43 久しぶりの再会
商会の本拠地を出て数週間後、僕とデイジーはフィネスト王国へとやって来た。長い旅路だったが、これまでも商会の仕事であちこちへ行っているから特にいつもと変わらない。
フィネストの王都に入ると、既に知らせがいっているのか、すぐに王城からの使いがやって来た。
「陛下が柊宮にてお待ちです。ご案内いたします」
宿に落ち着く間もなく離宮へと案内される。どうやら今日は特別な茶会が催されているらしく、折角だから顏を見せろということらしい。
案内の者に連れられやってくると、柊宮の庭園には既に多くの人が集まっていた。それは形式ばった茶会ではなく、多様な人々との交流を目的としたもののようだ。心地よい青空の下、立食形式で様々な国や地域の軽食や菓子が用意され、参加者たちは歓談の合間に食事を楽しんでいる。
デイジーと共に会場へと足を踏み入れると、すぐに奥の方から声を掛けてくる者があった。
「やぁ!エル!エルロンド・フリークス!ようやく来たか!待ちくたびれたぞ!」
そう言って近づいてきたのは、この国の国王であるリュクソンだ。相変わらずの気安い様子で、人混みを掻き分けて僕らの前までやってくる。
「国王陛下、この度はご招待いただきましたこと誠にありがたく──」
正式な礼をもって挨拶をすれば、すぐにリュクソンが不満げな声でそれを遮った。
「やめてくれ。エルにそう言われると、むずがゆくて仕方ない。互いに拳で会話した仲ではないか」
そう言って肩に手を置く姿は、とても国王陛下とは思えない気安さだ。
「以前から遊びに来るよう言っていたのに、なかなか来ないもんだから、半分棺桶に足を突っ込むような歳になってしまったぞ」
「悪かったよ。随分と色んな国を旅していたから……」
リュクソンは、口では文句を言いながらも気にするなと言うようにからからと笑う。僕はバツが悪くなって眉を下げた。
「悪かったと思っているなら、当分私の言うことを聞いてもらおうか。とりあえずは私の友人として、この柊宮で過ごしてもらおう。否やは言わせん。宿は引き払うように部下に指示をしておくからな!」
そう息巻くリュクソンは、最初から僕らを柊宮に迎え入れるつもりだったのだろう。まだ大使の件は本決まりではないのだが、彼の中では既に確定事項なのだ。
してやったりの笑顔を見せて握手を求めるリュクソンに、僕は呆れの笑顔で手を差し出す。リュクソンはそれを握ると思い切りブンブン上下に振り、今度は僕の後ろに控えているデイジーに視線を向けた。
「それでこちらが噂の天使、ディーかい?」
「そうだよ。だがいくら国王だからといって、僕のディーを気安く呼ばないで欲しいな」
「おやおや、こりゃ相当だな」
「相当だよ。当然だ」
デイジーは話題を振られて緊張に身体を強張らせた。いくらフィネスト王国出身といっても、当時王太子だったリュクソンと顔を合わせたことはないのだそうだ。ましてや今は只の平民としてこの席にいるのだから、彼女の緊張は相当なものだろう。僕は改めてデイジーのことをリュクソンに紹介した。
「彼女がデイジー、僕の宝物だよ。ディー、こちらはこの国の国王であらせられるリュクソン陛下だ」
「デイジー・フリークスと申します。お目に掛かれて光栄ですわ、陛下」
「あぁ、そんなに固くならなくていいよ。エルの大切な人は、私にとっても大切な人だから。私のことは気軽にリックと呼んでくれ」
リュクソンもデイジーの緊張をよくわかっているのだろう。優しい声でそう言うと、デイジーの手をとりその甲に口づけを落とす。だがその視線に甘い雰囲気を持たせている所が、悪戯好きのリュクソンらしくてつい呆れてしまう。
「あまりフェロモンを出さないでくれるかな、リック。ディーが君に惚れたらどうするんだ」
「なんと心の狭い男だ!ディー、こんな男は放っておいて、あちらで一緒に美味しいお菓子でも食べようか」
「おい!」
「ふふっ」
僕らのやり取りを見て、ようやくデイジーも心からの笑顔になることができたようだ。流石はリュクソンだなと感心をしていると、ふと彼がデイジーを見つめながら呟いた。
「あぁ、いいね。君はそういう笑顔が似合うよ」
「え……?」
「……君のことは──そう、昔から知ってはいた。……だがエルから話を聞くまで、その真実を知ることは無かったんだ。……あの頃何もしてやれなくて、申し訳なかった……」
「──っ」
リュクソンは、デイジーが無実の罪で婚約破棄されたことについて謝っているのだろう。一貴族の婚約について、王太子がその詳細を知らなかったのは仕方ないことだ。だがリュクソンは今もそのことを悔いているのだ。
デイジーは申し訳なさそうに眉を下げると、首を横に振った。
「そんな……もったいないお言葉ですわ、陛下。私はただエルのことが認めてもらえればと、そう思って参っただけですのに……」
「ディー……」
その言葉はただの気遣いではなく、デイジーの本心だ。彼女は僕の為にこの国に戻ったのだから。
「こうしてお話させていただくと、難しいと思っていたことも、何でもないように思えますわね。エルの言っていた通りの素晴らしい王様ですわ」
デイジーがリュクソンに笑顔を向ける。僕の為にディアナを取り戻して欲しいと、その願いを含ませて。
リュクソンはそんなデイジーの言動に驚いているようだ。彼女は一見弱々しい印象だが、心には芯の強さがある。それは相手への深い愛があるからだ。リュクソンもそれに気が付いたのだろう。破顔して大きく頷きを返した。
「あぁ、勿論。任せておいてくれ。エル、ディー、君たち二人の願いはきっとこの私が叶えてあげよう」
「リック、ありがとう」
心強い言葉をくれるリュクソン。僕は彼のその言葉に、笑顔でお礼を返した。
暫くはリュクソンの案内で茶会の食事を楽しんでいたのだが、やがてデイジーが気遣ってその場を離れた。二人きりになるとリュクソンは、声を抑えて話しかけてくる。
「……イイ子じゃないか、君達の娘は」
「そうだろう?ディアナに似て可愛いし、心も強い」
「あぁ、それにエル、お前にもよく似ているな。相手を気遣いすぎる所なんかそっくりだ」
「それは…………うん、否定できないね」
リュクソンの言葉に苦笑する。相手を思って自分を二の次にしてしまうデイジーの性格は、僕によく似ている。
「だがあの感じだと、まだレスターのことを思っているだろう。自分からそれを取り戻しにいくのはしなさそうだが、そこは我々が何とかしないといけないな」
「あぁ、そうだね。だけどデイジーは僕の為だと張り切っているから、これが自分の為だと知ったら、あっと言う間に逃げてしまうよ」
「ははは、それは大変だ。だがレスターと再会したら、デイジーは逃がしてもらえないだろうよ。あいつが彼女を求める気持ちは貪欲だからな」
「ふ、それは楽しみだね……父親としてはちょっと複雑だけど」
「それは仕方ない。娘はいずれ自分の愛する者と人生を分かつものだ。父親はそれを温かく見守っていればいいんだよ」
「あぁ……」
リュクソンが子を持つ親の先輩としての言葉をくれる。僕はそれに深く頷きを返した。




