51 告げられぬ真実とレスターの嫉妬
医者を見送ってから、僕は使用人達に指示を出した。既にデイジーの食事についてはレスターが色々と指示を出してくれていたようで、僕自身は彼女の身の回りのことや、レスターの方の食事について指示をするだけで済んだ。
そうして一通りの指示が出し終わると、僕はデイジーの部屋には行かず再びソファに身を沈めた。夢にうなされていた彼女を思えば、目覚めてすぐに自分が顔を出すべきではないと思ったのだ。
(デイジーには今はレスターが付いている……僕よりもレスターと一緒の方が……彼女も心強いだろう)
そう心の中で言い訳をして、僕は一人自室に閉じこもった。
本当はデイジーが心配でならない。けれど同時に彼女に会うのを恐れる自分がいる。いつも僕を気遣って、自分のことは二の次にしてしまうデイジー。それが自分のせいだと思うと、とてもやりきれなかった。
そうして怖気づいたまま時を過ごし、頃合いを見計らってデイジーの部屋へと向かえば、丁度レスターが出てきた所に出くわした。彼は僕の姿を認めると、眉を顰めて厳しい目を向けてくる。
「……彼女はもう眠ってしまいましたよ。貴方が部屋に来ると思っていましたが……」
レスターは遅れてやって来た僕に、怒った様子でそう言った。その怒りは当然だろう。デイジーが目覚めたと知らせを受けて、すぐにやってこなかったのだから。
「いや……私が側にいるとまた混乱させてしまうかもしれない……」
申し訳なくなって小さく呟けば、レスターの片眉がピクリと震えて吊り上がる。彼にとってその言葉は、デイジーを蔑ろにしているように聞こえたのだ。
「何故……?貴方はデイジーの夫でしょう?側にいるべきではないのですか?」
苛立ちを露わにしたレスターが、そう言って詰め寄って来た。
(やはりレスターには、僕がデイジーの夫だと勘違いされたままだったか……それも仕方ないことだけど……)
僕らは互いの関係をはっきりと明言していなかったから、レスターが勘違いするのも当然かもしれない。だが今の段階では、それをはっきりと否定するだけの丁度いい言い訳を持ち合わせていなかった。
言葉に詰まっていると、レスターが燃えるような瞳でこちらを見据える。いつだったかデイジーが冬空色のようだと評していた灰色の煌めく瞳が、今は激しい怒りに満ちているように見えた。
(もしかして……彼は嫉妬しているのか……?)
あまりにも激しい感情がその瞳の奥に見えたので、僕は思わず目を瞠った。それが想像以上に強いものだったからだ。
例え勘違いだとしても、僕に対し激しい怒りと嫉妬を見せるレスター。そこに彼の思いの本気ぶりが窺える。それは父親と言う存在では、到底抱くことが出来ない種類の激しい感情だった。
「君は…………」
(本当に……デイジーのことを心底愛してくれているんだな……)
そう呟こうとした言葉は、ぐっと胸の奥に飲み込んだ。自分たちの関係でさえちゃんと説明できていないのに、そんなことを言える立場ではない。だがレスターの気持ちに対する感謝だけは伝えた。
「……いや、何でもない……ディーに……デイジーについていてくれて助かった。また後で彼女の顔を見に行くよ」
「それがいいですね。デイジーも寂しがっているようでしたし。私は少し仕事を片付けなければいけないので、これにて失礼させていただきます」
そう言って暇を告げるレスターに、僕は思わずその腕を掴んで引き留めてた。
「待ってくれ!」
「っ──」
レスターが身を固くして振り返る。
「あ……すまない。……その、できればまたデイジーに会ってやってくれないだろうか。仕事の合間だけでいい。何ならここに滞在してくれて構わない」
「それは……」
何となくだが、このままレスターが来なくなってしまうような気がしてそう言った。勘違いさせたままだから、余計不安に感じるのかもしれない。
僕は何とかレスターをこの場に引き留めようと、必死で言葉を探した。
「無理を言っているのはわかっている……だが、君にデイジーの側にいてほしいんだ。頼む」
「……」
僕の言葉に、レスターの瞳が困惑に揺れる。何故僕がここまで引き留めてくるのかわからないのだろう。それでもレスターは、デイジーの為に了承の頷きを返してくれたのだった。




