54 通じ合った二人
フライヤとの食事会の後、来客があったレスターはすぐに部屋を出て行った。そしてどうやらその足ですぐに柊宮へと戻ったようだ。
僕の方はフライヤと再会したのも久しぶりだったので、もう少し話してから柊宮に戻る事にした。
そうして夜もすっかり更け一人柊宮へと戻ると、何故か玄関の辺りが慌ただしかった。こんな時間に戻ってくるのは自分だけだと思っていたので不思議に思っていると、レスターとデイジーが外に出ていたのだと使用人の一人が教えてくれた。
「先にデイジー様がお一人で外へ出られてしまって、それで慌ててレスター様が探しに行かれたんです」
「え?こんな夜にデイジーが出かけていたのか?」
「えぇ、何でも侯爵様のご子息様が一度やってきて、最初は夕食をどうかとデイジー様が勧めていたんですけど、食事を待つ間に何かあったのか、途中で出て行ってしまわれて……」
「エスクロス卿の子息が……」
レスターにはジェームズという息子がいる。レスターは独身で従妹の子供を養子にしたということらしいが、その息子が柊宮にやって来たとは知らなかった。その後、デイジーが一人で外出したのは何かあったのかもしれない。
「ご子息様は父親である侯爵様に用事があるようでして、王宮へ行ってみるとおっしゃって。それでその後からデイジー様の様子が少しおかしくなって……気が付けばお一人で馬を駆られて行ってしまわれたんです。それで侯爵様が、慌ててデイジー様を探しに行かれて、つい先ほどお二人で戻られたんですよ」
「そうか……それでこんな時間なのに慌ただしかったんだな」
使用人の説明にようやく合点がいった。王宮に来客があって慌てて帰ったレスターは、デイジーについて何か聞いたのかもしれない。きっと来客というのはジェームズだったのだろう。彼女を心配して柊宮に戻り、そしてデイジーを探しに再び外へ出たのだ。
(良かった……レスターのおかげで何事もなくて……)
デイジーに何があったのかは分からない。けれどレスターは彼女を探し出し、連れ戻してくれた。その事実に安堵するもヒヤリとしたものが背筋を伝う。もしかしたらデイジーを失うような事態に陥っていたかもしれないのだ。
「お二人で戻られた時にはそれはもう仲睦まじい様子で……思いが通じ合った恋人同士って感じでしたよ」
「あぁ……そうだったんだね。よかった……」
その言葉は心の底から漏れ出た安堵だった。二人の想いが通じ合ったのなら、今後はデイジーの中にある不安や恐れも解けて消えていくだろう。何かと無理をするデイジーだが、レスターが側で見守ってくれていれば大丈夫だ。現にこうしてレスターはデイジーを連れ戻してくれたのだから。
「今はお二人とも客間でお話されているようですが、いかがなさいますか?」
使用人がデイジーたちのことを気遣いながら聞いてきた。彼等もまた二人の仲を歓迎しているのだろう。はっきりとは明言していなかったが、僕とデイジーが夫婦ではないととうに気が付いて、しかもレスターとの仲を進めようとしているのに協力してくれているのだ。
「あぁ、二人の邪魔はしたくないから、私はそのまま部屋に戻るよ。湯あみの用意だけお願いできるかな?」
「えぇ、勿論ですとも。お任せください」
「よろしく頼むよ」
頼もしい使用人の言葉に、僕も大きく頷きを返す。
(きっと今頃二人は互いの想いを伝えあっているんだろう。僕が邪魔することはできないな……)
少しの寂しさと喜びを噛み締めながら僕は自室へと戻る。父親としてデイジーを守る役目はもう終わりだ。これからはレスターがその役を担うのだから。
ようやく前へと歩み始めた二人の恋人達。その先にある未来に想いを馳せながら、僕は久しぶりに穏やかな眠りについたのだった。
翌朝──部屋から出ると、玄関では仕事に行くレスターを丁度デイジーが見送っている所だった。
「気を付けて行ってらっしゃい、レスター」
「あぁ、すぐそこだから心配することないよ。それよりデイジーも無理しないで。こないだみたいに倒れると心配だから」
「もう十分元気よ?貴方の方が心配だわ。とても忙しそうだし……」
「なら帰ったらデイジーに癒してもらえるかな?君がいてくれたら仕事の疲れも吹っ飛ぶよ」
「ふふ、まかせておいて?」
「楽しみにしているよ」
まるで新婚夫婦のようなやり取りに、周囲で見守る使用人達は目のやり場に困っているようだった。
一応は婚約者でもなんでもない間柄なので、二人はそれなりの距離を保っているが、言葉と視線の端々に互いへの情熱が溢れ出ている。だがそれも長年我慢し続けた二人なのだから、仕方がない。ようやく叶った二人の恋を僕は温かく見守った。
「じゃあ行ってきます」
レスターは名残惜しそうにもう一度振り返ると、デイジーに向かって手を振った。デイジーも笑顔で手を振り返す。そしてようやく朝の甘い出発劇は幕を下ろしたのだ。
「よかったね、デイジー」
「え、エル!いたのね……」
デイジーは僕の存在に気が付いていなかったようで、顔を真っ赤にして慌てていた。
(この様子だと、本当に二人の想いは通じ合ったみたいだな)
デイジーの反応を見るに、昨夜二人でよく話し合ったのだろう。そうして互いの想いを伝えあったのだ。
「この国に留まる理由がもう一つできたみたいだね?デイジー。レスターとのこと、上手くいったんだろう?」
「そ、それは…………」
デイジーは恥ずかしそうに口を噤んだが、僕がにこにこと嬉しそうにしているのを見て観念したのか、ようやく肯定の頷きを返してくれた。
「その、色々と誤解をしていたことがあって……でもレスターが私のことをずっと思ってくれていたと知ったから……」
恥ずかしそうに語るデイジーは、頬を薔薇色に染めて本当に幸せそうだ。詳しいことは聞かなかったけれど、レスターとの間にあるわだかまりが解けたのはとても喜ばしい。
「そうか……デイジーが幸せなのであれば、僕からは言うことはないよ。おめでとう、デイジー」
「……ありがとう、エル」
僕が祝福すると、デイジーは嬉しそうに破顔する。その姿に、デイジーがようやく自分自身の人生を歩み始めたのだと知った。
そしてその日以降、デイジーとレスターは時間が許せば共に食事をしたり、外出をしたりするようになった。彼らは失った時を取り戻そうとするかのように、常に一緒にいることが多くなった。
恋人のように見つめ合う姿は、見ているこちらが恥ずかしくなるほどに甘く、名前を呼び合うその声にさえ愛しさが溢れている。
娘の父親としては少々複雑な気持ちだが、デイジーの幸せそうな笑顔を見れば、父親としての嫉妬などくだらないと思えた。
二人の仲はもう心配ない。彼女の幸せはレスターがきっと運んでくれるだろう。後に残っているのは、デイジーの血筋に関することだけだ。だがそれには乗り越えなければならない壁がある。忌まわしい因縁を含んだ大きな壁が。
セフィーロ・フラネル──かつてデイジーの養父であり、ディアナを攫った張本人のことだ。




