46 レスターとの共闘
僕とデイジーが柊宮に滞在するようになって数日。その間、デイジーとレスターの仲には特に進展が無いようで、僕は一人やきもきしていた。そもそも二人を会わせる機会が無いのだ。
だがそれをリュクソンに相談したら、ある提案をしてきた。
「そんなもの簡単だ。今度柊宮で会合を開いて、そこにデイジーも同席させればいい」
「だが機密事項もあるだろう?デイジーが参加しても大丈夫なのか?」
「最初はレスターへの事情説明だけだ。それなら柊宮でやっても、そこにデイジーがお茶を出す名目で同席すれば問題ないさ」
「……確かに……それならいけそうだね」
「その後何だかんだと理由を付けて、デイジーをレスターにつければいいだろう。レスターにも王宮でなく柊宮の方で用事を済ませるようにさせれば、自然と会う機会も増える」
「なるほど……」
リュクソンの提案に納得した僕は、早速デイジーとレスターを引き合わせる為、土地の件について柊宮で会合を開くことにした。
それから数日後、ついに柊宮での会合が行われることになった。応接室には、僕とデイジー、レスター、そしてリュクソンが同席している。
資料をテーブルの上に広げながら、僕は事業内容についてリュクソンがレスターに説明するのを聞いていた。
「今水面下で進行している工場建設の予定地についてなんだがね、その資料にあるように、いくつかの候補地の中から選ぼうと思っている」
「工場建設……それはまた……」
今回の事業の目玉は、新しい織物工場の建設だ。これは僕がアムカイラの大使としてこの国にやってくるにあたり、手土産の一つという形でこの事業を持ち込んだのだ。
今現在、織物は一つ一つ手作業でやっているが、遠い東国の地で機械化の技術革新があった。だが残念なことに、その国は保守的な土地柄で、折角の技術は見向きもされず埋もれそうになっていた。
商会の会長をしていた時にその機械化の技術と出会い、僕は即座に高値で機械の設計図を買い取り、同時に技術者も引き抜いた。この技術と知識は、いずれ祖国の為に役に立つと思ったからだ。
(それがこんな形で役に立つとはな……)
リュクソンにその話をすればすぐに食いついてきた。大使受け入れの件を誰にも邪魔させない口実として使えるし、何よりフラネル家の土地を手に入れるのにも役立つ。
当初は祖国アムカイラの為に使おうと思っていた技術だが、結局フライヤとも相談の上、アムカイラとフィネストの両国でこの技術革新を取り入れることになったのだ。
(国家主導なら機械化の工場もきっと成功するに違いない。でもまさかそれを口実にフラネル家の土地を狙うとは……)
リュクソンは事業を進めると同時に、フラネル家の土地を手に入れるつもりだ。あの土地にはディアナが眠っているし、デイジーがアムカイラの王族であるという証も一緒に埋葬されている。僕らにとって、絶対に手に入れなければならない土地なのだ。
「まぁ候補地の中から選ぶと言うのは表向きで、欲しい土地は最初から決まっているんだ」
「それはどういうことですか?」
「フラネル子爵の屋敷の土地だよ」
「!!」
リュクソンが目的の土地について話せば、レスターが驚きに目を瞠る。
「エルロンドが今回の工場建設の肝でね。彼の知識と技術が無ければこの工場は成り立たない」
「それで何故、フラネル子爵の土地が必要なんですか?確かにあの辺りは土地も広く王都の端ですが交通の便も良い。ですが貴族の邸宅が建っている土地です。そこに工場を建設するのはかなり難しいかと……」
レスターからしたら、わざわざその土地にこだわる理由が分からないのだろう。だがまだ詳細を知らせることは出来ない。デイジーの血筋に関わることだからだ。
この疑問に関しては、リュクソンがうまい具合に言葉を濁してくれた。
「それが条件なんだよ、レスター。エルロンドがこの国に定住し、その技術と知識を使ってくれる為のね。この技術革新は、確実にこの国に富みをもたらすはずだ。この件は最優先事項だと思ってくれ」
