61 動き出した事態
レスターが部屋を出た後、僕とリュクソンは暫くそこで話していた。
「レスターに任せておけば大丈夫だ。本当ならエルも立ち会った状態でディアナと対面させてやりたかったが……」
「いや……僕の存在がフラネルに知られてしまっては、土地に関して難癖をつけてくるかもしれない。下手をしたら彼女の眠る墓地が荒らされることだって考えられる。……これでよかったんだ」
レスターが求めてきたのは、ディアナの墓を掘り返す許可だった。彼女の日記を読んで僕と同じ事を考えたのだろう。
ディアナがアムカイラの王族である証が、彼女と共に眠っていると──
「大丈夫、ディアナも未来の娘婿に起こされるなら許してくれるはずだ。何せようやく幸せを掴もうとしているデイジーの為なんだからな」
「……そうだね。確かにそうだ」
日記の中でのディアナは、デイジーのことを案じていた。そして僕とディアナのように、互いに尊敬し愛する人と巡り会ってほしいと、そう記していた。
僕がどれだけ大きな愛をディアナから受け取ったか知れない。そしてその血を引くデイジーも、その心に大きな愛を抱いているだろう。その愛を注ぎ、そして同じように大きな愛で包みこんでくれるレスターならば、あの土地に眠るディアナのことを任せてもいいと思えた。
「フラネルの義理の息子のアングラにも協力してもらうよう言っていたから、上手くいくだろう。もうあの土地は事業の為に国の使用が許可されているからな」
リュクソンは僕を安心させるようにそう語る。既に賽は投げられているのだ。自分自身で動けない今の状況はもどかしいが、大人しく結果を待つしかない。
やきもきとしている僕の心情をおもんばかってか、リュクソンはこれからの事業展開やデイジーとレスターの結婚式についてなど、様々な話をして気を紛らわせてくれた。
そうして随分と長い時間をそこで過ごしていたのだが──
「陛下、近衛の者からの報告があるようです。いかがなさいますか?」
「む、わかった」
扉前に立つライオネルの声がして、リュクソンはすぐに僕へと視線をやった。僕は頷きを返し、その部屋にやって来た時に出てきた抜け道へと体を滑り込ませる。そしてリュクソンがそっと壁を閉じた。他の騎士達に僕の姿を見せない為だ。
「入っていいぞ」
「はっ」
僕は閉ざされた壁の奥で、じっと息を潜ませた。だが彼らの会話の内容に、思わず声を上げてしまいそうになった。
「デイジー・フリークス様が来城し、エルロンド・フリークス氏への面会を求めてきました。ですが命じられた通り部屋には通さず、現在侍女たちが滞在の為の部屋の用意をしております」
「そうか、わかった」
「ただ……お付きの侍女の方から、デイジー様の姿が見えなくなったとの報告があり、現在使用人と騎士達が探している状況です」
「なに?それは本当か?」
「はい。庭園へ行かれるとおっしゃっていたそうですが未だ見つからず、ご報告に上がった次第にございます」
「わかった……ライオネル」
「はっ!」
「デイジーを探すよう影に指示を。私としたことが今回の件を深く考えずにいたが……エルと会えずにいる彼女が、思いつめていないといいが……」
「……すぐに対処いたします」
「頼むぞ」
その後、軍靴が遠ざかる音が聞こえ、暫くしてからリュクソンの声が近くでした。
「エル、聞いてたようにデイジーがお前を訪ねてきたようだ。すぐに探して連れてくるから、お前は部屋に戻っておいてくれ。道はわかるな?」
「あぁ、大丈夫だ。それよりもデイジーのことを……」
「わかっている。うちの影や騎士達は有能だからな。心配いらない。お前はのんびりと部屋でかまえていればいいさ」
「……頼む、リック」
「任せておけ」
そうしてリュクソンは部屋を出ていった。僕は扉の閉まる音を聞いて暫くしてから、暗い抜け道を元の部屋へと戻った。幸い道順は割と単純なものだったので迷うことなく戻れた。そして教えられたとおりに仕掛けを戻すと、壁に空いた穴は何もなかったかのような状態になった。
「……デイジーがここに来たのか……」
一人になって、思わず呟く。デイジーのことだから、きっと僕の身を案じて夜が明けてすぐにここへ来たのだろう。
(きっとものすごく心配しているだろうな……)
声だけでも聴かせてやれば安心したかもしれない。だがデイジーが来た時、僕はこの部屋にはいなかった。それでどれだけデイジーが心を痛めたかと考えると、気持ちが酷く落ち着かない。
そっと窓へと近づき、階下に広がる庭園を見下ろす。
「デイジー……」
柔らかな日差しの中に咲き誇る花々が、彼女の心を癒してくれればと思いながら、僕はそっと目を閉じた。
そうして暫くの間、一人で時を過ごしていると、ようやく扉の外から声がかかった。
「フリークス殿、陛下がお呼びです。どうぞこちらへ」
「わかりました」
近衛騎士の先導で、僕はリュクソンが呼んでいるという場所へ向かった。道中に話しかけるのはどうかと思ったが、デイジーの事が気になっていた僕は、先導の騎士に声を掛ける。
すると騎士は快く状況を教えてくれた。
「デイジー様は温室の方で隊長が保護されました。その時にエスクロス侯爵とフラネル子爵もその場にいたようで──」
「え?!フラネルが?」
思わず僕はあの男の名を口にしていた。デイジーに最も会わせたくない相手だったのに、同じ場所に居合わせたなどと、何ということだろう。
「大丈夫ですよ。デイジー様はご無事です。陛下直々に事情を聴くので、そこへお呼びするようにとのことです」
「そうでしたか……」
(どうりで知らせが来るのが遅いと思ったが……まさかあの男とデイジーが鉢合わせていたなんて……)
きっとそこで何かあったのだろう。廊下へ出て改めて思ったが、騎士達がせわしなく行きかう様子はどこか物々しい。そうして高まる緊張感の中、謁見の間へとたどり着いた。




