56 見破られた素性
(無事に終わった……本当にこれで……ディアナを取り戻したんだ……)
会合が終わり、部屋から人が出ていきまばらになる中、僕はぼんやりと一人、思案に暮れていた。
人々は、これから始まる新しい事業へ向けてせわしなく動いているが、僕にとっては、フラネルの土地を手に入れたことだけが、最も重要であった。
(あの土地の出入りができるようになれば……ようやくディアナを迎えに行ける……)
今までは貴族であるフラネルの土地だから、手出しをすることができなかった。愛する人がそこに眠っていると知りながら、何もできない悔しさに苛まれることもなくなるのだ。
例えようのない喜びを一人噛み締めていると、ふと視線を感じた。何気なく顏を上げれば、部屋の端でこちらを見ている人物と目があった。セフィーロ・フラネルだ。
「っ──」
僕は思わず憎しみに顔が歪みそうになるのを何とか堪え、咄嗟に顔を逸らした。素性がバレないようにと避けていたのだが、リュクソンが結果を見届ける為と言って、今回僕に同席を促したのだ。
(……あれからもう何年も経っているから、流石にバレないだろう)
フラネルの娘で、デイジーの義理の妹であるサビーナとの交流はあるが、彼女も父親には何も言っていないはずだ。だから僕やデイジーがフィネスト王国に戻ってきているなどとは、あの男は知らないはずだ。だから僕の素性がバレる事はないと高をくくっていたのだが──
「……少しよろしいかな?」
「っ──」
それまで黙ってこちらを見ていたフラネルが、唐突に声を掛けてきた。僕は聞こえなかったふりをして退出しようとしたのだが、肩を強く掴まれ引き留められた。
「……見覚えのある顔だ……」
「何を──」
フラネルは僕を捕まえ顔を覗き込むと、その目を鋭く光らせた。訝し気な顔つきが、確信めいたものに変わる。
「……そう、確かにお前だった……」
その言葉に、僕は咄嗟に言い訳をしようとした。だが肩を掴む力が更に強まり、痛みに思わず声をあげそうになる。
「二人だけで話をしようじゃないか。ここではあれだから……そうだな、私の屋敷に来てもらおうか」
「……遠慮させてもらうと言えばどうなります?」
「そうなれば、こちらにも考えがある……何を企んでいるか知らんが、言う通りにしておいた方が身の為だぞ」
「…………わかりました」
そうして僕は、言われるがままにフラネルとともに城を後にしたのだった。
ガタガタと揺れる馬車の中、そこは沈黙が支配していた。僕とフラネルは、はす向かいに座り互いに相手の出方を待っていた。
既に日は随分と傾き、窓からは茜色の空が見えている。王宮からフラネルの屋敷まではそこそこの距離があり、大通りの混雑を避ける為、御者は更に回り道をしているようだった。着くまでにかなりの時間を要すと判断した僕は、自ら話を切り出すことにした。
「…………それで、お話というのはどういったものでしょう?」
「それはこちらの台詞だ。一体どういうつもりでこの国に戻って来た?……まさかあの約束を忘れたわけではあるまい」
「……仕事の都合でこちらへ来ることが決まりましたので……それに約束というのは、一体何のことでしょう?」
フラネルはやはり僕の正体に気が付いて、声を掛けてきたようだ。だが僕は何のことかわからない、覚えていないという体を崩さない。何せかなり前の出来事だ。今更蒸し返されたとしても、どうとでも言い訳できると高をくくっていた。
だがフラネルはこちらの予想以上に執念深く、そんな僕のとぼけた言葉をすぐに一蹴する。
「覚えていないはずがない。自分の妻にするといって、娘を買った相手を忘れるものか」
「っ……」
「あぁ、そうか……それであの娘に頼まれでもして、屋敷を手に入れようと画策していたのだな?言っておくが、あの娘のものなど何も残ってはいないぞ」
「……おっしゃる意味がわかりません」
フラネルの言葉は、ある意味核心をついていた。確かに僕達の狙いはフラネルの土地だ。それを相手に悟られないように新規事業として進めていたのだが、僕が関わっていることで疑いをもったのだろう。
「相変わらず口がうまいな。お前は商人と言っていたが……」
そう言ってフラネルはじろじろと不躾に僕の顔を見る。かつてはただの商人と侮っていたからそこまでしっかり顔を見られたわけではなかった。だが今は怪しい人間として隅々まで見通すかのように注視されている。俄かにフラネルの表情が険しくなった。
「……亜麻色の髪……まさか……そんな……だが…………」
フラネルは見出した答えに疑問を持ちながらも、徐々にそれを確信に変えていった。そして──
「ありえないことではない……か……そうか、お前は──」
最後まで言い切る前に、突然フラネルが立ち上がる。そしてはす向かいに座る僕をいきなり突き飛ばした。そして座席に倒れこんだと同時に覆いかぶさるようにして襟元を掴んだ。
「くっ……何を……っ」
「お前がアイツだったんだな!くそっ……!お前がいたから私は──」
激しい憎悪を滾らせながら、フラネルは服を掴んだまま締めあげる。首元の詰まった服のせいで喉が潰され、息苦しさに思わずその手を掴んだ。
「は、離してください……一体私が何をしたと……」
「ははっ!ここまできて、一体いつまでとぼけるつもりだ?お前だったんだろう?」
「何を──」
「お前とディアナが──私の人生を狂わせたんだ!」
その目に狂気を孕み、男は彼女の名を、僕の愛する人の名を口にした──