「……わかりました。何とかいたしましょう」
リュクソンの説得に、レスターは若干困惑しながらも頷きを返す。難しい懸案だが、成し遂げるだけの自信があるのだろう。その眼差しは強かった。
そうして後は詳細を詰める為の話し合いをして会合は終わった。
「資料は持ち帰らせていただきますね。また詳細が決まりましたら、ご連絡差し上げます」
「えぇ、よろしくお願いします」
レスターが席を立ち、僕とデイジーも彼を見送る為に立ち上がる。ここでふと、あることを思いつき、僕はレスターへと声をかけた。
「侯爵、一つお願いがあるのですが……」
「何でしょう?」
「デイジーにとって、この国は生まれ育った土地です。しかし長年離れていたので、街も随分変わっているでしょう。それでご迷惑でなければ、彼女に街を案内していただきたいのですが──」
「エルっ──」
折角レスターが来てくれたのだ。デイジーと共に出かける機会を、この場で取り付けてしまえばいいだろう。
「勿論、喜んでさせていただきますよ。いつでもおっしゃっていただければ、時間をとりますので」
「でも……」
レスターはすぐに快諾した。彼はデイジーとの関係を前向きに考えているようだ。
「先ほどの資料の土地の下見もあるでしょうから、それも合わせて連れて行ってもらえればと」
善は急げと思い、仕事にも絡めて提案してみる。これならば約束を先延ばしにすることなく、すぐに予定を組めるだろう。するとレスターもこの考えに賛成のようで、すぐにデイジーを誘った。
「でしたら話は早い。実は今からでも行ってみようと思っているのですが、一緒にどうですか?」
「え?今からですか?」
「はい、まだ昼前ですし、あれこれと方策を練る前に、一通り現地を見ておきたいので……」
「いいんじゃないかな?私はこれから技術者との打ち合わせがあるから、土地に関しては彼女を通して連絡をしてもらえると助かります」
「……わかりました。すぐに準備いたします」
デイジーは渋々といった様子だが、その場にいる全員に薦められては断れないと思ったのだろう。表情を少し硬くしつつも、何とか了承してくれた。そして外出の準備を整えると、レスターと共に出かけて行った。
走り出す馬車の様子を、客間の窓から見下ろせば、後ろからリュクソンが満足げな様子で話しかけてくる。
「うまいことやったようだな、エル」
「……あぁでもしないと、二人きりで出かけたりするのは、難しそうだったからね」
デイジーは思った以上に自信を喪失している。だから仕事にかこつけて、多少強引に二人を引き合わせるくらいが丁度いいのかもしれない。
恋する気持ちがあるはずなのに、それを直視するのが怖いのだろう。デイジーはいつも以上に消極的だ。
「うまくいけばいいが……」
思わず弱気な心情を吐露すれば、リュクソンが身を乗り出して、僕の肩を強く叩く。
「なぁに、問題ないさ。どう転んでもお前とデイジーはこの国に留まるのだし、レスターは彼女を二度と逃しはしないだろう。時間がかかるかもしれないが、我々が求めている未来が来るのは必然というものだよ」
「そういうもんかね」
リュクソンの自信満々なその発言が、今はとても心強い。娘の恋愛について、父親である僕が右往左往しても仕方ないのはわかっている。だが娘が心配でならないのも、父親であるからには仕方ないことなのだ。
「デイジーには愛する人を生涯を共にする幸せを、ちゃんと掴んで欲しい。僕がディアナと過ごせたのは短い間でしかなかったけど、それでも心から幸せだったと言えるから……」
「あぁ、そうだな。今のエルを見ていればわかるよ。お前とディアナが、心から愛し合って幸せだったということが……大丈夫。レスターとデイジーもきっとそうなるさ」
「あぁ……そうだな。そうなるように願っているよ……心から」
リュクソンの励ましに、僕は切なる想いを胸に抱きながら頷いたのだった。




