30 フラネル家への探り
フィネスト王国へとやって来た僕は、ようやく自分の娘と再会を果たすことが出来た。といってもその姿をほんの僅かに垣間見ただけで、あっと言う間に彼女は使用人によって連れていかれてしまったが。
一方僕は、そのままセフィーロ・フラネルに連れられ子爵家の屋敷へと入った。屋敷の内装は随分と古い造りで、調度品は質の良い物もあれば質の悪い模造品もあり、この家が金銭的にそこまで余裕がないことが窺えた。
「それでお前は何故ここへ来た?」
案内された客間に入ってすぐに、セフィーロ・フラネルは、ぶっきら棒に聞いてきた。まだ席についてさえいない状況で、僕は一瞬面食らった。
セフィーロ・フラネルは、使用人達の態度から察するに既に子爵位を継いでいる。つまり彼はこの子爵家の顔であり、その態度がそのまま家の評判となるわけだ。だからいくら相手が初対面の商人だとは言え、このような不躾な態度を取るのは、あまり得策ではないはずだ。
だが今はその判断ができないほどに、何かに対して酷く苛立っているようだ。僕は、詳しい状況が分からないまま、手探り話を始めた。
「元々私が営んでおります商会は、別の国が拠点でして。こちらの国でも商売を出来ないかと足を運んだのですが、中々どうして、貴族街の方とは繋がりを持つのが難しくて……」
「……貴族街の連中は、選民意識の塊のような奴らだからな。貴族街以外の土地の者を見下している」
セフィーロ・フラネルは、自身の選民意識が強いのを棚に上げ、苦々しそうに語った。だがその上位貴族に対する劣等感こそが付け入る隙だろうと狙いをつけた。
「……こちらは確かに貴族街ではない場所に屋敷がおありですが、それでも由緒ある家柄だと伺っております。そのような方と商売ができれば、私としてもありがたいのですが……元々他国では高位の方々と取引をさせていただいておりますので」
「ふむ……見た所かなり金回りがいいようだな」
僕の言葉を信じたのだろう。不躾な視線ではあるが、明らかにそこには金に対するあさましい執着のようなものが垣間見えた。実際に僕の商会は他国の王侯貴族とも取引しているから嘘ではないのだが。
「こちらの国では手に入りにくい品も扱っておりますし、逆にこちらの国でしか手に入らない品の買い取りも考えております。こちらでは売れないような物でも、他国では高価で取引される物もございます。特に高貴な方々は目がこえていらっしゃいますので、そうした方と取引が出来れば願ってもないことです」
セフィーロ・フラネルが何を望んでいるかはわからないが、僕の商人としての知識と経験、そして商会の力があれば何かしらの形で繋がりを持つことはできるだろう。強欲そうな男だから、儲け話にでも一枚噛ませてやれば、すぐに頷くかもしれない。そんな目論見を持って発言したのだが、相手の口から出てきたのは予想もしない言葉だった。
「そうだな……だが今差し当たって欲しい物は無い。売りたい物と言ったら……あの出来損ないの娘くらいか……」
「は──?」
「──いや、何でもない。こちらの話だ」
セフィーロ・フラネルの零した呟きに、僕は思わず素で聞き返してしまった。売りたい物と娘と言う言葉が、混乱した僕の頭の中でぐるぐると回り出す。しかしセフィーロ・フラネルはそれ以上は話す気が無いようだ。
僕はデイジーのことを聞き出す好機だと思い話しかけた。
「……あの、子爵にはお嬢様がいらっしゃるのですね」
「……あぁ」
僕がデイジーの事を聞いた途端に、セフィーロ・フラネルの顔が苦々し気に歪む。先ほどの暴力が思い出され、僕は怒りで頭が沸騰しそうになった。けれどそれを相手に気取られるわけにはいかない。僕は何事も無かったかのように、努めて明るく話しかけた。
「私どもの商会は、女性向けの品も多く取り扱っておりますので、できればお嬢様や奥方様へも商品をお勧めしたいと思っているのですが、可能でしょうか?」
元々の目的はそれだ。自分が本当の父親だと告げることができなくとも、商人としてデイジーと会うことはできる。そこからデイジーの近況や望みを知ることができるだろう。
「あぁ、妻は買い物が好きだからな。話せば喜んで来るだろうが、今日は都合が悪い」
「そうですか。では何か女性が喜びそうな物を持って、後日こちらへと伺わせていただきます」
「そうしてくれ」
僕は何とか後日の約束を取り付けて、フラネルの屋敷を後にした。




