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あなたとの愛をもう一度 ~不惑女の恋物語~  作者: 雨音AKIRA
エルロンド編 第9章 再会のフィネスト王国

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45 リュクソンの思惑と揺れるデイジーの心

 デイジーとレスターが再会を果たした茶会の翌日、僕とデイジーが泊まっている柊宮には仕立て屋の一行がやって来ていた。



「お二人ともスタイルが良くてらっしゃるから、仕立てるのが楽しみですわ~」



 王都で評判のデザイナーであるマダムが、機嫌よさそうにデイジーに布をあれこれあてている。彼女のお付きのお針子達も何人か来ていて、最上級のもてなしを僕とデイジーにしてくれていた。


 彼女達はリュクソンの計らいで僕とデイジーの衣装を作る為に来ていた。そのあまりの褒めっぷりに苦笑しつつも、採寸していく手際の良さは流石一流だ。



「……あの……あまり派手なのはちょっと……」



 周囲の興奮した様子に若干引き気味のデイジーがそう訴えるが、マダム達を始め離宮の使用人達も首を横に振る。デイジーはいつも地味な服装ばかりだから、彼女に着飾って欲しいと思うのは皆同じようだ。



「女の戦闘服はドレスですわ。ましてやこれほどの美人さん。着飾らないなんてもったいないですわよ!」



 着飾る本人よりもずっと嬉しそうな様子のマダムたち。デイジーはいつも自分のことは二の次になっているから、この機会は僕にとっても丁度よかった。



「存分に飾り立ててくれ。私が言っても。彼女はいつも遠慮してしまうから。こういうことになるなら、リックの権力もたまには役に立つなぁ」



 本来ならデイジーは、こうした豪奢な装いをしてもおかしくない血筋と育ちだ。だが不幸なことに彼女の運命はそれを許しはしなかった。また僕自身、彼女の血筋が周囲に発覚するのを恐れ、敢えて平民らしくさせていたのもある。だが親としては可愛い娘に目いっぱい着飾って欲しいというのが実の所だ。


 そんなことをつらつら考えながら、持ち寄られた生地や細かな装飾品について質問をしていると、マダムが感心したように話しかける。



「フリークス様は素晴らしいですわね、商人にしておくのがもったいないくらい!どこぞの王族と言われても納得してしまいますわ」



 その言葉に僕が曖昧な笑みを零すと、デイジーの方がマダムに返事をした。



「彼は見た目はそれっぽいかもしれないけれど、中身は結構子供なんですよ?尊い地位になんてついたら、きっと毎日脱走して周囲が大変な思いをするはずだわ」


「えぇ?そんなことないよ。私だってちゃんとする時はするけどなぁ」


 デイジーの咄嗟のフォローに苦笑しつつそう答える。だが彼女の言い分はあながち間違っていない。今の僕が王族なんて地位についたとしたら、周囲に色々押し付けてとっとと逃げ出しているだろう。今回の大使の件だって、リュクソンが強引に仕向けなければ考えもしなかっただろうから。


 そんなやり取りをしている内に、当のリュクソン本人がやってきた。彼も僕らが着飾っている様子を見てご機嫌そうだ。



「エルロンドが王になるなら、私が代わりに商人をやろうじゃないか。それがいい。デイジー、私と一緒に住もう」


「リック……いくら何でも女性がドレスを作っている所に来るもんじゃないよ」



 入ってくるなりそんな冗談を言うリュクソンに、僕はチクリと苦言を呈した。すると悪戯っぽい笑みを浮かべたリュクソンが切り返す。



「いいじゃないか。まだ服は着ているんだし。それに私とダンスを踊る時の服なんだから、私だって彼女のドレスを選びたいぞ」


「えっ?!」



 リュクソンの言葉に、デイジーが目を丸くして驚いている。彼女にはまだ詳細を話してはいないから当然だ。


 今回作るドレスは、建国祭での正装用だ。計画がうまくいけば、そこで僕の大使就任とデイジーの血筋を公表する手はずになっている。


 だがその為には必要なものがいくつかあり、まだそれが手に入るかどうかはまだわからない。もしうまくいかなくとも、ジャハーラの件は何とかするとリュクソンは言ってくれているからそこまで不安は感じていないが。


 でも僕の中で一番大事なのは、デイジーとレスターの件だ。彼らの関係が上手くいかなければ、僕がこの国に来た意味が無い。


 二人を後押しする為、僕はデイジーに少しでも自信を付けて欲しいと思っていた。



******



「じゃあ行ってきます」


「あぁ、楽しんできて」



 採寸が終わり、粗方のデザイン案をマダムが提示してあれこれと相談した後、既製品のドレスを身に着けたデイジーは、侍女や護衛と共に街へ繰り出すことになった。これもリュクソンの提案だ。


 少しだけ恥ずかしそうにしながら、それでもデイジーは嬉しそうに馬車に乗り込んでいく。走り出す馬車を見送りながら、リュクソンがぽつりと呟いた。



「慎ましい衣装も似合っているが、彼女はうんと着飾った方がいいな」



 その言葉に僕も同意の笑みを浮かべる。デイジーはきちんと着飾れば、それこそ誰にも負けぬほどに美しい。



「……リックのお陰だ。ありがとう」


「ははは、王命もたまには役に立つだろう?」


「……確かにね。こういう機会でも無ければ、デイジーは地味な装いばかりしてただろうから……」 



 デイジーが着飾るのを厭うその裏には、愛する者を失った心の傷がある。だが今はその愛を取り戻す時だ。女性として着飾る楽しさをデイジーには思い出してほしかった。



「街で彼女が評判になれば、それこそエルとディアナの件も受け入れられやすいだろう」


「……それには不安も感じるけどね。謎の女性が亡国の王女だって、そんなの普通は信じられないだろうけど……」


「それはうまいこと情報を操作すればいいのさ。何せこの国の人間はロマンチストが多いからな。その手の話題は好きなんだよ」


「……そういうもんかね」



 僕とは違って、リュクソンは別の思惑を持ってデイジーを街へ送り出していた。彼女が美しく装って街に出れば、あの高貴な女性は誰だと街で噂になるだろう。そうすれば、デイジーがアムカイラ王家の血を引くと公表された時の信憑性も高まり、僕らにとって有利に働くのを見越してのことだ。



