59 近衛騎士ライオネル
「大変な目に遭われましたね」
そう声を掛けてきたのは、王宮からやってきた近衛騎士のライオネルだ。彼は知らせを受けたレスターによって呼ばれ、屯所から王宮へと僕を護送する為にやって来た。
今は彼の馬に同乗させてもらっており、屯所を出て少ししたところでようやくといったようにライオネルは口を開いた。
「ご面倒をおかけして申し訳ありません」
「いえ、陛下も心配なされております。今は無事にあそこを抜け出たことを喜びましょう」
朗らかな笑みでライオネルはそう語りかける。あくまでも護送という形ではあるが、近衛騎士達から受ける待遇は、屯所の兵士達とは違い驚くほど良い。
名目上は容疑者の護送という形なので手錠はそのままだが、僕が馬から落ちないようにと彼が気遣ってくれているのがよくわかる。それに周囲の騎士達の僕へ向ける視線も、どこか同情的なように見えた。
貴族への傷害容疑がかけられているので本来ならもっと粗雑に扱われてもおかしくないが、そこはリュクソンの口添えのおかげもあるのだろう。元々彼等近衛騎士達とはリュクソンを通じて顔を合わせたことが何度もあったので、こんな状況ではあるが随分と気安かった。
それを証明するかのようにライオネルは唐突に話を明るいものへと切り替える。
「そう言えばここ最近、騎士団の昼食にアムカイラの料理が出るんですよ。ご存じでしたか?」
「え?そうなのですか?」
「えぇ。ほら、アムカイラの使者殿を招いているでしょう?それで王宮の料理長が騎士団の方の料理担当にも色々と教えたらしくて」
「なるほど、確かに料理長に以前アムカイラや他の国々のレシピを教えたことがありましたね」
「やっぱりそうでしたか。あれ以来、騎士団の料理に異国のメニューが並ぶようになったんですよ。それがここ最近の楽しみの一つでしてね」
そう言って歯を見せて笑うライオネルは、まるで太陽のように明るく眩しい存在に見えた。彼は僕が落ち込まないようにと気を使ってくれているのだろう。それが今はとてもありがたかった。
(……一人でいたら、もっと悪い方に考えてしまっただろう)
僕が屯所の兵士達に捕まったことは、既にデイジーも知っているはずだ。その心情を思うと、胸が痛い。そんな落ち込んだ気持を浮上させてくれたのは、他でもないレスターとライオネルの二人だ。
レスターは屯所でライオネル達が来るまでずっと僕の側に居てくれた。おかげで僕は屯所の兵士達からの暴力を避けられたし、秘密裏に消される心配もなくなった。
それに来てくれたのが近衛騎士隊長であるライオネルだったおかげで、王宮へ僕の身柄を護送することも問題なく事が運んだ。相手が国王直属の騎士隊長ともなれば、屯所の兵士長という身分だけではその意を覆すことは難しい。それをわかった上で、レスターはライオネルに頼ったのだ。
そんな風にこれまでのことをあれこれと考え込んでいると、すぐにライオネルが安心するような穏やかな声を掛けてくる。
「王宮でもきっと悪いようにはならないでしょう。騎士団で貴方の存在は有名ですよ。おかげ様で色んな美味しい料理を食べられるようになりましたからね」
「はは、それは嬉しいお言葉ですね」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑るライオネルに、思わず笑みがこぼれる。彼は王宮でも僕が悪いように扱われることはないと暗に教えてくれたのだ。下手をすれば厳しい取り調べがあるかもしれない騎士団預かりの容疑者という立場。だがそんな心配を微塵も感じさせない態度に、僕は強張った心と体が解けていくような心地がした。
「それにあのエスクロス侯爵が付いているんですから大舟に乗った気持ちでいてください。彼は昔から優秀な男ですから」
そう言うライオネルの目には、レスターへの確かな信頼が見て取れた。まるで無二の親友のようなその語り口に、思わず問いかける。
「エスクロス卿とは知り合いなのですか?」
「えぇ、私と彼は……というか私の妻が、彼とは従兄妹同士なのですよ」
「従兄妹の……なるほど。エスクロス卿の縁戚の方でしたか」
「それに元々仕事で顔を合わせる機会も多いですしね」
「あぁ、エスクロス卿は陛下のお気に入りでしたね。なら確かにしょっちゅう会うはずだ」
「えぇ、そういうことです」
朗らかに笑うライオネルの言葉に、僕は妙に納得した。レスターが彼を寄越したわけを。
人柄も勿論そうだが、友であり縁戚でもあるライオネルならきっと、僕の助けになってくれるだろうとレスターは考えたのだ。
レスターにとって僕の安否はデイジーに大いに関わる事だ。万が一僕が罪人として罰せられるようなことになれば、その影響がデイジーにまで及ぶ危険がある。その危険性を考慮して、最も良い選択肢の一つとしてライオネルを寄越したのだ。
(……レスターは流石だな。リックが信頼を置くのもよくわかる)
僕がフラネルとのいざこざで屯所の兵士に捕まってしまうなどという予想もできない事柄に対し、あくまでも冷静に最善の道を用意してくれたレスター。その慧眼に僕は改めて彼の優秀さを知る。
(この分なら、渡した日記からきっと正解を導き出してくれるだろう)
預けた日記に記されているのは、デイジーの血筋に関わる事だ。ディアナが娘であるデイジーに対しても隠し続けた真実──アムカイラ王家の生き残りという悲しくも重い宿命。
望む望まないに関わらず、デイジーの受け継いだ血は本人が意図しないものを呼び寄せてしまうかもしれない。それが彼女にとって大きな脅威となる前にレスターに全てを伝え、彼の庇護を受けさせるのが今は最善なのかもしれない。
この時の僕は、ようやくそう思えたのだった。




