元に微かな笑みを浮かべて、今度はデイジーに向き直った。
「では、デイジーの方へも聴こう。お前は何故あの場所にいたのだ?」
「!!」
フラネル子爵が動揺を見せ、立ち上がろうとした所をすぐに横にいた兵士に肩を抑えられた。それを横目に見つつ、デイジーは一礼して口を開く。
「王宮へはエルロンドへの面会を求めてやって参りました。許可が下りるまで待たせていただくことになり、時間を潰す為に庭園へと出たのですが……」
そこでデイジーは言葉を少し切って、視線を横へ向ける。かつて父親と呼んでいた男のことを。
(デイジー……!!)
愛娘が非道なあの男、フラネルと対峙していることに、気を失ってしまうのではないかと言うくらいの恐怖を感じる。
かつて妻のディアナを攫い、娘であるデイジーを暴力で虐げた男。もう二度と僕の大切な宝物をそんな目には合わせたくないのに……今まさに、デイジーはその男と真正面から向き合っているのだ。
だがかつてあの男に怯えていた娘は、今は凛とした強さを持ってそこに立ち、はっきりとした口調で自らの意見を口にした。
「こちらのフラネル子爵に声を掛けられ襲われそうになった為、逃げた次第でございます」
「嘘だ!!襲ってなどいない!」
「おい!黙れ!」
デイジーの言葉に被せるようにフラネルが叫ぶ。怒って暴れ出す彼を取り押さえようと、近衛騎士の怒声が響いた。
それでもデイジーの言葉は止まらない、決して逃げないというそんな強い意志を持って。
「嘘ではありません、陛下。庭園で声を掛けられた時、酷い言葉で罵られ、怯えて逃げ出したのです。すると彼は執拗に追いかけてきました。かつての借りを返せとそう言って……。
確かに子爵には娘として育てられた恩もございますが、同時に酷い暴力を受けたこともございます。私はまた殴られるのではないかと思い逃げたのです。そして事実、私を見つけた彼は、拳を振り上げ向かってきました」
「そうか。それは怖かったであろう」
「陛下!!その女の言うことは間違っています!彼女は私を恨んで嘘の証言をしているのです!」
「嘘……?」
「はい!かつて商人の妻となり国外へ出されたことが不満だったのでしょう。今は平民の身分に落ちていてそれで私を恨んでいる。確かに私は彼女に声を掛け追いかけましたが、それはかつての娘を想う親心で──」
「違います!」
フラネルの言葉に、デイジーはすぐさま反論の声を上げた。
「かつて子爵家から出されたことに対しての不満はありません。むしろその後、エルロンドに出会えたことは私にとって例えようのない幸いでした。子爵家で育った時のことを懐かしく思いはすれど、戻りたいとは思わない……!」
(デイジー……君は……)
その言葉を聞いて、僕はデイジーが既に過去の傷を十に乗り越えたのだと知った。もう怯えて震えていた小さな少女はどこにもいない。
僕と出会えたことを幸せだと言ってくれたデイジーは、過去ではなく未来へと向けて歩んでいるのだ。
凛とした愛娘の姿に感動を覚えていると、彼女の言動が不満だったのだろう。フラネルはまだ喚き散らしている。だがそれもすぐにリュクソンの止めが入った。そして続いてレスターへと話しを向けた。
「次にエスクロス侯爵。お前があの場にいた説明をしてもらおう」
「はい──」
呼ばれたレスターが一歩前へと出て、一同へ視線を巡らせる。この場にはリュクソンや近衛騎士だけでなく、書記官らしき人物も同席していた。
(つまりは公式の記録に残るということか……)
リュクソンが急遽この場を用意した意図をようやく理解する。
デイジーとフラネルの間であったトラブルの事情を聴くというのは、この場を用意する為の口実なのだと。
僕は先ほどとは違った意味で、体が震えだすのを感じた。
「昨晩から私は、エルロンド・フリークス氏の冤罪を証明する為に、奔走しておりました」
「その話は今は関係がないだろう!」
レスターが話し始めると、すぐにフラネルが反論を叫ぶ。だが、リュクソンはレスターの発言を止めはしない。何故ならリュクソンもこの話が、最後にどこへ行きつくのかを知っているからだ。
「子爵との間でいざこざがあったという件だな」
「はい。昨晩、二人の間で争いがあり、フリークス氏がフラネル子爵を傷つけたという件です。ですがこれは一方的な解釈であり、争いの要因は子爵の方にあるのではないかと考えました」
「何を言う!黙れっ──グ……」
激高したフラネルをすぐに騎士が取り押さえ、その口をふさぐ。
「ご存じの通りフリークス氏は、今抱えている国家的計画の中心人物であり、要人です。フラネル子爵とは浅からぬ因縁がありますが、それを精査すること無く、只の一平民と貴族の間のいざこざとして一方的に罰することは、まかり間違えば国際問題になりかねない危険性を孕んでおります」
「確かにな……私が国を跨いで要請して、ようやっとこの国へ来てもらったのだ。エルロンドについては、ただの平民というだけではなく、アムカイラ共和国やその他各国の要人が彼の後ろ盾になっている」
「っ──」
リュクソンがレスターの言葉に同意を示す。その発言にフラネルを含め、その場にいる何人かの者達が息を飲んだ。
(やはりこの場で全てを明らかにするんだな……リック)
いずれデイジーの血筋を含めて明らかにされるのは知っていた。だがこんなに急なことになるとは思っていなかった。何より僕自身がフラネルへの暴力の容疑で捕まってしまったのだから。
だがもう今はそんな心配など何も意味をなさない。書記官はこの場での発言を全て記録している。何がどう転ぼうとも、この場で明らかにされた事実は、もう握り潰すことなどできないのだから。
気が付けば驚くほどの静寂がそこを支配していた。誰もがこの話のその先に、何が待ち構えているのか、固唾をのんで見守っていた。
「フリークス氏が、余人を交えず馬車の中で子爵と言い争ったとされるのは、とある事情によるものです。それは陛下もご存じのはず」
「……あぁ」
レスターが真実への布石を一つ一つ置いていく。そしてこの国の王が、それを認めるようにして頷いた。
「そしてその事情は、彼女──デイジーにも深く関わっています。そしてその身に危険が及ぶ可能性が高い。だから私は彼女を探しました。そしてあの場所で見つけた──」
レスターが最後の一手を、その隠され続けた真実を声高らかに紡いでいく。
(あぁっ……デイジー……!)
僕はその様を祈るような気持ちで見届けた。
「デイジーは、フラネル子爵──貴方の娘ではない。彼女はアムカイラ王国の王族の血を引く姫君だ」




