60 王宮での軟禁と思わぬ来訪
屯所で牢屋に入れられてから一夜明け、僕は王宮の一室にいた。一応は被疑者ということで取り調べをするという名目上、軟禁されている形だ。
「まったくもって容疑者という扱いではないけど……」
どうみても豪華な客間としか思えない一室でぽつりと呟く。調度品は流石王宮の一室とあって洗練された豪奢な物ばかり。窓からは美しい庭園が望め、すぐ側に置かれたテーブルにはお茶の用意までされている。
いたれり尽くせりのこの状況に、軟禁されている僕の方が呆れてしまったくらいだ。
「暫くは形ばかりの軟禁が続くと言っていたけど、デイジーの方はどうなっただろう?」
あの男──フラネルに僕の存在が知られたということは、デイジーがこの国に戻ったとあの男に知られたかもしれない。柊宮にいる限りは警備は万全だから何もないとは思うが、それでも心配でならなかった。
「はぁ……」
何度目か分からないため息をついた時、カタリ、と何かを動かすような物音が室内から聞こえた。何だろうと思ってそちらへ視線をやると、驚いたことに暖炉の横の壁が少しだけずれて穴が開いているのが見える。
「え──」
「くそっ……久しぶり過ぎてそこらじゅう蜘蛛の巣だらけじゃないか!」
「……何しているの?リック……」
壁の穴の奥から現れたのは、何とこの王宮の主である国王のリュクソンだった。
「何ってお前さんに会いにきてやったんだろう?感謝するがいい」
「見た目は泥棒みたいになっているけど……そこって抜け穴かなにか?」
「あぁ、とっておきのな。いつかお前に見せてやりたかったんだ。子供の頃からの夢がかなった」
「それって秘密基地を見せびらかしたいいたずらっ子の台詞だよ。でもそんな大事な秘密、僕なんかに見せて良かったのかい?」
「勿論いいに決まっている。この国で一番偉い俺自身が良いと言っているんだからな!」
何故かリュクソンは鼻息荒く偉そうにふんぞり返っている。しかし狭い通路だったせいか、せっかくの豪奢な衣装がよれて埃まみれだ。
その国王らしからぬ言動に呆れて見ていれば、リュクソンがちょいちょいと手招いた。
「おい、ここじゃ話もできんからついてこい」
「え?ここじゃダメなの?」
「国王の声がこんな所から聞こえたら困るだろう?お前は一応は被疑者だからな」
「僕がここからいなくなるのも問題あるかと思うけど……」
「そこは扉の前の奴に誰も通すなと言ってあるから大丈夫だ」
「何とも都合のいいことだね」
僕は仕方ないと苦笑してから、リュクソンの後に続いてその抜け道の中へと入った。
抜け道の中は暗く狭かったが、それでもリュクソンの案内で何とか先へ進むことができた。いくつか道を曲がった先にようやく明るい場所へと抜け出て、安堵の息を漏らす。
そこはどこか物置として使われているような部屋なのだろう。乱雑に様々な物が置かれており、秘密の会合をするにはうってつけのように思えた。
「ここなら安心して話していいぞ」
「わざわざこんな所まで来なくても……」
「そう言いたい気持ちはわかるが、こっちもちゃんとした理由があるんだ」
リュクソンはそう言って本来の部屋の出入り口である扉の方へ顔を向けると、外へ向かって声を張り上げた。
「おい、もう入ってきてもいいぞ」
「はっ」
扉の外にいたのであろう近衛騎士の声が下かと思うと、重厚な木の扉が開かれた。そしてそこから意外な人物が顔を見せた。
「……エスクロス卿……どうして」
「フリークス殿、顔色が良さそうで何よりです」
中に入って来たのはレスターだった。驚きに目を丸くしていると、リュクソンが扉を開けた近衛騎士に向かって声を掛けた。
「ライオネルはそのまま外で見張っててくれ。暫くかかる」
「かしこまりましてございます」
見張りを命じられたライオネルは再び扉を閉めると、部屋の中には僕とリュクソン、そしてレスターの三人だけとなった。
「さて、ここの壁はかなり分厚いし、扉も余程の大声を出さなければ外には聞こえん。秘密の話をするにはうってつけだ。レスター、ここでなら大丈夫だぞ」
「陛下、お気遣い感謝いたします」
リュクソンのその言葉で、僕がここに呼ばれた理由がレスターにあるのだと知る。一体どんな話があるのだろうと思っていると、レスターが懐からある物を取り出した。
「まずはこれを……お返しいたします」
「いや……だが……」
レスターが僕へ向かって差し出してきたのは、ディアナの日記だった。
屯所の牢屋に入れられた際に他の者の手に渡らないようにする為、レスターに託したその日記。それを僕の手元に戻すということは、レスターやリュクソンが、僕の立場がもう安全であると明言したようなものだ。
「案ずるなエル。名目上で軟禁しているとはいえ、実際の扱いはそうではないだろう?ただの時間稼ぎとお前の安全の為だ」
「……そういうことなら、ありがたく受け取るよ。エスクロス卿も、ありがとうございました」
「いえ……こちらこそ大切なものを託していただき、ありがとうございます」
そう言ったレスターの目には、これまでと違う感情がそこに浮かんでいた。きっと彼はこの日記を読んで何もかも知ったのだろう。そしてその重大な事実を受け入れる覚悟を決めてくれたのだ。
「……それで話というのは?」
「エル……お前の目的を達することだ。今すぐに」
「それって……」
僕の目的を達すること。それはディアナのことを差しているのだとすぐにわかった。戸惑いに視線を彷徨わせれば、真剣な眼差しのレスターとかち合う。
「……日記を読ませていただきました。そして……その真実の鍵がどこに隠されているのかも……」
「あぁ……っ」
レスターのその言葉を聞いた時、僕は思わずその場に崩れ落ちた。これまでせき止めていた感情の数々が溢れ出して止まらない。
膝をつき肩を震わせる僕を、痛まし気に見下ろしながらレスターは続けた。
「ようやく貴方が何を恐れていたのか……それがわかりました。だからずっと貴方は自分達の立場をおっしゃらなかったんですね?デイジーの身に危険が及ばないように……」
「……えぇ……そう、その通りです」
懺悔をするようにレスターの言葉に対して肯定の意を紡ぐ。頭上から安堵のため息が聞こえた。
「……貴方のその信頼に応えられるよう、きっと彼女を──デイジーを守ってみせます。このエスクロスの名に懸けて……だから……」
そう言葉を切ったレスターに、僕は顔を上げた。
「貴方の……大切な奥方のその眠りを妨げるのをお許しください」
そこには強い決意を宿した男の眼差しがあった。




