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あなたとの愛をもう一度 ~不惑女の恋物語~  作者: 雨音AKIRA
エルロンド編 第10章 犯した罪の重さ

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48 倒れたデイジー

 サビーナやレスターが柊宮に来た後のデイジーは、どこか雰囲気が柔らかくなったようだった。彼等は楽しそうに話していたし、次の約束も取り付けていた。


 それに土地の件についても順調に進んでいるので、この分で行けばすべてが上手くいくだろう。


 だからこそ僕は油断していた。デイジーが自分を犠牲にしてまで我慢してしまう性格だということを、すっかり失念していたのだ。

 


 その日、僕は王宮からかなり遅い時間に戻り、部屋で独り酒を飲んでいた。いつもはそこまで飲まないのだが、この時は酒が進みそのままソファで寝入っていた。



──ガタンッ──



「ん……」



 突然近くで大きな物音がして目覚める。はっきりとしない頭のまま目を開けると、足元に何かが見えた。何だろうとソファから身体を起こすと──



「…………デイジー?」



 床にデイジーが倒れていた。慌ててソファから立ち上がり側に駆け寄る。



「っ──デイジー!?デイジー!!」



 声を掛けて身体を揺さぶっても、意識を失っているのか全く反応がない。デイジーの頬は紅潮して額にはたくさんの汗を掻いている。



「熱がある……すぐに寝かせないと……!」



 酷く動揺していたので、彼女が何故ここにいたのか、どうしてこの場で倒れていたのかという疑問はどこかへ吹き飛んでいた。今はただデイジーを寝台で寝かせることしか頭になかった。


 倒れているデイジーの背に腕を差し込もうとするも、手が震えてうまくいかない。もどかしさに唇を噛み締め、己の弱さに怒りを覚える。


 デイジーを失うことが怖い。ディアナと同じように、彼女も僕の前からいなくなってしまうかもと考えるだけで、心が堪え切れずに悲鳴を上げるのだ。



「大丈夫……大丈夫だ……」



 自分自身を落ち着ける為にそう何度か呟いて、今度こそデイジーを抱き上げる。華奢なその身体は、今は発熱しているせいか酷く熱い。息の荒さからも、具合がどんどん悪くなってきているように思われた。


 僕は急いで自分の部屋から出ると、デイジーの寝室へと向かった。真っ暗な廊下を記憶を頼りに進んでいく。

暫く行くと扉が開いたままになっている部屋が見えた。デイジーが開け放したまま出てきたのだろう。



「具合が悪くなって僕の所に来たのか……」



 そんな風に思いながらデイジーの部屋に入る。僕のとは造りの違った部屋の様子が目に入った。


 柊宮でのデイジーと僕の部屋は、敢えて遠く離してある。それぞれが行き来するとなると、長い廊下を何度か曲がらなければならないのだ。これはデイジーとは夫婦関係ではないという周囲への暗黙の主張であり、余計な誤解を与えないようにする為だ。


 だが具合が悪い中、デイジーにこの距離を歩かせたと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。すぐ近くの部屋であれば、彼女の体調の変化に気付くことができただろうから。



「デイジー……ごめん……」



 僕は謝りながらデイジーを寝台に横たわらせた。そっとその額に触れると、デイジーが苦しそうに呻く。痛ましいその姿に心を痛めながら、僕は彼女の熱を冷ます為の布と水を用意する為に部屋を後にした。


 いったん自分の部屋へと戻り、そこで必要な物を調達する。デイジーの部屋ではあまり勝手がわからないからだ。


 しかし部屋に戻ったことで、出る時には気が付かなかった物を目にした。ディアナの日記が床に落ちていたのだ。



「デイジーが倒れた時に落ちたのか……」



 それは先ほど僕が酒を飲んでいた時に読んでいたものだ。ディアナが遺してくれた大切な日記。それは失ってしまった幸せな時を感じられる、僕にとって唯一の物だった。



「ディアナ……」



 落ちているそれを拾い上げ、古びた革の表紙を指先でなぞりながら愛しい人の名を呼ぶ。返事は勿論ない。幾度となく繰り返したその行為を、僕はデイジーの前ではなるべくしないようにしていた。



「……もしかしたらデイジーは、また良くない夢を見たのかもしれないな……」



 ふとそんな風に思った。デイジーと出会った最初の頃、彼女はよく夢にうなされていた。大きな不安と後悔に苛まれていたせいだと思う。


 当時、僕はデイジーに話を聞き、彼女がディアナに対して酷い罪悪感を感じているのだと知った。その苦悩はある意味、僕以上のものだったかもしれない。


 自分のせいでディアナが逃げ出せなかった、僕の下に帰ることが出来なかったのだと、何度も泣いて謝ったのだ。


 その度に僕は、彼女にディアナの手紙や日記を見せたことを後悔した。そこに綴られていたディアナの想いに触れ、デイジーは余計に自分の存在を罪だと感じてしまったのだから。



(今はただ側で見守ることしかできないが……いつか彼女が自分のことを許せるようになれば……)



 そんな風に願いながら、ディアナの日記を懐深くにしまい込む。そして僕はデイジーの部屋へと急いで戻ったのだった。



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