「デイジーは元々高貴な雰囲気を持っているから大丈夫だろう。我々が環境を整えてやれば、新しい舞台でも綺麗に花開くはずだ」


「だがその環境を整えるのが難しいだろう?まだどうなるかわからないよ」


「それについては、大丈夫。レスターに任せておけばいい。」


「エスクロス卿を余程信頼しているんだな」


「あぁ、彼は土地に関する分野ではかなり優秀だからね。エルが求めている土地も問題なく手に入れてくれるはずだよ」


「頼もしい限りだね」



 リュクソンが言えば難なくできそうな気がするから不思議だ。ディアナを取り戻すことも、デイジーと親子の名乗りをあげることも。そしてそれを手助けする為に、デイジーの想い人であるレスターまで関わらせてくるなど、リュクソンの手腕には舌を巻くほかない。



(この件で深く関わって、デイジーとレスターの仲が進展してくれればいいんだが……)



 そんな思いを抱えながら、僕はリュクソンとの話し合いを進めた。



 その日の夜、外出から出かけたデイジーは、夕食も取らずにすぐに部屋に行ってしまった。侍女のメルフィにどうしたのかと訊ねれば、出先で偶然レスターと出くわしたらしい。



「二人だけで何か話していたみたいですけど、デイジー様は随分と落ち込んだ様子で……」


「そうだったのか……教えてくれてありがとう」



 レスターと会って何を話したのかはわからない。だがデイジーが落ち込む何かがあったのだ。レスターへの想いがあるのは確かなのに、彼女にとって過去と向き合うのは、未だ恐ろしいことなのだろう。


 僕はデイジーの様子が心配になり、彼女に会いに行った。



「ディー、元気無いね。どうしたんだい?」


「ちょっと疲れちゃったのよ。色々と歩き回ったし」



 部屋に顔をのぞかせれば、デイジーは少し気まずそうにしていた。きっとレスターと会ったことについては話したくないのだろう。



「……それならいいけれど、あまり無理しないで。君はすぐ抱え込むから」


「……そうかもね。でもそれはエルも同じだと思うけど」


「ははっ、これは手厳しい……でも確かにそこは似ているかもな。だからこそ心配だ」


「心配?」



 僕の言葉に困惑の表情を浮かべるデイジー。誤魔化せたと思っていたのだろう。だが彼女の抱える後悔と苦悩に、僕が気付かないはずがない。



「君の中の苦しみが何なのか、僕にはわかっている。悲しいかな、これは僕たちに刻まれた宿命なのかもしれないな……」


「エル……」


「デイジー……失われた時は戻らない。人は過去に縛られては生きてはいけないんだ」


「!!」 



 デイジーが目を見開いて固まった。彼女への言葉はそのまま僕自身への言葉だ。


 長い間、僕はディアナについてずっと後悔をしていた。それをデイジーもよく知っている。だからこそ僕が何を言わんとしているのか気付いたのだ。



「僕がこんなことを言える立場ではないけれど……戻らない過去を悲嘆するばかりで、今この手に得られるものを見失ってはダメだよ?」


「…………」



 デイジーは僕と違って、まだ愛する人との幸せを手に入れる機会がある。過去を恐れるあまりにそれを手にしなければ、きっと後悔するに違いない。



「僕が失ったものは、二度とこの手には戻らない……けれど手に入れたものもたくさんある。そしてこれからもたくさん素晴らしいものと出会えるはずだ」


「……エル……」


「デイジー……僕は君に幸せになってほしいんだ。いつか僕は君を残して逝くだろう。けれどその先の未来で、君が心からの笑顔で笑えることを望んでいるんだ」


「エル……嫌よ……私はずっと一緒にいたいのに……」


「……大丈夫、そんなすぐには死なないよ。……だが僕の方こそ君の未来が心配で仕方ない。だからこの国にやってきたんだ」


「……でもそれは……」



 僕の訴えにデイジーが酷く戸惑い、視線を彷徨わせる。彼女は僕の幸せを追い求めるばかりで、自分の幸せから目を背け続けてきた。だがそれは僕の責任でもあった。



「君が想いを残して故国と決別したのを知っていたのに、長い間連れて来なかったのは僕の責任だ。だが失われた時は戻らなくても、新しく作ることは出来る」



 これからは、彼女自身の心から望む未来を、その幸せを作ってあげたい。過去と同じものを取り戻すのではなく、今の幸せを、これから繋いでいく未来を作っていきたいと思った。


 ハッとして顔を上げるデイジーに僕は笑顔で頷きを返し、その小さな勇気を鼓舞する。



「大丈夫だよ、デイジー。僕やリックもいるから。きっと何もかも良いように進んでいくはずさ。だから安心して。大丈夫だから」


「……うん」



 涙を滲ませたデイジーを僕はそっと抱きしめた。


 彼女が愛を取り戻せるように、素晴らしい未来を掴めるようにと祈りながら……


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[一言] >「デイジー……失われた時は戻らない。人は過去に縛られては生きてはいけないんだ」 名言出た( ˘ω˘ )
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