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あなたとの愛をもう一度 ~不惑女の恋物語~  作者: 雨音AKIRA
エルロンド編 第7章 失われた過去との出会い

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31 子爵家夫人クレアとエルロンドの決断

 数日後、僕は商会から女性向けの商品をいくつか取り寄せて、フラネル子爵家へと訪れていた。



「まぁ、こちらの品物も素晴らしいわ」



 通された客間で喜色の声を上げているのは、子爵夫人であるクレアという女性だ。



「そちらは東国独自の技巧が施された化粧箱ですね。七色に光る模様は、貝殻を使って作られているのですよ。同じ細工の手鏡もございます」


「素敵だわ!異国の商人と聞いてどんなものかと思っていたけど、中々いい趣味をしているのね」


「……ありがとうございます」



 子爵夫人は、勿論僕のディアナではない。クレアが客間へとやって来た瞬間に、僕は俄かに落胆していた。


 今日、もしかしたら会えるかもしれないという微かな望みを抱いていたのだが、現実はとても残酷だ。ディアナは自らが綴った手紙の通り、病に打ち勝つことができず亡くなったのだろう。


 その事実に叫び出しそうになるのを必死に堪えながら、僕は笑顔の仮面を貼り付けた。そして商人として子爵夫人に品物を次々に勧めていく。



「こちらの織物はいかがでしょう?柄も種類がございますので、奥方様のように大人の女性から、若いお嬢様方にまで、多くの方に気に入っていただけるような品でございます」


「そうね……サビーナも一緒に見ればいいのだけど……」


「サビーナ様とおっしゃるのは、子爵のお嬢様でしょうか?」



 僕は子爵夫人から出た名前に、すぐさまそれが誰なのかを問いかけた。ディアナが記した日誌には、娘の名前はデイジーとあったが、夫人が口にしたのは別の名前だ。



「えぇ、私の娘なのだけど、今はちょっと具合が良く無くて部屋に閉じこもっているのよ」


「左様ですか……」



 “私の娘”ということは、後妻として入ったこの女とセフィーロ・フラネルの間に生まれた娘なのだろう。だが僕が知りたいのはサビーナのことではなく、デイジーだ。



「あの、このお屋敷にはもう一人お嬢様がいらっしゃったような……確かデイジー様とか……」



 僕は誰かから聞いた体で、デイジーの名前を出した。しかしその瞬間、子爵夫人の表情が苦々しく歪んだ。



「……あれはもう家の娘では無いわ。折角の侯爵家との婚約を駄目にして……全く役立たずもいいところよ」


「……一体何が?……いえ、不躾に聞いていいことではありませんね。ですが歴史あるこちらの御家のお嬢様に、何か問題があるとも思えませんんが……」



 僕は夫人の言い草に怒りが溢れ出しそうになるのを堪えながら、詳しい話を求めた。この女にとっては血の繋がらない娘だから、敢えて悪く言っているのだろうことは想像に難くない。だからこそ、今のデイジーの立場が心配になったのだ。



「あぁ、聞いてちょうだい。あの娘ったら美しいのを鼻にかけて、侯爵家の息子と婚約したのだけれど、それを自分でダメにしたのよ」



 子爵夫人は、僕の問いかけに躊躇うこと無く愚痴をこぼし始めた。あまりの抵抗の無さに、逆にこちらが面喰う。



「おかげで家は大損よ。違約金の支払いがあって、主人も大層ご立腹だし。いつも以上に荒れて、こうした気晴らしでも無いと私もやってられないわよ、全く」


「……なるほど……婚約破棄ですか……」



 余程夫人は今の状況に耐えかねていたのだろう。家の事情を、見知らぬ商人へとぺらぺら喋るなど、貴族の奥方としては信じられないほど愚かな所業だが、僕にとっては好都合だ。この機会に様々な情報を得ようと、愚痴を聞く体で話を促していく。



「そのお嬢様はどうなるのですか?やはり婚約が無くなったと言っても、まだ年頃なのでございましょう?望めば他に嫁ぎ先が見つかりそうですが……」


「ふっ……そんなのあるわけないじゃない。まぁ何があったのか詳しいことは言えないけれど、相手は宰相の息子なのよ?宰相に睨まれたくない貴族たちが、あの娘を欲するはずがないわ。金持ちの色ボケ爺にでも売りつけられればいいけれど、それも難しいでしょうしね」


「……」



 いくら婚約において何かしらの瑕疵かしがデイジーにあったとしても、そんな境遇に義理の娘を追いやろうと言う女の神経を疑った。そして僕は、悠長にこの家との繋がりを作ろうとしていたことが間違いだと気づいた。


 この家にデイジーを置いてはいけない。すぐにでも助け出さなければならないのだと──



「……それは金がいくらあればいいのでしょうか?」


「え──?」


「お嬢様を貰い受けるにはいくら必要なのでしょうかと聞いているのです。……これでも金は腐るほど持っているので……」


「……もしかして貴方があの娘を嫁にするとでも言うの?」



 僕の提案に、子爵夫人は信じられないと言った風に目を大きく見開いた。当然だろう。一介の商人が貴族の娘を金で買うと提案しているのだから。



「……恥ずかしながら今は妻がおりません。代わりに若い娘でも……と思うのは悪いことではないでしょう?それにそちらも困っておいでの様子ですから、互いに利益を得られると思うのですが」


「まぁ……おほほほほ!面白いわ!案外いい提案かもしれないわね!貴方、本当にいくらでも払うというの?相手は貴族の娘なのよ?生半可な金額じゃ無理だわ!」



 耳障りな笑い声を高らかに上げる子爵夫人。僕はそれに眉一つ動かさずに、穏やかな笑みを顔に貼り付けた。

 

 自分でも信じられない様な提案をしている自覚はあったが、もはや手段を選んではいられない。ぐずぐずしていれば、デイジーはもっと危険な目に遭わされるかもしれないのだ。



「金はそちらの提示した金額で大丈夫でしょう。……こうしたものの相場はわかりかねますが……子爵に話を通していただければ、すぐに都合を付けましょう」


「……いいわ。私が説得してあげる。主人も金が手に入ると分かれば、きっと頷くと思うし」


「……ありがとうございます。ではお近づきの印に、今回お持ちした品々をいくつか差し上げましょう。それを保証に今回の話を通していただければ……」


「ふふっ、気が利くのね。任せて頂戴」



 機嫌が良くなった夫人は、必ず子爵に話を通すと約束して、その後は再び欲しい品々を見ていった。


 そして僕は、その後セフィーロ・フラネルとの話し合いを取り付け、デイジーを自分の妻として買うことになった。


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[一言] 段々繋がってきた( ˘ω˘ )
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