40 隣国の狙い
フライヤが明かしたアムカイラ王族の偽物の黒幕は、想像もしない相手──隣国のジャハーラ王国だった。
「ジャハーラが……?一体どういうことだ?」
ただ偽物が現れただけなら、フライヤもわざわざ僕の下へ足を運ばないだろう。だが隣国が絡んでいるとなると、問題は政治的なものを孕んでくる。対処を間違えば、国を危うくする危険があった。
「俺も最初は信じられなかったさ。偽物の裏を調べさせてすぐに証拠がでると思ったんだが……」
そう言ってフライヤは懐から何かの紙切れを取り出した。それは一部が破られたようになっており、汚れや変色が激しい。それを開きながら彼は説明を続ける。
「こいつが中々巧妙に素性を隠してやがってな……どうやらジャハーラの出身だということはわかったんだが、その段階でまさかのジャハーラ王国から横やりが入ったんだよ」
そう言って手元の書類を指さした。そこには掠れたジャハーラの文字で、人の名前が書かれている。
「……エルロンド・フィルカイラと……ディアナ・アルカイラの息子……ヤーディンの出生記録……?」
「そのヤーディンってのが、例の偽物だ。ついでに言えばあんた、孫までいるようだぜ?ヤーディンの子供。男と女と二人だ」
「……信じられない……こんなっ……」
それはジャハーラが発行している公式の出席記録だった。勝手に僕とディアナの名前が使われ、偽りの出生記録を作ったのだ。
僕とデイジーは実の親子であると公言できないのに、何故偽物が堂々とそれをするのだろう。愛する者を汚されたような気がして、激しい怒りが渦巻くのを感じた。
「……古い資料だが偽の出生記録だ。印章を押す場所が不自然に破れているだろう?そこだけは偽造できなかったみたいだな。何せ随分昔に断絶した家の印章だ。記録としても残っていなかったから偽造できなかったのかもしれない」
「……偽の印章を使われていた方が、追及できたかもしれないのに……だから敢えて破いたんだな……」
「そういうことだ。しかもこれは、通常なら持ち出しができない公式の出生記録だ。誰が持ってきたと思う?」
「……公式の記録……それなりの権力者ということか……」
「ご名答。持ってきたのは、かなり高位の貴族だ。王の許可も得ているらしい。ジャハーラの王族も関わっているんだろう」
「……何てことだ……」
ジャハーラ王族のお墨付きがあるから、とんでもない虚言を堂々としているのだろう。他国の古い出生記録は、証拠としては微妙なところだが、王族の権力で押し切ればなんとかなると思っているのかもしれない。
「それで、そのヤーディンと言う奴は、僕らのことを何と言って説明したんだ?」
「あぁ、何でもあんたと王女様は、革命時にジャハーラに亡命してそこで息子を生んだってことらしい。それに何十年も表舞台に出ないあんたは、既に死んだことにされているぜ」
「……確か今のジャハーラの国王は……当時の王孫にあたる人物か……なら僕のことを知らないのは当然だな」
かつて僕は、当時のジャハーラ国王にディアナを探す為の協力を密かに要請していた。当時の国王とはそれなりに交流があったので、快く引き受けてもらったのだが、その後、デイジーが見つかった時には既に彼の息子の代であったので、特に連絡はしなかった。そして今は更に代替わりして孫の代だ。僕が商人として生き延びていることなど、今のジャハーラ国王が知るはずもないだろう。
「……よくもこんな卑怯な筋書きを思いついたものだ……」
もし本当に僕らがジャハーラに亡命したのだとしたら、王宮を頼って匿ってもらっていただろう。そしてジャハーラでの身の安全を確保する為にも、亡命の事実を内外に公表していたはずだ。
それが無かったのにも関わらず、僕らの息子だという人物の出生記録には、しっかりとアムカイラの王族の性と、フィルカイラ公爵家の性が載っている。いくら今のアムカイラ共和国が、平民主導の政府だとしてもかなり杜撰な計画だと言わざるを得ない。
「それでジャハーラの狙いは一体何なんだ?他国でとうに潰えた王家の後継を用意して、乗っ取りを企もうとしているわけでもないだろう?」
「……それが実は微妙なところなんだよ」
僕が問うと、フライヤは苦虫を噛み潰したような表情をした。
「国の風潮が変わってきているせいで、一部の人間の間であんたと王女様のことが随分と美化されて語られててな。まぁ実際のところ、あんたらの選択は間違っていなかったと思うが……それであんたらの血を引くヤーディン達に、この国で復権をさせてもいいんじゃないかって声が上がってて……その後見にジャハーラの国王が付いてもいいって言ってきてるんだよ。勿論今の政治体制は変わらないまま、議会の一員としての参加とは言っているが……認めてしまった後でどう転ぶかはわからないしな……」
「そんなことをすれば、ジャハーラに内政に干渉されるのも同じじゃないか。到底認められるわけがないだろう!」
「そうなんだよ……だから困り果ててあんたんとこに来たんだ……」
声を落としたフライヤが、申し訳なさそうに項垂れる。彼は僕の秘密を墓まで持って行くつもりだったのだろう。だがここまでどうにもならない事態に陥って、助けを求めにやって来たのだ。
話を最後まで聞いて、僕は覚悟を決めた。愛する家族と祖国が貶められているのだ。それを黙って見過ごすわけにはいかない。
「……わかった……対抗策には心当たりがある」
その言葉にフライヤが目を見開いた。僕に頼っては来たが、解決の望みは薄いかもしれないと思っていたのだろう。
「……それはジャハーラの介入があっても大丈夫なほどのものなのか……?」
「あぁ、こう見えても元は高位貴族の出身だから……一応伝手はある」
「……そうか……本当にあんたはお貴族様だったんだな……何というか流石だよ」
フライヤが気が抜けたようにして椅子に深く沈んだ。余程心労が溜まっていたのだろう。祖国を守ろうと必死に走り続けてきた男だ。僕なんかよりもずっと祖国への想いが強く、責任もある。フライヤの強い意志を感じる眼差しに、老いと疲れの陰りを見出し、僕は酷く申し訳ない気持ちになった。
「……すまない……僕らのせいで、君たちには本当に苦労を掛けた。心から詫びるよ。これからはもっと祖国の為に……祖国を思う君たちの為に、僕も力を尽くすつもりだ」
「……あぁ、頼むぜ」
どちらからともなく固い握手を交わし、対抗策について話し合った。




