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あなたとの愛をもう一度 ~不惑女の恋物語~  作者: 雨音AKIRA
エルロンド編 第8章 娘の幸せと思わぬきっかけ

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42 それぞれの家族への想い

 澄んだ青空の下、僕は見送りに来てくれた人々に挨拶をしていた。今日はフィネスト王国へと発つ日だ。



「じゃあ、後のことは頼んだよ、タジール」


「……本当に行ってしまうんですね、エルロンドさん。寂しいです」



 新たにフリークス商会の会長となったタジールが、眉を下げて僕との別れを惜しむ。



「大丈夫。これからはフィネストとの交流も増えるだろうから、忙しくなるよ?新会長殿」


「任せてください。もっと商会を大きくして、エルロンドさんを驚かせてみせますから!」


「ははっ、それは楽しみだね」



 ずっと僕の右腕としてやってきたタジールならば、何も心配はいらないだろう。宣言通り、あっと言う間に商会をもっと大きくしてくれそうだ。


 僕らが笑顔で握手を交わしている側で、デイジーもまた商会の者たちとの別れを惜しんでいた。



「デイジーさん、お身体に気を付けて。エルロンドさんを頼みますね」


「えぇ、皆さんもお元気で」



 彼女にとって、共に過ごした商会の皆は、家族のような存在だ。涙を滲ませながら、一人一人と抱き合い言葉を交わしている。そしてそれが済んだのを見計らって、僕はデイジーの手を取った。



「そろそろ行こうか、デイジー」


「……えぇ、エル」



 微かに声を震わせているデイジーを励ますように、僕は彼女の手を強く握り込む。そして二人で馬車へと向かった。


 馬車に乗り込む直前、感慨深い想いでもう一度振り返る。


 笑顔で見送る者、泣きながら手を振る者やそれを慰める者。彼等は皆、僕の家族同然の存在だ。その姿を目に焼き付けながら、僕はある人のことを思った。



(シネン……あなたの作った商会は、今はこんなにも大きくなった……)



 ディアナと二人で辺境の領地を抜け出したあの夜──僕らを助けてくれたのは商人のシネン・フリークスだった。彼は僕にとって第二の父であり師匠だ。


 はじまりはたった三人の小さな商会でしかなかった。そこからたくさんの人々と出会い、協力し、大きく育て上げた。シネンからそれを引き継ぎ、そしてこれからはタジールや他の者達が継いでいく。



「エルロンドさん、お元気で!良い旅を!」


「手紙待ってます!僕らも手紙書きますから!」


「今までありがとうございましたっ……!」



 精一杯声を張り上げて見送る者たちに、僕も涙まじりの笑顔を返す。



(……本当に、人生とは不思議なものだ……)



 ディアナを失ってからの僕は、家族にずっと焦がれていた。デイジーを見つけた後も、彼女の秘密を守る為に周囲には家族だと公言できないままで、それが胸のどこかでしこりとなっていた。けれど、僕はとっくの昔に家族を手に入れていたことに、今気づかされたのだ。



(……あぁ、僕は家族に恵まれていたんだな……本当に……)


「ありがとう……ありがとう……みんな」



 感謝の言葉は涙の奥に消えて掠れてしまう。やがて馬車は緩やかに走り出し、景色が流れていく。いつまでも続く別れを惜しむ声を聴きながら、僕らは長い旅路の始まりを歩み出したのだ。

 


「……寂しくなるわね、エル」


「……うん、そうだね。ずっと彼らとは一緒だったから、商会から離れるなんて想像もしなかったよ」



 暫くしてデイジーが声を掛けてきた。商会に対する僕の想いを知っているからこそ、気を使ってくれているのだろう。



「ディーは大丈夫かい?……あの国に戻るのは……気が進まないかもしれないが……」


「大丈夫よ。エル、貴方の為だもの。それに私もお母さまに会いたい……」


「……あぁ……」



 フィネスト王国へと発つにあたって、僕はデイジーにディアナのことを話していた。彼女がアムカイラ王家の生き残りだったこと全てだ。



「……私、エルやお母さまに守られてきたんだなって、改めて感じたの。血筋のこともそうだし、あのフラネル家のことも……」



 デイジーが目を閉じ僅かに眉根を寄せる。全ての事情を知って、僕やディアナの想いに考えを巡らせているのだろう。



「これまでずっと私がエルを支えているんだって思っていた……商会の仕事を手伝って、家のことをしたりして……でも、それだけじゃ足りなかったんだわ。私の秘密を守る為に、エルもお母さまもずっとずっと辛い想いをしてきたのだから」


「ディー……そんなことない、そんなことないんだよ……」


「……いいえ。だってお母さまはまだフィネストにいるんだもの。今もきっとエルを待っているはず。だってずっと会いたいって言っていたから……」


「っ──」


「だからもう守られてばかりいるんじゃなくて、二人の為にできることをしたいの。愛する人の側にいられる幸せを、エルにあげたい……」


「デイジー……」



 愛する人の側にいる幸せ……それがどれだけ素晴らしく大切なことか。私たちはよくわかていた。そしてデイジー自身も……。



「ありがとう……フィネスト王国へ行くことを了承してくれて。ディアナもきっと喜んでくれるはずだ」


「えぇ……お母さまの眠る場所と同じ街にいられるだけでも嬉しいから……」


「あぁ……」



 デイジーはこの旅の理由を、僕とディアナの為だと思っている。勿論それも大きな理由の一つだが、僕が本当に願っているのはデイジー自身の幸せだ。



「……ディアナの眠る地で、僕も最後の時を迎えられるのが嬉しいよ。愛する人の側に居られるのは、何よりの喜びだからね」


「エル……」


(だから、君も愛する人と共に過ごす幸せを、もう一度掴むんだ、デイジー)



 今それを口に出して言ってしまえば、デイジーはきっと遠慮してしまうだろう。彼女は良くも悪くも頑固だ。


 だが周りがどう取り繕った所で、愛する者たちの心は二人だけのものだ。想いを伝えあうのも拗れた仲を修復するのも、彼ら自身の手でやらなければうまくいかないだろう。僕やリックが出来るのは、きっかけを作ってあげるだけ。



「……フィネストには素晴らしいものが待っているはずだ。僕がディアナとの愛を見つけたように……デイジー、君にも素晴らしいものが待っているよ」



 僕の言葉に、僅かに表情を曇らせるデイジー。しかしその悲しみの奥には確かな期待があるのを、僕は見逃さなかった。


 デイジーも心の奥底で願っていたのだ。もう一度、愛する人に会いたいと。



「さぁ、旅は長い。道中楽しんでいこうじゃないか」


「……えぇ、そうね……!」



 まだまだデイジーの人生の旅路は長い。その先を愛する人と共に歩めるように、僕は自分にできることをしようと心に決めていた。



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